第21話 剣道大会

 剣道大会当日。

 俺たちはθシータ隊とΣシグマ隊に別れて、観客席に向かう。

 主賓席には六名の男と二名の女の人がいた。

 鴻太一たいちという名前の人がいる。名札にはそう書いてある。

 あれが朱鳥の父か。

 それにしても厳つい、いかにも厳しそうな顔つきをしている。

 朱鳥は怯えているように見える。

 このままじゃ、本気でやれない――。

「朱鳥――! 全神経を集中させろ――!」

 俺は朱鳥に向かって必死に大声を上げる。

 すると朱鳥の顔が緩み、瞳が落ち着いているように見えた。

「他のお客様に迷惑になる応援はお控えください!」

 アナウンスが鳴り響き、俺はグッと堪える。

 でももう大丈夫だ。

 父親の前だからって、彼女は強くいられる。

 なんとなくそう思えた。

 キッと睨みをきかせる朱鳥。

 審判員が見つめる中、朱鳥の剣技が冴え渡る。

 見る者を圧倒する気合いと迫力で、こちらまで風圧が来るようだった。

 圧倒的なまでの威圧感に会場が打ちひしがれる。

 しびれるほどのかっこよさ。

 これが鴻朱鳥という人間の力なのだ。

 そこに迷いはない。

 一切の邪念を撃ち払い、万物創造を書き換える力を秘めた剣技のさらにその先を見せてくれる。

 そんな気がした。

 全ての理不尽からあらがい、自己を貫く。

 そんな我が道を行く剣に見えた。

 武芸が終わると、周囲は静まり返り、拍手すらおきない。

 身構えてしまっているのだ。

 このままではいけない。

 そう思って俺は拍手を鳴らす。

 つられて何人かが拍手をする。さらに多くの人が拍手をする。

 鴻父は険しい顔をしている。

 審査員の他の面々は満足そうにしている。

 剣舞の差があり、他のものが脱落していくなか、朱鳥のポイントは高いままだった。

 ポイント性で、審査員一人が十ポイントを投票。加算した一番高いポイントがそのまま順位になる。

 一位をとった朱鳥はそのまま、端のほうでゆっくり休んでいる。

 そのまま午後になり、俺たちは一度撤退した。

 Σシグマ隊が代わりに応援するのだ。

 どっと会場が沸くのを感じた。

 笑いではない。真剣な声音だ。

「メガネどうした?」

『それが、枢木くるるぎ彩矢あやという剣士がすごい技を出したのです』

「技……!」

『これにより、鴻朱鳥は二位。次いで枢木結月ゆずきが繰り出した技がすごい』

 会場がまた沸くのを肌で感じ取った。ついで我妻わがつま美琴みことが剣を決める。

『鴻朱鳥は四位。繰り返す。鴻朱鳥は四位』

「そ、そんな……」

 応援していたし、あんなにも綺麗な剣術を披露していたのに。

 それでも及ばないないのか。

「分かった。解散だ」

 俺の声を聞き、男子は解散し始める。

 裏手に回り、朱鳥の近くに駆け寄る。

「なんて。バカな奴だ。この程度の剣技で浮かれおって!」

 鴻の父が大声で朱鳥を怒鳴っていた。

 その剣幕はまるで腹を空かせたオオカミのようだ。

「愚行を繰り返すな。この愚か者め!」

 そう言って立ち去る鴻太一。

 俺を見つけるなり、悲痛な面持ちを見せる朱鳥。

 胸に飛び込んで、ワンワンと子どものように泣きじゃくる朱鳥。

 悲しみも、悔しさも。もういっぱいいっぱいだったのかもしれない。

 その頭をそっと撫でてやると、そっと胸から顔を上げる。

「すまぬ。お前には夏音がいるというのに」

「ん? なんの話だ?」

「とぼけるでない。知っておる」

「それよりも、朱鳥は大丈夫なのかよ?」

「……大丈夫じゃない」

「じゃあ、胸を貸そうか?」

「それは……ない」

 ぷいっと顔を背ける朱鳥。

 照れ隠しか、それとも子ども扱いされて怒っているのか。恐らくは後者だろう。

「しかし、お主も面妖だな。こんなところまで赴くとは」

「悪いか? 俺は泣いている女の子は放っておかないタイプでね」

「そうか。質が悪いな」

 俺はそっと隣に座ると、朱鳥が怪訝な顔を向けてくる。

「仲間のもとへ行かなくて良いのか?」

「あー。でも、あいつらバカだしな。うん」

「何を納得したのか知らぬが、お主の意思もあろう」

 まあ、あのバカどもを呼べば、鴻太一の命が危ういからな。

 さすがに朱鳥の望むところではないだろう。

「まあ、あいつらバカだから」

「ふふ。そなたが言うなら本当なのかもな。しかし、何ごとにおいても友情は変えられぬと言う。そなたの友人、大切にな」

「朱鳥ちゃん!」

 駆け寄ってくる芽紅と夏音。

「さ。俺はお邪魔虫みたいだ。帰るよ」

「え。あ。ちょっと……!」

 夏音が何か言いたげに手を伸ばすが、空をつかむばかりで追い付かないようだ。

 俺はそそくさと逃げると、男子寮に戻る。

 男子寮ではお通夜モードになり、コーラ片手に寿司やピザを頬張る。

「鴻のやつ、最後の最後まで戦っていたよな?」

「ああ。間違いねー。あいつは正真正銘の剣士だった」

 悔しそうに嘆くともがら

「よし。朱鳥にエールを送るぞ!」

「おおとり、あ・す・か! おおとり、あ・す・か! うぉお――っ!! あ・す・か!!」

 魑魅魍魎ちみみょうりょうどもが跋扈かっぽするここで、朱鳥は喜んでくれるだろうか。

 苦笑しそうではある。

 まあ、俺はこいつらが嫌いじゃないが。

「リーダー。次はどうするよ?」

 鈴木が訊ねてくる。

「ああ。そうだな……。で、お前は補習があるんだが?」

「う゛。そうだけど!」

「それからだな」

 俺はそっとその場を離れ、一人夜の月を眺める。

 七月上旬の空は少し湿っぽい。

 二階にある俺の部屋だが、殺風景な部屋である。同居人の私物がほとんどを締めている。

「で、本当はどうなんだ? 一条」

「なんだ。ハゲついてきたのか」

「お前が仲間を見捨てるほど、意地の悪い奴じゃねーよ」

 そう思われているなら良いか。ハゲに伝われば。

「ま、補習にはあの鴻朱鳥も参戦する。あいつらに向けた作戦を練っている」

「やはりな。作戦名は?」

PANNTIRAパンチラ。風力に物を言わせる物量作戦だ」

「へ。大型の扇風機でも用意するのか?」

「そこが問題だ。一応大型のドローンを使う計画ではある」

「そこまでやるかよ。けっ」

「あわわわ。半家はげ君と一条君が絡み合っているぅぅうう~♪」

 何やら興奮した様子ではしゃぐ芽紅の声が聞こえてくる。

 その手にはカメラが握られている。

「なんでお前がいるんだよ。芽紅」

 俺が声を荒げると、芽紅に嬉しそうに目を細める。

「いいよ。いいよ。そのまま続けて」

「はっ。何言ってやがる」

 前に出る俺が体勢を崩す。

 と、ハゲが支えるように手を伸ばす。

 結果ハゲが俺を支える形になった。

「馬鹿野郎。ここで落ちて怪我でもさせるかよ」

「うほっ。いい感じ♪」

 芽紅よ。なぜ喜ぶ。

「ああ。すまない」

 俺はそう言い立ち上がる。

 手を取り合う俺とハゲ。

 いや、こういうシチュエーションは男女でやるもんなのよ。男同士がやっても喜ばんのだよ。

「あ゛あ゛い゛い゛ね゛」

 なんだか喜んでいるのが一名。

 いや、そういうタイプでもないだろ。お前。

「お前、百合だろ!!」

「え、なんの話?」

「聞こえないか……」

 俺はハゲから離れると、一階に向かう。

 男子寮の庭にいる芽紅に問い詰める。

「何しにきた!」

「お願い。朱鳥ちゃんを助けてあげて」

「え……」

 芽紅は他でもない朱鳥のためにここまで来たのだ。

 俺たちに助けを求めてきた。

 それが心にチクリと刺してくる。

 何度も何度も刺してくる。

「助けてよ。朱鳥ちゃん、塞ぎ込んでしまって」

「……分かった。俺がなんとかする」

「本当!?」

 笑顔になる芽紅。

「あー。まあやってみるさ。期待はしないでくれ」

「うん。一条君が言うなら間違いないねっ♪」

 その持ち上げ方はどうなんだ?


 すぐに俺は臨時最高委員会を開く。

 男子寮の共用スペースにメンバー全員を集める。

「これより《鴻朱鳥、救出作戦(仮名)》の内容を詰めていこうと思う」

 みんなに作を聞くなど、今までにない緊急事態だ。

 隣にいるハゲも怪訝な顔を見せている。

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