第29話 可能性
男子寮に向かってくる陰あり。
それが俺をベッドから起こす合図となった。
「何が起きた?」
俺が近くにいた鈴木に尋ねる。
「そう言われても。今来たばかりです」
鈴木がパソコンを操作し、その画像を大型モニターに映し出す。
「敵影、SN二百に接近」
「レーザー兵器、使用可能です!」
いつの間にかパソコンの前にいるメガネ。
「まて!」
俺は舐めるようにしてモニターに映し出された二人を見つめる。
「来訪者だ。手厚くもてなせ」
俺はそう指示を飛ばすと、寝癖のついた髪を水で整える。
あたふたしている民衆に苛立ち、俺は声を荒げる。
「お茶菓子とお茶だ!」
男子ども民衆は慌てて用意を始める。
男子寮の前には赤いカーペットが敷かれる。
両隣を男子どもが並び、お迎えをする。
「いやなによ。このお迎えは」
芽紅が心底あきれ返ったように呟く。
「ふふ。いいじゃないですか。綺麗ですよ。カーペット」
どこかずれた、柔和な声を上げる夏音。
楚々としたたたずまいで訪れる二人。
さすがアイドルだな。
男子どもはカメラやスマホを手にして写真を撮りまくっている。
まるで本物のアイドルだ。
いや本物か。
少なくとも芽紅はアマリリスという芸能事務所に所属していたはずだが――。
「芽紅ちゃんがかがみました!」
メガネが悲痛な声を上げる。
「落ち着け! かがんだだけだろう?」
「は、はい!」
ゴリラとハントが丁寧にお辞儀をして、芽紅と夏音を共用スペースに招く。
椅子を引き、座るのを待つゴリラとハント。
芽紅と夏音が座ると同時、椅子から離れる二人。
「さて。二人は何用でここ、男子寮を訪れたのだ?」
俺は芽紅と夏音の前にある椅子に腰をかけると、仰々しい物言いで訊ねる。
こうでもしていないと、可愛すぎて襲いたくなっちゃう。
そう思っている男子が少なくともいる。うずうずしているのが肌で感じ取れる。
俺がセーブさせる必要がある。
そのためにはいつもの雰囲気を持ち込む。
雰囲気で今はお触り禁止なのだと分からせる。
民衆を制御するのにも骨が折れる。
俺は芽紅と夏音には幸せになって欲しいのだ。
ここで襲わせる訳にはいかない。
「それですね」
「うん。アタシはこの日のために色々と考えてきたの~♡」
芽紅があまったるい声で俺を熱っぽい視線で落とそうとしてくる。
俺はそれを振り払うと、困惑の目を夏音に向ける。
「どういう意味だ?」
「分かっているはずです。明後日は特別な日だって」
「特別な日?」
八月二日。
その日になんの意味がある。
鼻で笑うと、悲しげに目を細める夏音。
芽紅に助けを求めようと視線を移すが、にこりを笑みを零すばかりで答えてはくれない。
「一条さんには明後日、女子寮に来てもらいたいのです」
夏音が顔を上げてしっかりとした声音で吐き出す。
なぜ? 俺を?
「他の者が行っても良いか?」
「そ、そうですよね。お祝いするなら多い方がいいのかな?」
夏音は困ったように芽紅にすがりつく。
「ええ。アタシに聞かれても困るって」
芽紅も困ったように眉根を寄せる。
「ま、まあ。そういう訳だから、明後日の八月五日は女子寮に来なさい!」
立ち上がりを人差し指をこちらに向ける芽紅。
「そ、そんなに来てほしいのか……?」
「え。ま、まあ……」
芽紅はチラリと夏音を見やる。
「はい。絶対に来てほしいのです」
コクリと頷く夏音。
「そうか……。親善大使どのをお送りしろ」
俺はゴリラとハントに命令を出すと、頭を抱えてその場に崩れ落ちる。
なぜ、俺なんだ。
メガネやハゲ、ゴリラ、ハントといったいい奴はたくさんいるのに、なぜ俺を指名した。
俺よりも優れた奴はいくらでもいる。
それにも関わらず、俺を誘ってくるとは。
いやもしかしたら、奴らは俺の存在を暴こうとしているのか?
一連の事件の首謀者である俺を?
あり得る。
俺と当たりをつけているなら、今回の件もありえる。
直接言いに来ないのは、俺が有頂天になっているところをたたき落とすつもりなのだろう。
分かった。
だから一番気分が良いタイミングで落とすつもりなんだ。
俺を貶めるために。
俺を嘲笑うために。
本当に?
いいや、それくらいしか俺の価値はない。
みんな分かっているのだ。
それにあっちには芽紅がいる。
俺が更衣室でカメラを回収をしたのも気がつかれているのかもしれない。
くそ。
しくじった。
あそこでの会話も全て録音しているに違いない。
守られた口約束などありはしない。
彼女らが私刑を求めている可能性だってある。
その後で学長に連絡をして、退学を求める運動が起きるかもしれない。
そもそも俺の出自を疑う者が現れるかもしれない。
参ったね。こりゃ。
俺が生きていける可能性がここまで狭まるとは。
俺はガシガシと頭を掻くと、自室へ戻る。
しばらくしてノックをする音が聞こえる。
「一条さん」
こう呼ぶのはいつもメガネだ。
「どうした?」
「あの、明後日、行くのですか?」
「ああ……。
「しかし、危険です。どんな罠があるのか、分かりません」
「罠なら突破するまでだ」
俺は胃が痛くなる思いで告げる。
確かに女子陣による罠である可能性は高い。
この自由を校風としている高校ではありえるのだ。
変人の巣窟であるこの高校では。
でも俺はその罠を一つの区切りと考えていた。
これで俺は重責から外れることになる。
相談役として居続けることもできるだろう。
ハゲが良ければ、だが。
「一条さん……」
悲しげに歯の隙間から漏らすメガネ。
「いいんだ。それで決着がつくなら。あとはお前らに託す」
俺は優しい笑みを浮かべ、パソコンに向き直る。
その前に一度、作戦を練り上げなくてはならない。
そして、メガネやハゲを罠の中に付き合わせる訳にはいかない。
だが、もしも彼女らの思惑が別にあるのだとすれば?
俺は間違った判断をしているのかもしれない。
だとしたら、俺は何をしているのだろう?
俺は、何度も間違えてきた。
今度もまた間違うかもしれない。
それでもいい。
それでも民衆が、男子たちが、仲間が傷つかなければそれでいい。
彼らの気持ちをぶつけるんだ。
男子だって、必死に生きているのだ。
その頑張りを、必死さを笑うことなんて誰にもできない。
俺はそんな彼らの仲間でありたい。
これまでも。これからも。
その先に何があるのかは分からない。
でも守らなくちゃいけないんだ。
彼らが生きる未来を。
今を。
そのためなら、俺は何度でも頑張れる。
頑張ってきた。
今までは――。
ふと思う。
別の道があったのなら。
俺は書類を作成すると、向かいにあるハゲの部屋を訪れる。
「今いいか?」
「ああ。なんだ? しけた顔しやがって」
俺は書類を渡す。
それを黙々と読み進めるハゲが憤りを露わにする。
「ふざけんじゃねー! オレはてめーとの決着をちゃんとつける。それまで落ちぶれるな!」
ハゲが俺の胸ぐらを掴みかかる。
「だが、危険が大きすぎる。明後日の後はお前に託す。それだけだ!」
「はっ。そんなの誰が頼んだ? テメーのことだ。色々と考えているんだろうが、たりねー! オレがそんなことを望むとでも思っているのか?」
――わたしがそんなことを望むとでも思っているのですか?
耳をつんざく声が鼓膜を震わせる。
「お前……」
「ちっ」
ハゲは渡した書類をビリビリと破り捨てる。
「テメーはまだおわっちゃいねーよ」
「だが……」
「可能性の話だけで終わらせるな。今を見ろ!」
「今を、見る……?」
ハゲの言った言葉にハンマーで頭を叩かれたような衝撃を受ける。
俺は可能性だけで話を進めていた。
それも大事なことなのかもしれないが、実際に起きていることを観察するべきなのかもしれない。
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