第31話 誤解
俺がプレゼントを開けると、驚いた。
本当にただのプレゼントだったのだ。
リラックス効果のある入浴剤。
ハート型のチョコ。
小説。
「たく。なんだったんだ?」
いやもしかしたら。
もしかしなくても、俺の誕生日をお祝いしたくて、呼ばれたのかもしれない。
ふおぉおおおお。
それは嬉しすぎる。
女子にちやほやされるのは嫌いじゃない。
とても心地の良い気持ちになり、男子寮に帰る。
そこでメガネを含め、ハゲ、ゴリラ、ハントがギラついた目をこちらに向けてくる。
「いや、なんだ。……すまなかった」
俺は
俺は結局、女子たちに誕生日を祝われ、イチャイチャしてきた。
そういう認識のある男子たち。
「それに関しては悪いと思っているが、次回の作戦はお前らのためにやる。聞いてくれるか?」
俺はそう告げると、後ろにあるモニターを見せる。
散布図と相関係数を表した図形に、作戦成功率を表示させる。
「前回の作戦では、ここに抜けがあった。でも、今回は違う」
俺は含み笑いをし、民衆を見やる。
今まで蓄積されたデータが計算され、算出されていく。
円グラフや散布図、棒グラフがあれよあれよという間にできあがっていく。
それを見ながら、俺はデータの解析を始める。
その解説により民衆がどよめく。
「このデータによると、俺が朱鳥を取り押さえれば、勝利する割合が二十パーセント向上する」
「しかし! それでは一条先輩のお身は!」
一人の名もなき後輩が声を荒げる。
俺のしていることは恩返しとは真逆のことなのかもしれない。
恩を仇で返すことになるかもしれない。
あの俺を祝ってくれた顔を思い出すと、胸が苦しくなる。
それでも過剰に反応した彼らを鎮めるには今回の作戦を成功させるしかない。
一条が行けたのだから、おれらだって、と。
息巻いているが、俺とは関係値が違う。
芽紅との会話も、朱鳥との戦いも、そして夏音との出会いも。
何もかもが違うのに、彼らはできると信じている。勘違いしている。
仲間を信じる力がある、そう信じているのだが、腹をくくる覚悟はない。
俺が朱鳥を相手していれば、みんなが夏音や芽紅と相対することができる。
それが俺と夏音、芽紅とのきっかけだったのだから――。
気にしてくれる後輩がいるとは嬉しいもの。
「以上だ。文句はあとで聞いてやる」
そう言って俺は共用スペースから自室へと戻る。
この戦いが終われば、やっと落ち着ける。
火のついた男子どもを落ち着かせるにはこれしかない。
暴走させるよりも、適度にガス抜きをした方がいい。
生きることを実感させておけばいい。
だが、リーダーを失ったとき、彼らはどう行動するのだろう?
あとから遅れて入ってきた同居人のメガネがチラリとこちらを一瞥する。
「なんだ?」
「いえ、一条さん、ずいぶんとお疲れにみえるので」
「ちゃんと寝てはいるさ」
そう言ってパソコンに向き合い、当日の参加メンバーと構成員を照らし合わせていく。
「そういう意味ではありません! しっかりと休息をとってください」
「……そう言われても、な……」
今まで寝る以外の休息をとる、を考えたことがなかった。
「気分転換に街を歩いてみるなんていかがですか?」
「分かった。ちょっと出かけてくる」
素直に従うと、メガネは困ったように眉根を寄せる。
「あなたがそんなんだから――」
何かを言いかけて口を閉ざすメガネ。
何が言いたいのか分からずに俺は着替えて、支度を調える。
そして男子寮から飛び出し、駅前を練り歩くことにした。
駅前はたくさんの商業用施設が建ち並び、駅と直結した複合施設もある。
ゲーセンや温水プール、映画館、ボウリングなどなど。
遊べる場所はそこかしこにある。
「そういえば、プレゼントをもらったな」
そのお返しは必要だろう。
三人の個性を考えつつ、俺は街の中で買い物を始める。
と、
「あ、一条くんだ!」
芽紅の声にクスクスと上品に笑う夏音。
この二人、本当に仲が良いんだな。
「どうした? こんなところで」
俺は警戒する。
女子寮襲撃の作戦があるのだ。気を揉むに決まっている。
が、にこやかな笑みにその考えは打ち砕かれた。
昨日の誕生日パーティを忘れたわけじゃない。
彼女らは警戒する必要などない。
俺と仲良くしてくれる珍しい女子だ。
「こんなところ、って駅前は女子力アップの秘訣なのです!」
エッヘンとない胸を張る夏音。
「女子力アップって
「いいのよ。あの子の素敵なところなんだから」
そう言って芽紅が俺の耳元に吐息を吹きかけてくる。
「な、なんのつもりだよ!」
「いいじゃない、このくらい」
恥ずかしさで顔が赤だろう俺。
「一緒に買い物しませんか?」
夏音がにこりと笑みを零す。
「夏音ちゃんは一度言い出したら止まらないからねー。諦めた方がいいよ」
「マジか……」
そのあと、夏音と芽紅と一緒に駅前を歩く。
道すがらゲーセンが見えてくる。
その筐体には可愛らしいぬいぐるみが収納されており、クレーンでとるタイプのゲームらしい。
「あ」
夏音がキラキラとした目で筐体の中のぬいぐるみを見やる。
「……分かった。とってやる」
「わたし、欲しいとは言ってませんよ!」
「なんで意固地になる?」
俺は疑問に思ったことをそのまま口にする。
「この子、ぬいぐるみが子どもっぽいって思っているの」
芽紅がそう言うと、ちらりと夏音を見やる。
「そ れ に! 芽紅ちゃんと近くありませんか?」
俺と芽紅の間に入る夏音。
「あー。俺は夏音が好きなものなら否定はしないぞ」
「え!」
「そうよ。好きなものも好きと言えない世の中っておかしいと思わない?」
芽紅がすぐに応戦してくれる。
「そ、そっか。じゃあ、欲しい、です……!」
「分かった。最初からそう言えばいいのだ」
俺は夏音に愚痴を言いながらクレーンゲームを動かす。
「どいつが欲しい?」
「パッチマンです」
パッチマン。
子ども向けアニメでありながら、戦争や差別といったものへの言及もしている社会派アニメの一等。大人でも楽しめるように工夫された面白いアニメである。
特にオープニング曲が印象的だ。
『パパパ、パッチマン! ウイーアーパッチマン!』
筐体からもパッチマンの曲が流れてくる。
三百円をいれて動かすと、一番捕りやすい位置にいるパッチマンを狙う。
目標はキーホルダーとしてついている輪っかだ。
そこにクレーンを通してみせると、そのまま取り出し口へ向かう。
落ちてきたパッチマンを見て、夏音に渡す。
「ふぁあ! ありがとうございます!」
にこりと微笑む夏音は俺にはまぶしすぎた。
こんなのときめくに決まっているじゃないか。
「ふふーん」
芽紅がなんだか、思いついたようにおとがいに指を当てる。
「ちょっとお茶にしない?」
芽紅の提案で、近くのチェーン店に入る。
俺と芽紅、そのあとに夏音がやってくる。
四人がけの机に座ると、俺はほろ苦いコーヒーを口につける。
「二人はいつから仲いいんだ?」
「小学生からの付き合いなのです!」
「それよりも、
「え。ハゲと?」
「いやだって、付き合っていたじゃない?」
「はっ!?」「えっ!?」
俺と夏音は驚いて飛び退く。
「ありゃ? 違った?」
でも前に確認したときは……と続ける芽紅。
「お前こそ、夏音と付き合っているんじゃないのか!?」
「なによ。それ。どこ情報なのさ?」
芽紅も混乱したように言う。
「わたし、芽紅ちゃんと一条くんが付き合っているのかと思っていたけど?」
「それこそ、どこ情報よ!」
「ないな!」
俺と芽紅はそろって否定する。
おや? 俺たちはどうやら誤解をしていたらしい。
その誤解を解くのに二時間はかかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます