第26話 海にいる少女
海の見える街をふらりと歩く少女。
白いワンピースが凹凸の少ないスレンダーな身体に密着している。
吹きすさぶ風がロングスカートをはためかせる。
その手は頭にある麦わら帽子を抑えるために使われていた。
もう片方の手にはキャリーケースがコロコロとひいている。
白い砂浜。白い家屋。
ここ一帯はギリシャにあるサントリーニ島に似た外観を持つ。
その白とちょっとした青が神秘的な雰囲気を醸し出している。
その被写体に向けて、カメラが向けられている。
だが、そのカメラは隠れながら少女を追っているのだ。
「ターゲット南へ移動」
『了解。ドローンを移動させる。一条さん、お気をつけて』
「ああ」
それだけを言い残すと、俺はすぐさま場所を移動する。
最新の光学カメラを搭載したドローンが五機、総動員数二十名の、大規模な
リーダーである俺とメガネが主なメンバーである。サブとしてはハントがいる。
ゴリラは体格がでかく、隠れにくい。
ハゲはうるさい。
ということでみんなが集まり、目標である
夏音。
西園寺財閥の一人娘。
西園寺財閥は宇宙工学の株の三分の二を持っており、一族をあげて工業開発・研究に取りかかっている。
料理店の経営者でもある西園寺家。宇宙食の改良も行っていると聞く。
本当かどうかは分からないが、総資産額は一兆円とも言われている。
そんなお嬢様が一人で街中を歩くのは危険である。
ということで善意で俺たちは見張りをしているのだ。
「ハント、B2β地点」
『了解』
一発の弾丸が夏音の足下を穿つ。
夏音が躓きそうな小石を狙い撃ったハント。
『敵脅威排除』
「了解。感謝する」
夏音は何ごともなかったかのように歩きだす。
いや実際そうなのだろう。俺たちしか知らないのだから。
「まて。後方三百に敵脅威」
『!! ナンパか!』
夏音の後ろ三百メートルにチンピラのような柄の悪そうな人が三人近づいていた。
モヒカンに、オールバックに、角刈りの三人だ。
「排除できるか?」
俺は低く告げると、ハントははっきりとした口調で返してくる。
『麻酔銃を使う』
「……了解」
それも致し方ないな。
夏音にあだなすものは排除しなくてはならない。
「撃て」
短く命令すると、三発の銃声がインカム越しに脳に響く。
発射された麻酔銃は見事に三人のチンピラ(?)にヒットし、すやすやと眠り始める。
「あら。こんなところで寝ていると風邪を引きますよ?」
まさか夏音がチンピラを助けようとするとは思わなかった。
「今、人を呼びます」
グースカと寝ているチンピラ(?)を前に夏音は警察を呼ぶ。
彼らをパトカーに乗せると、そのまま立ち去る警官。
『さすがマイエンジェェェェェェル!』
声を荒げるハント。
いつも冷静沈着な彼が見せた貴重な瞬間であった。
またも夏音は潮風香る街を歩いていく。
どことなくその背中は寂しく思えた。
一人でスキップを踏み、おしゃれな個人経営のカフェに入っていく。
窓際に座ると、オリジナルコーヒーを注文し、鼻歌を歌いながら待つ。
それはどこか可憐な乙女に思わせてくれるには十分だった。
そんな彼女に惚れないものなどいない。
どこを切り取っても絵になる――それが彼女の魅力である。
カフェから出ると、その足で近場の雑貨屋さんに入っていく。
小物を見つめるその姿は少女のようにあどけなく、そして可愛らしい。
店員さんと何やら話し込んでいる。
「メガネ。集音マイクはどうなっている?」
『待ってください。もう少し』
メガネがキーボードを打鍵する音が聞こえてくる。
『この、……絵、ですね……』
『そうなんですよ。一番のオススメです♪』
やっと聞こえてきた二人の声。
『やっぱりオルゴールというのがいいですね』
『そうなんですよ! この綺麗な音色を聞きながら眠ると素敵な夢が見られるそうですよ?』
『買います!』
即決する夏音。
ルンルンでお店を後にする夏音。
オルゴールの他にも色々と買い足したみたいだった。
あんなに嬉しそうな顔をしているのを見るのは珍しいかもしれない。
商店街にサンダルを運ぶとスーパーへ向かう夏音。
「なぜだ。なぜ、スーパーに行く?」
『女子寮も確か食事は寮母さんが用意してくれますよね?』
「ああ」
寮母さんが寮生活のあれこれを支援してくれる。もちろん食事や洗濯、掃除まで。
だからスーパーに行く意味はほとんどない。
にも関わらず夏音はスーパーに立ち寄った。
それが不可解で不思議だ。
俺が首をひねっていると、スーパーから
スーパーにいる間、一言も発していないので、その理由は不明なままだ。
「三号で確認できるか?」
『やってみます』
ドローンの位置を確認し、メガネに指示を送ると、すぐに動きだすドローン。
真っ直ぐに上からの位置でエコバッグの中身を確認しようとする。
だが、チャックがされていて、中身は確認できなかった。
「くっ。どういうつもりだ。西園寺夏音……」
『分かりません。ですがこちらの熱探知によると砂糖、牛乳、卵などを認識しています』
「まるでお菓子作りの材料じゃないか。そんな訳ないのに」
『そうですね。今の時代手作りお菓子なんて珍しいものです』
メガネもうんうんと頷いている気がする。
『は。あのお嬢様に限って、お菓子作りなどありえねーよ』
ハゲが吐き捨てると、視線を夏音に戻す。
鼻歌を歌いながら、百均へと立ち寄る夏音。
「すでにエコバッグは満杯だぞ!? ええい。どうするというのだ?」
『一条さん、キャラ崩壊しています。いつもの冷静さを取り戻してください』
『は。てめーでも動揺すること、あるんだな』
メガネとハゲの意見を聞き、頭を冷やす。
「悪かった。だが、あの量を持って帰るのか?」
あの細身でそんな力があるとは思えない。
俺は不安そうに百均の出入り口を観察する。
すると両腕にエコバッグを抱えた夏音が姿を現す。
「なっ!」
『まさかの二刀流! さすがエンジェェェェェェル』
ハントがテンション高めに声を荒げる。
耳をつんざく声で、鼓膜が痛いほど振るえる。
『それだけの体力、どこにあるというのだ』
あの細身な身体のどこにこれだけのパワーがあるのかは謎だ。
しかし、人は時にその力を示す時がある。
そのまま街の中央にある電車の改札口をくぐり抜ける夏音。
座席に座ると、髪をそっとなおしている。
その仕草が可愛らしい。
そして手を振ってくる夏音。
「ん?」
『手を振っていますね。あれ』
俺は後方を確認する。
後ろには誰もいない。
となると、俺に対して、か?
『今日は大変だったね!』
夏音がそう唇を震わせると、俺はさーっと頭が真っ白になる。
「キミ、ちょっといいかね?」
隣に立っている駅の警備員が俺の肩を叩く。
「あー」
俺は全てを察して立ち上がる。
草木のついた衣服を整えて、ペコリとお辞儀をする。
慌てた様子の夏音が電車のドアに阻まれ、そのまま女子寮に向かって動きだす。
俺はそのあと、警備員につれていかれる。
警備室の隣に通されると、警備員が眉根をよせて訊ねてくる。
「あんなところで何をしていた?」
「ええと。え、いや、その……」
『友達と遊んでいたと、言ってください』
「あー。友達と遊んでいました」
「そうか。でもキミはもう大人に見える。遊ぶならもっとやり方があるだろう?」
警備員は怖い顔をして俺を睨む。
ひっ。大人の顔ってこんなに怖いんだ。
蛇に睨まれたカエルのごとく、俺は縮こまる。
そのあと、二時間の説教を受けて、最終的に一度帰った夏音に助けられた。
夏音には申し訳なかった。
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