第25話 格闘戦

 土曜の夜。

 無数のドローンが男子寮の周りを警戒している。

 作戦名オペレーション・攻防戦。

 俺とメガネ、ゴリラ、ハントを中心とした混成部隊に対して、朱鳥とハゲによる小規模部隊。

 俺たちは男子寮にある、〝本格、白黒焼きそば〟を守り抜く。そして朱鳥たちはそれを奪う役回りである。

 俺たちは攻めてくる敵から時間内に守り抜くことにある。

 時間は午後十二時。

 それまでに彼らの攻撃を防がなくちゃいけない。

 ゴリラが前衛を、メガネとハントは後方からの支援。

 俺が中間地点で守り抜く。

 そう決めると、各々の行動は早かった。

 ゴリラが前衛で土嚢を積む。

 後方のハントは狙撃銃の用意をする。

 メガネがドローンや各室のカギをオートロックする。

 午後八時。

 夜の帳が下りる頃合い。

 湿り気を帯びた夏の匂い。

 風が吹く。

 ドンッと大きな破裂音が鳴る。

「どうした?」

『会敵! RPGにて対応!』

 ゴリラが悲鳴のような声を上げる。

『鴻、第一陣を突破!』

 早すぎる……。

 一分も経たずに先陣隊列を突破するなど、あり得ない。

『ハゲは抑える! リーダーは鴻を! 鴻朱鳥を!』

 俺はハンドガンを構えて、狭い廊下で暗闇を睨み付ける。

 三

 二

 一

「撃て!」

 俺は一緒にいる仲間に叫ぶ。

 弾丸が発射され、虚空を切り裂く。

 キンキンキンと、金属がこすれ合う音が聞こえる。

「まだだ! 撃ちまくれ!」

 リロードを終えた仲間たちが銃弾を放ち続ける。

 凜とした雰囲気を纏った朱鳥が宙を舞う。

「朱鳥! ここは通さない!」

 俺はコンバットナイフを取り出し、朱鳥の日本刀に立ち向かう。

 刀とナイフが交じり合い、交差する。

 触れあった金属同士が甲高い音を鳴らし、火花を散らす。

 じりじりと前線が抑え込まれていく。

 額に浮いた脂汗を指で拭うと、キッと朱鳥を睨み付ける。

「やりおる。一条!」

 ふり下ろされる刃を受けて流す。

「負けを認めないか?」

「妾を甘く見たな!」

 刀をふり下ろすと、ナイフで受け止める。

「今だ!」

『狙撃だっ!』

 遠くから放たれた銃弾は朱鳥の顔をかすめる。

『風か!? 修正する』

「そんな時間は与えない!」

 朱鳥は身体の力を抜き、硬直状態から解放される。

 バランスを崩した俺は前に倒れこむ。

 ドローンが朱鳥に襲来し、行く手を阻む。

「こしゃくなマネを!」

 その背後を狙う俺。

 だが、すぐにかわされる。

「なんていう奴だ。朱鳥!」

 刀をふり下ろす朱鳥。

 ドローンが絡み合い、落ちていく。

『そ、そんな。僕の考えた最強の兵器が……!』

 メガネが崩れ落ちる音がインカム越しに聞こえてくる。

「くっ!」

 朱鳥は振り向こうともせずに奥へ向かう。

 俺は慌てて追いかけるが、狙撃銃の弾丸を切りおとして進む辺り、やはり異常だと思う。

 朱鳥は異常な力を持っている。

 あの力を正しく使えば、この男子寮も危うい。

「追いかけるぞ」

 俺はゴリラに言うと、朱鳥の行ったコアブロックに向かう。

 コアブロックには《本格! 白黒焼きそば》がある。

 食べ物に目がない朱鳥はいの一番で駆けつける。

 だが、それももうじき終わる。

 午後十一時。

 攻防戦の終了時刻まであと一時間。

 目の前に現れるGⅡ。

 ドラゴンを模した機械獣。

 西洋に見られる細長い竜の機械。

 機銃とミサイルを搭載している究極の兵器(メガネが言うには)。

 ギガント・ドラゴンマークⅡ。

 炎のように赤い鱗を纏い、白い肌が見える。

 鋭利な爪牙がチラリと見え、背中のハードポイントがいくつかあり、そこに機銃やミサイルポッドが設置されている。

 装甲はダイキャスト製。

 モーターはタミヤ製。

 電力はニッカドバッテリー。

 センサーは自作。

 制御系はすべてメガネが一人で作り上げた――最強のドラゴン。

 意味もなく目が光り、雄叫びを上げる。

 そのドラゴンを目の前にして立ちすくむ朱鳥。

 暴れ狂うドラゴンの刃が朱鳥に向かう。

 だが、朱鳥は回避し、刀を鋭く光らせる。

 一閃。

 煌めいた粒子を見て、それがドラゴンの破片と気づくのに遅れた。

 俺は回避行動をとり、落ちてくる破片を避ける。

「やれる!」

 朱鳥の力強い言葉が、暴力となり、GⅡに迫る。

 刀を振り回し、GⅡが崩れていく。

『そ、そんな……。僕の考えた最強の兵器が……』

 所詮最強は最強でしかない。完璧ではないのだから。

「メガネ!」

 俺が大声を上げると、GⅡのコクピットからおり遠隔操作に切り替える。

「行けるのか?」

 未だに大蛇のようなGⅡは朱鳥を狙っている。

 うねると鱗が分離し、それぞれが朱鳥を狙う。

「くっ。なかなかやりおる」

 さすがの朱鳥も、この兵器に苦戦しているようだ。

「いいぞ。さすがメガネだ。ハゲとは違う」

「図体ばかりでかくて!」

 朱鳥がそう叫ぶと、GⅡの脚一本が細切れになり、粉塵をまき散らす。

 高速で動く朱鳥に対応できずにいるGⅡとメガネ。

 攻撃が一方的に見える。

 黒い影が移動したと思ったら、次に金属の甲高い音を立てて、もくもくと黒煙を上げている。

「狙撃しろ」

『し、しかし……』

「いいから、やれ!」

 俺はGⅡと狙撃による無力化を図るが、それすらも児戯とする朱鳥の機動力と攻撃力。

 このままでは追い込まれる。

 いやすでに守り切れていない。

 四十分が経過し、残り二十分となった頃合い。

 GⅡは崩れ落ち、瓦礫の山に立ち替わっていた。

 鎮座する瓦礫は物言うこともなく、朱鳥の行動をただ見つめるのみ。

 朱鳥はコアブロックに向かって歩を進める。

 俺はその背後からハンドガンを撃ち放つ。

 金属を弾く音が鳴り響くと、朱鳥はこちらを睨む。

「追ってきたか。一条!」

「ああ。簡単にはいかせない!」

 ナイフとハンドガンで武装を固めた俺は、真っ直ぐに朱鳥を攻撃する。

 ハンドガンで足止めすると、勢いをのせたナイフを一振り。

 刀しか持たぬ朱鳥だが、全力で向かってもいなすだけの力があった。

「はは。すごいな! 朱鳥は!」

「これしきのこと。妾の敵ではない!」

 切り結ぶ二つの陰。

 ぶつかりあい、絡み合う。

 力は拮抗しているように思えるが、実際は朱鳥が加減を加えている。

 俺は全力であたっているが、朱鳥は平然としている。

 この運動量なら肩で息をするくらいには疲弊するものだが。

 事実、俺はもう荒い息を吐いている。

 その隙を見た朱鳥がコアブロックにとりつき、扉を十文字に切りつける。

 呆気なくそのお宝を解放した共用コアスペースにはお宝である〝本格! 白黒焼きそば〟がある。

 お宝に手を伸ばした朱鳥。

「この瞬間なら! 狙撃!」

 俺はハンドガンを撃ち放ち、ハントの狙撃が横合いから飛んでくる。

 朱鳥は紙一重で二つの弾丸をかわす。

「ば、バカな……!」

「妾は誰にも負けぬ!」

 やっと勢いづいてきた朱鳥。

 しゅんっとした様子を見せることなく、勝ち気な、凜とした雰囲気を纏っている。

 これなら――。

「もう心配は要らないな……」

 俺たちの目的は落ち込んだ朱鳥を回復させること。

 それが実現した今、朱鳥とのつながりもなくなった。

 少し寂しいような、悲しいような、そんな気持ちが広がってきた。まるで白い紙にインクを垂らしたかのように。

 じわじわと広がっていく虚無感。

 朱鳥はその場でおいしそうに焼きそばを頬張る。

 噂通り、塩振りした白い焼きそばとソースの黒い焼きそばが見てとれる。

 美味しそうに食べているから、そっとして置こう。

 依頼は達した。

 あとは俺たちの心の中の問題だ。

 任務である以上、人が生きていく以上。出会いがあれば別れがある。

 それはこの世の心理だ。

 いずれ訪れる別れ。

 それを嫌い、現状維持を求める者がいる。

 不老不死。

 馬鹿げた妄想がすっと頭の片隅をよぎったが、それが正しい判断なのかは分からなかった。

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