第20話 野球拳
「
「え。は、はい?」
「最初はグー。ジャンケン、ポン!」
ハゲと夏音はなぜか野球拳をしていた。
しかし、
「かー。オレの負けかよ。ちっ」
ジャンケンに一度も勝てないハゲ。
俺がじーっと見つめていると、隣にいた芽紅がひそひそと囁く。
「あれでも夏音ちゃんはジャンケンに負けたことないからね。手の動きでほぼ百パーセント見抜くの」
「はは。それはすごい」
「なんで脱ぐんですか。止めてください!」
夏音がかぁぁあと顔を赤らめて目を閉じる。
「芽紅、助けてやれ」
「もうしょうがないなー」
芽紅はあっけらかんとした様子で夏音に向かう。
あの二人、百合……なんだよな。
今でも信じられないが。
「ちくしょう。裸にされたぜ」
駆け寄ってくるハゲ。
「お前が下心で挑むから罰を受けたんじゃないか?」
「そんな
まあ、お前ハゲているものな。
「ま、これに懲りて野球拳は封印するんだな」
「そうするぜ。しばらくはオレ、自粛するからな」
こちらを見ている視線に気がつき、振り返ると芽紅が興奮した様子でこちらを見やる。
イケないものでも見たかのように夏音も顔を背ける。
いや、なんだよ。その反応。
まるでBLの本を読んだみたいな顔をしているじゃないか。
まあ、あの二人に限ってBLなんて読まないだろうが。
「そう言えば、鴻。光波ちゃんはどうしている?」
「ああ。問題ない。寮で大人しくしている。今日の午後には迎えがくる。お前には助けられてばかりだな。すまない」
「いや、それはいいんだ。俺は鴻のこと、嫌いにはなれないからな」
「……!」
鴻が唖然とした様子で口を開いている。
「ど、どうした?」
「い、いや。なんでもない」
朱鳥は恥ずかしそうに目を背ける。
その行動が不思議に思えたが、気にかける必要はないだろう。
「ちょっと! 一条くん!」
何かを訴えかける夏音。
「彼女の前ですよ! なんでそんな不埒なことを言うのですか!?」
彼女の前? 何を言っているんだ?
夏音は天然だから気にしては負けか?
いやちゃんとくみ取るべきだよな。
不埒。もしかして俺は女子に声をかけてはいけなかったのか?
まあ、陰キャだしな。しかたない。
「悪い。だが、俺にだって話したいときがあるんだよ」
「それは、そうですけど……。でも芽紅ちゃんがありながら……」
芽紅が関係しているのか?
俺は芽紅に視線を向けるが、ハテナマークを浮かべているのは一緒。
「え。芽紅ちゃんはいいのですか?」
「うん。別に困っていないよっ!」
明るく言う芽紅。
「え。でも、あ……そっか。(恋愛を話題するのは)嫌いだものね」
「(芽紅は俺が)嫌いなのか?」
「そういう人もいるかな。だって(恋人と知られると)恥ずかしいじゃん」
「まあ、(陰キャな)俺と一緒にいるのは(友達としても)恥ずかしいか。すまん」
「いえいえ。気にしてはいけません。堂々と(イチャイチャ)すればいいと思います」
コクコクと頷く夏音。
「ありがとうな。俺にも話しかけてくれて」
「え?」
戸惑ったように声を上げる夏音。
「今のは夏音どのが悪くないか? 一条どのが可哀想だ」
「うーん。芽紅は二人が仲良くしているのは悪いことじゃないの♡ でももっと男の子と遊んでほしいの」
う。もしかして芽紅は俺を遠ざけようとしている?
俺は女の子よりも男がいい、と。
「笑えない冗談だな」
俺は肩をすくめて言うと、芽紅たちは乾いた笑みを浮かべる。
(芽紅と付き合っているの、バレないように話さないのかな)と夏音。
(やっぱり男の子同士でからむの一番なの)と芽紅。
(妾には分からないことがあるのだな)と納得する朱鳥。
(俺は女の子とはあまり関わってはいけないらしい)と自虐する一条。
お昼休みに入り、俺は食堂で一人肉蕎麦を食べている。
と、
「オレも一緒でいいか?」
「おれも」
「僕も」
「お前ら。どうした?」
「いいや。お前一人にさせるなんておれは嫌だっただけだ」
ゴリラが紙パックのリンゴジュースをチューと吸う。
「それで? 今後の展開は考えているのですか? 隊長」
「ここで隊長はなしだ。メガネ」
「それだけ元気があるなら、大丈夫だな」
ハゲがカレーうどんをスルスルとすする。
ちなみにハゲが着ているのは白のシャツだ。
勇気あるよなー。
さっそくよごしているし。
「さっき、女子からけっこうなこと言われていたからな。気になったのだ」
ゴリラはうほうほと笑い、マーボー豆腐を食べる。
なんでみんな辛いものを食べているんだよ。
メガネはカルボナーラを食べている。
いやお前だけ辛くないんかい。
「まあ、今後のことは色々と模索中だ。剣道の大会に応援にいけば、朱鳥との距離も縮まる。よって仲も深まるとは思う」
「その後で、同じ海岸でばったりと出くわす、オペレーション・シーアタックを慣行する」
「「「オペレーション・シーアタック」」」
ごくりと喉を鳴らすゴリラ、メガネ、ハゲ。
垂涎ものである作戦。
「みんなも女子の水着に興味があるだろう?」
「それは、そうだが……。でもどうやって?」
「今はその足がかりを作る必要がある」
俺は思考を巡らせて呟く。
「たぶん、今はまだ無理だ。だが、彼女らにも弱点がある」
俺はその話の一部を知っている。
芽紅と夏音の百合の関係。
何よりもあの風呂場でのカメラが、あの更衣室での写真がものを言う。
鴻朱鳥もそれを知らなかったらしい。
となれば、周りには秘密にしているのだろう。
こちらが知っている唯一の弱点。
脅してでも、例年行っている鳥の海海岸についていく。というか同じ時間に同じ場所を目指す。
俺たちはたまたま出会ったことにすればいい。
そこまでの立案をしていれば、あとは大会直後の動きを観察するしかない。
芽紅辺りに秘密の話を持ち出せば、日にちと時間を割り出すことも可能だろう。
それに失敗してもメガネがいる。
メガネの解析でパソコンとスマホの中を覗こう。
とはいえ、夏音や芽紅はアナログの手帳を使っている。
なんでもこちらの方が可愛いから。らしいが。
しかし、水着か。
それをみんなの前に晒す――。
なぜか胸が痛む。
それでも、俺はやらなくてはならない。
民衆の声に応えなくてはならない。
最近になり、女子と会話する機会も増えてきた。
時間を見計らって、男子と女子を引き合わせるのもいいだろう。
あのアホどもだって、彼女ができれば、落ち着くだろう。
とはいえ、男の方が人数が多い。
それに加えてバカ男子は身の丈に合わない、可愛い子とばかりお付き合いしたがる。
自分の醜さを小一時間ほど説きたいが、リーダーである俺がそんな訳にもいかない。
みんなの光となる。みんなの手本となる俺には彼らのことを見守る必要がある。
「父さん。俺、友達を守るよ。だから安らかに眠っていてくれ」
写真を一瞥して、靴を脱ぎ終えると、下駄箱にしまう。
寮の中は土足厳禁。
寮母である
めちゃくちゃ可愛いが、歳は非公開。
全体的に幼く、胸もお腹も幼児体型と言わざるおえない。
だが、しっかり者だし、さっぱりした性格をしている。
茶髪を揺らし、今日も部屋の掃除をしてくれている。
俺が自室のパソコンに向き合う。
キーボードを打鍵し、次の作戦を考える。
プレゼンするためにパワーポイントを立ち上げる。
みんな、どうしてそうまでして女子と仲良くなりたいのか。
まあ、俺も男だから近づきたいのは分かるが。
どうしてリーダーを求めたがるのか。個々でやればいいことではないのか?
分からない。
けど、誰かがやらなくちゃいけないのだ。
誰かが……。
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