第30話 特別な日
八月五日。
いよいよ俺が呼びつけられた時間がやってくる。
「さ。こちらへ」
俺は単身、女子寮の門をくぐる。
その先には庭があり、レーザー兵器がこちらを睨んでいる。
監視カメラと同調した兵器は摂氏二百度の熱波で人を焼き切る対人兵器である。
この武装は近年みられている痴漢や泥棒対策の一つであるが、一般人が持つには少々強すぎるのは否めない事実なのである。
庭では八月に咲くコスモスやハイビスカスが咲き乱れている。朝になればアサガオも咲くのだろう。
ふわりと漂うコスモスの香りに心を揺さぶられる。
俺が招かれたホールには大勢の女子がいる。
この学校の顔面偏差値は高い。
八十六パーセントの人が顔の作りがいいとされている。
その中でも群を抜いて顔がいいのが芽紅、夏音、朱鳥だ。次いで春夏秋冬の四人だ。
そんな彼女たちが俺を囲んで一つの白い丸テーブルに座らされる。
心臓がバクバクいっている。
これから俺は処刑されるのだ。
ここまで来た意味はあったのだろうか?
世界が暗転する。
火のない暗闇に俺はなんだか安堵を覚える。
これで終わりだ。
もう何もできない。
発破音と同時、俺はハンドガンを引き抜き、両脇にいた女子へ向ける。
トリガーを引き絞ろうとして、踏みとどまったのは蝋燭の火が灯ったケーキが目の前に現れたからだ。
先ほどの発破音はクラッカーと知る。
「「「ハッピーバースディ・トゥユー」」」
肩透かしを食らった。
それが第一印象だった。
「こ、これは……?」
慌ててハンドガン二丁を腰に戻す。
俺は目を丸くし、机にのせられたケーキを見やる。
火のついた蝋燭が数本のっている。
「さ。誕生日、おめでとうございます!」
夏音が手を添えると、ますます意味が分からなくなってきた。
「キミたちは、俺を破談するために招いたのではないのか?」
「破談? なんの話です?」
「それよりも火、消そうよ!」
芽紅が俺の頭を優しく撫でる。
「……?」
俺は小首を傾げて、状況を整理する。
そういえば、今日は俺の誕生日だ。
誰から聞いたのかは知らないが、だとしたら、本当にお祝いをしたいだけで呼ばれた?
え。そんなまさか。
だって俺は敵だぞ?
そんな俺にお祝いだなんて。
「この間。妾を気遣ってくれたの、嬉しかったのだ」
朱鳥がそう言い、ナイフとフォーク、スプーンを用意する。
「さ。火を消しましょう?」
「ああ」
俺は自慢の肺活量で蝋燭の火を消していく。
すべての蝋燭の火が消えると、みんな拍手喝采。
どうなっているんだ。
状況をあまり理解できていないが、これはもしかして、俺の誕生日を祝ってくれているのか。
「俺の誕生日、いつ知ったんだ?」
「さあ、いつでしょう?」
クスクスと上品に笑う夏音。
「なんだよ。それ」
俺は目の前にあるケーキを八等分にする。
夏音、芽紅、朱鳥、俺、それに春夏秋冬のみんなだ。
「やっさしいー! うちらにもあるみたいよ」
春がそう叫び、ケーキを置く皿をもってこさせる。
夏は慌てた様子で皿をもってくる。
秋がケーキを分けて、冬が食べる。
「いや、冬だけ何もしていないじゃないか……」
俺は呆れたようにため息をつく。
ちなみに冬ではなく雪だったような気もするが、気にしてはいけない。
ケーキを切り分けると、みんな俺を見やる。
「い、いただきます……」
なんだか気まずい雰囲気だ。
振るえる手でフォークを持つ。
そして一口目を口に運ぶ。
「ん。うまい」
「や、ったぁあっ!!」
夏音がガッツポーズをしている。
普段、もっとおしとやかなのに。
目をパチパチと瞬いていると、芽紅が耳打ちしてくる。
「それ、あの子の手作りなの」
「え。そ、そうなのか……!?」
俺はびっくりして夏音を見やる。
その頬は少し赤らめていた。
「ど、どうですか? 一条さん」
「うん。おいしいよ」
俺は二口目を頬張ると、そう答える。
「まるでお店で売っているみたいだ」
クリームの塗りつけ方。
フルーツの置き方。
どれをとってもお店に並ぶケーキみたいだった。
「この子、小さい頃の夢がケーキ屋さんだったの」
芽紅がケラケラと笑う。
「もう! 芽紅ちゃんの意地悪。わたしだってそういう時期があったのです!」
「ま、ケーキは力仕事が多いって聞くしな」
「でも、今の時代、泡立て器とかが進化していますからね! わたし、そんなムキムキじゃないですよ!」
夏音が目の前で小さなこぶを作って見せる。
「らしいな」
笑みを零すと、夏音が花咲いたように、ぱぁぁと明るくなる。
鼻歌交じりでケーキを食する夏音。
「うん。なかなかのできです」
ちょっと自分には厳しいのか、辛口のコメントが出てくる。
「なにいっているの! 最高のできじゃない! ね? 一条くん」
「ああ。うまくできている。最初は買ってきたものだと思ったぞ」
「ふ、ふーん。ありがとう」
つんとするような態度を見せる夏音。
珍しい表情に困る俺。
「照れているのだな。夏音どのは」
朱鳥もクスッと笑いながらケーキを食べていた。
「照れているのか? 夏音」
「そ、そんな訳ないじゃない!」
「その証拠に丁寧な口調が砕けているね」
芽紅の言った通り、夏音は砕けた口調になっている。
なるほど。そういった違いがあったか。
「もう! 芽紅ちゃんってば~!」
じぇれあう芽紅と夏音を見届けながら、俺もケーキを頬張る。
「うん。うまい」
「ふふ。でもハゲくんとも仲良くやるのよ?」
「え」
芽紅の言った言葉に戸惑いを覚える。
このまま女子のメンバーとも仲良くなり、ゆくゆくは男女の壁を取り払おうとしていた。
なのに芽紅は俺とハゲの仲を取り持つような言い方をする。
なぜだ?
分からない。
それとも芽紅と夏音の百合を邪魔して欲しくないのかもしれない。
なるほど。それなら合点がいく。
芽紅と夏音、二人を幸せにするにはそれしかない。
だが、だとしたらなんで俺の誕生日を祝う?
謎は深まるばかりだが、俺はケーキを食べ終えると、冬の用意してくれた紅茶をすする。
祝われるような習慣がないせいか、俺は落ち着かずにそわそわする。
それが合図となったのか、夏音と芽紅、それから朱鳥がボックスの箱に入った――まるでプレゼントのようなものを差し出してくる。
「これは、なんだ?」
「ぷ、プレゼントよ。ちゃんと受け取りなさい」
芽紅がちょっと高飛車な雰囲気で言う。
「プレゼントです。受け取ってください」
夏音が柔らかく呟く。
「ふふ。受け取ってくれるか? 同士よ」
朱鳥が冗談めいた顔で差し出してくる。
「あ、ああ……」
もしかして、この中に爆弾があって、男子寮に着くと同時に爆破するとか?
あり得る。
これまで何度も愚行を繰り返してきた俺だ。
女子に嫌われていても文句は言えない。
それに今も例の作戦が広まっている。
もう男子たちの気持ちは抑え込めない。
分かっている。
それが間違いだってことも。
俺が本当に大事にしたいのは――――。
民衆には理解をしてもらいたい。
でもその理解をするだけの頭がない。
なぜ、それがいけないことなのか、理解する力がない。
だから。
だから、俺は彼らに知恵を与えたかったのかもしれない。
変えたかったのは人の心か。
それとも世界か。
分からないが、俺には何ができるのだろう?
意見の有無を波及のごとく揺るがし、俺は波に呑まれ、答えの見えない広い世界へと飛び出す。
目の前に見えていたはずの答えが、応えが見えることなく、俺の心身をもてあそぶ。
女子寮から帰るまでには気持ちを落ち着けて受け取ったプレゼントを背に抱えて公園に訪れる。
夜も深まった夏空の下。
俺はごくりと生唾を呑み込み、プレゼントを開けようと試みる。
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