第24話 宿題

鴻side


「さて。こちらの戦力はオレと、部下の三十名ほどだが、どう攻める?」

「要らぬ」

「は……? まさかあの一条を舐めているんじゃないだろうな?」

 ハゲは妾をきっと睨む。

「違う。妾のスピードについてこれまい。単独でこの廊下を前進、残りの戦闘員で周りを固めれば、すぐに玉座を壊せる。問題はスピードだな」

「おいおい。何を仕切っているんだよ。おめーはまだ一等兵だ。そんな権利はねーんだよ」

「なら、試すか?」

 鼻で笑う妾。

「……ちょうどいい。その澄ました顔、気にいらなかったんだよ!」

「戦うんですか!?」

 鈴木が驚いたように両者を見やる。

「仕方なかろう。へっぽこなリーダーなら腐敗してしまう」

「へっぽこ、だと?」

 威圧するように顔を持ち上げるハゲ。

「ああ。この戦い。短期決戦が有利になろう?」

 ニヤリと口の端をつり上げる朱鳥。

 その顔にぞっとするハゲだったが、うなずく。

「いいだろう。任せる。ただ危険と判断すれば、オレが介入する。いいか?」

「分かった。お主の力量測らせてもらう」

「は、ちびるなよ?」

 二人の経緯を見守る鈴木と佐々木。

「ククク……」

「フフフ……」

「なあ、なんだか気温高くないか?」

 鈴木がそう佐々木に訊ねる。

「ああ。今度の作戦の拘束時間と給料は?」

「はいはい。分かったよ、守銭奴さん」

 鈴木がなし崩し的に奥へと移動する。

 ハゲと朱鳥は二人して笑い合うのだった。



一条side


「俺たちは防衛側か」

 おとがいを撫でると、地図に視線を落とす。

「GⅡの配置はこことここ。後は守りを固める」

「え! これじゃあ、最前線がないですよ!? 中心区画コアの前で主力艦隊を固めることになります」

 メガネが驚いた顔で見てくる。

「ああ。だが、あの鴻だ。それでも危険ではある」

「そんなに高く見積もるのですね」

「ああ。奴は普通じゃない。時代が時代なら、国を治めていただろう」

 話が終わったとばかりに俺は作戦司令室から出る。

 と、山積みになった宿題と向き合う。

「く。こんな些末な方法で俺を足止めするとは!」

 が、すぐに横目で作戦の攻防戦を見る。

「一条さん、補習になりたいのですか? やってください」

 メガネが隣で説教するかのように指示を出してくる。

「いや、メガネの宿題を見させてもらえば、俺もすぐに作戦に取りかかれるのだが」

「何を言っているんですか」

 やっぱり宿題は自分でやれ、ってことか。

「僕もまだ手をつけていないのです」

 えっへんと胸を張るメガネ。

 そうだった。こいつもバカだった。

 忘れていた気持ちを思いだし、明後日の攻防戦に向けて日々鍛錬しゅくだいを続ける俺たち。

「お。まだ宿題やっていたのか?」

 ゴリラが隣に座り、訊ねてくる。

 ちなみにバナナを食べている。

「お前も宿題やんないと怒られるぞ?」

「終わらせたよ」

「「え!?」」

 俺とメガネは驚きで顔を見合わせる。

「ここの問題は?」

「こっちは?」

「そっちはゼウス。そっちは因数分解だな」

 頭のいいやつがこの中にいるとは!

「え。でも調べてみると代入らしいですよ?」

 メガネがそう言うと、俺も気になりスマホで調べる。

「ネアンデルタール人じゃねーか。分かっていねーな。こいつ」

「何を言っている。宿題というものは空欄を埋めればいいんだよ。小難しく考える必要はない」

 ゴリラが胸を張って言う。

「た、確かに……!」

「さすがです。ゴリラ先輩」

 俺とメガネはゴリラの言葉を信じて宿題を進めることにした。


「つ、疲れた……」

 宿題が終わったのが午前四時。

 俺とメガネはそのままベッドに潜り混み仮眠をとる。

 翌日になり、俺たちは学校へ向かう。

「あちぃ……」

「今日の最高気温は三十五度らしいです」

「具体的な温度を聞くと余計に熱く感じるな……」

 俺たちはこの高熱の中、なぜ学校に向かうのか。

 勉強ができたところで、社会にはなんの役にも立たないというのに。

「地球温暖化ですかね?」

「知らんよ。でもこのままじゃいられないのだろう」

 俺はもっともらしいことを言うと、席につく。

「い、一条」

「ん?」

 よく見ると朱鳥が顔をまっ赤にして俺に話しかけているではないか。

「あ、あ明日はよろしくお頼み申す!」

「ああ。こちらこそよろしく」

 俺は手を差しのばすと朱鳥は怖ず怖ずと手を伸ばしてくる。

 握手をすると、立ち去る朱鳥。

 なんだ。可愛いところあるじゃないか。

「むぅ。今のはどういうつもりかな? 一条くん」

 夏音はふくれっ面を浮かべて、俺の机をだんっと叩く。

「え。いや、え?」

 俺が困っていると、呪詛のごとく念仏を唱え始める。

「キミには芽紅ちゃんという彼女がいるというのに……! それなのにキミは他の子にも気があるみたいな態度をとって。それがどれだけみんなを傷つけるのか、分かっているのかな? それとも自分はモテないって、まるで鈍感系の主人公気取りなのかな? まるで自分の価値が分かっていないラノベオタク!」

「お、おう……」

 夏音は芽紅を引っ張ってきてさらに続ける。

「芽紅ちゃんだから許したんだよ! そうじゃなかったら、わたしが候補に!」

「待って。夏音ちゃん。なんの話?」

「何、って。一条くんの恋人の話だよ?」

「あー。ハゲ君ね。いいんじゃない?」

 芽紅がさらりと言うと、みんな固まる。

「「「え」」」

 俺と芽紅、夏音の思考回路がバグったような空気になる。

 朝礼が鳴り、俺たちは解散せざるおえなかったが――。

「あの二人、何が言いたかったんだ?」

 芽紅は百合で夏音を狙っているんじゃないのか?

 悶々とした気持ちで、授業が始まる。

 しかし、昨日はほぼ徹夜で眠い。

 薄ら目で黒板を見ていたが、限界がきた。

 ヤニ臭い匂いが鼻をつく。

「ん」

 俺が目を開けるとは目の前に厳つい顔が一つ。

「ぎゃッ!」

「なんだ。その反応は!」

 その顔はヘビースモーカーでも有名な草野くさの先生だった。

 強面こわもてでも格好いいし、タバコを吸っているのが様になるため、女子からの人気も高い。

「人の顔を見てぎゃ、なんて失礼だろ」

「す、すみません」

「ついでに、授業中だ。寝るな」

「は、はい」

 草野先生はそう言い残すと、授業終わりに、山積みのプリントを渡してくる。

「え。これは?」

「眠っていた罰だ。今日中に提出しろよ」

 マジかよ。

 明日、攻防戦があるというのに。

 メガネとゴリラにもプリントがあるらしい。

「お前ら全員、ふざけた回答をよこしてきたからな。これくらい当たり前だろ」

 草野がにたりと含み笑いを浮かべる。

「くっ」

「サボらせると思ったか?」

 じっと監視する草野。

 このままじゃ終われない。

 やるしかないんだ。

 俺は必死で回答を埋めていく。

 今度はちゃんと教科書や参考書を駆使して。

 さすがに、


 問い)

 2011年3月11日に起きた地震の名を答えよ。


 回答)

 プラモデル屋さん


 はダメだったか。

 俺の将来の夢だったんだが。


 それにしても、なかなか進まないな。

「80点以下は補習だからな!」

「「「ええ!!」」」

 さすがに教科書や参考書を見ていいだけあって厳しい判断だ。

 でもこれで間違える人もなかなかいないのだろう。

 必死で問題文とにらめっこしていると、ゴリラが草野先生に見せに行く。

「合格だ。いいだろう」

「よっしゃ――っ!」

「うわ。マジかよ……」

 ゴリラが合格して俺とメガネだけが取り残されている。

 くそ。これじゃあ『男子寮の改築』を申し出るのも無理じゃないか。

 未だにぼっとんなんだぞ。ぼっとん。

 女子寮は水洗式だけじゃなく、乙姫まであるというのに。

 お風呂だってあんなにも広いというのに。

 今どき五右衛門風呂はないだろ……。

 泣きたくなる思いで問題を埋めていく。

 合格されるまでに三回の間違い。時間にして四時間かかった。

 もう宿題はちゃんとやると決めた瞬間でもあった。

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