第19話 家族

「さて。みなも分かったように個別で応援することとなった」

 俺はきしむ身体を動かして告げる。

「なら、応援団の意味なかったじゃないか!」

「「「そうだそうだ!!」」」

「何を言っている。PANNTUの存在を忘れたか?」

 俺が問うと、みんな顔をしかめる。

「あの伝説の……」

 誰かがそう呟く。

 ゴクリと喉を鳴らす民衆。

「ああ。あの苦痛の日々を乗り越えた猛者にはこれをやる」

 そう言って段ボールから出したパンツを手にする。

 贈呈式を行うと民衆の声は大きくなる。

 まだパンツは残っているか。

 まあいい。


 翌日。

 剣道大会まであと四日。

 俺は放課後に剣道部の部室の橋に案内されていた。

 未だに頬は腫れ、あざができている状況だが、鴻が案内してくれた。

 これから鴻が剣道の神髄を見せてくれるという。

「やっ! はっ!」

 声を張り上げて、木刀を振りかざす姿は妙に様になっていた。

 しかし、対抗する相手がいるわけじゃない。

 まるでシャドーボクシングのように見えない敵と戦っているようだ。

「剣道って戦うわけじゃないんだな」

「当たり前です!」

 隣にいたまん丸メガネをかけた女子がふふふと笑う。

「剣道はその身から湧き出る〝美〟を極限まで高めたもの。それを暴力に振るうなんてもってのほか」

 あいつ、銃弾弾いていたけどな。

「ほら。見てください。左左右」

「ほう……」

 鴻の動きは静かで、柔らかいが、すっと身体が綺麗に動いている。

 なんと言っていいのか分からないが、洗練された動きと言うのだろうか。

 無駄のないゆったりとした動き。

 これが鴻朱鳥という人間なのだろう。

 静と動を魅せる剣道。

 初めてみた。

 魅入ってしまう。

 気がつけば三十分は経っていた。

「俺、そろそろ帰るよ」

 立ち上がると、鴻が駆け寄ってくる。

「怪我しているところ、見に来てくれてすまない」

「謝ることじゃないさ。それに鴻の良いところを見せてもらった。ありがとう」

「そ、そうか?」

 照れくさそうに頬を掻く鴻。

 ちょっと子どもっぽいような笑みに、俺はドキドキしてしまった。

 いつもは大人っぽい、キリッとした顔をしているのに。


「すごいでしょ。朱鳥ちゃん!」

 嬉々としてはしゃぐ夏音。

 鴻の部室を出てすぐに会った夏音。

「ああ。すごかったな」

「ね? わたしが薦めていただけのことはあるのです!」

 えっへんと貧相な胸を張る。

 まあ、俺は貧乳の方が好きだけど。

 というか胸は大きさよりも形だと思う。

「お前がすごい訳じゃないんだよなー」

「でもでも、友達が褒められて、嬉しくない人はいないと思うのです!」

「……そうだな。夏音は賢いな」

「ええ。なんで子ども扱いなのかな!」

「はいはい。可愛い可愛い」

「もう。そんなぞんざいに扱われたら、わたしだって容赦しないんだからね!」

 人差し指をビシッと向けてくる。

 可愛いのは本当だけどな。

 こんなにはしゃいでいて可愛いと思わない方がおかしい。

「じゃ、俺はこれで」

「うん。またね!」

 俺は夏音と離れて、男子寮に戻る。

 応援に行く人数を考えると、男子寮全員ではいけなさそうだ。

 前半と後半に分ければ、みんな納得するだろう。

 その班分けをしなくてはならない。

 さて。どうやって分けるか。

 いつも通りならABC班に分けるがいいか。狙撃班と電子班も前半後半で分ける。

 あとは細かな調整をして。

 ブツブツと思案しながら歩いていると、小さな子どもを見つける。

 小学生くらいの小さな女の子だ。赤いランドセルを背負っている。

 どこかで見たことがあるような顔だが、幼さのある顔だち。

 それにしてもワンワンと泣いていて、このまま放っておくのは決まりが悪い。

「あー。どうした? 嬢ちゃん」

 俺の顔を見て、さらにワンワンと泣く幼子おさなご

 視線を落として、あめ玉を差し出すと、じーっとこちらを見つめてくる。

「君の名は?」

光波みつは。鴻光波」

「そうかそうか。……ん? 鴻?」

 もしかして……。

「朱鳥お姉ちゃんはどこ?」

「あー。俺が案内するよ。ついてきて」

 じーっと見つめる光波。

「知らない人についていっちゃダメって」

「それはそうだな。……どうしたものか」

 このまま光波を置いて、鴻朱鳥を呼びに行くのも怖いし。

 そうなると仲間を呼ぶか。

 俺はスマホでメガネに連絡する。

「鴻朱鳥を呼んでくれ。鴻光波みつはが会いたい、と」

『なんで僕なんですか? 一条さん』

「お前なら電話番号の解析も可能だろ?」

『さすがです。今、電波から位置を特定します。やってやりますよ!』

 しばらくして、鴻朱鳥が迎えに来てくれた。

「朱鳥お姉ちゃん!」

 朱鳥に向かって走り出す光波。

 抱きかかえて、俺にペコリと一礼する朱鳥。

「一条どの、面目ない。まさか妹が一人で来るとは思わなかった」

「お姉ちゃん。お父さんが今回の大会を見たいって」

「普段は放っておいて!!」

 怒った顔をみたのは初めてかもしれない。

「お姉ちゃん、こわい」

「す、すまぬ」

 すぐに相好を崩す朱鳥。

「わりぃ。聞いてしまった」

「……いいんだ。妾も一人ではどうしようもなかった」

 そう言って光波を撫でる朱鳥。

「鴻は……」

「ん。なんだ?」

「いや、すごい奴だよ。お前は」

「褒めても何も出ないぞ?」

「ああ。分かっている。でも俺はお前を純粋に応援したいと思った」

 先ほどの口調から察するに家族に問題を抱えているのだ。

 それをおくびも出さずにいるなんて。どれだけ辛いことなのか。

「困ったときには俺を頼ってくれ」

 俺はそう言い、連絡先の書いた紙切れを渡す。

「しかし、光波ちゃんはどうするつもりだ?」

 朱鳥を幼くしたような光波。彼女は寮生活だから、実家は遠いのだろう。

「ふむ。今日一日くらい、光波を泊めてやるさ」

「なら、いいが」

「しかし、お主は謙虚だな」

「え?」

「妾に恩を売っているのに、何も要求してこない。父とは大違いだ」

 父。

 やっぱり因縁がありそうだ。

「そうだな。そうかもしれない」

 俺はやれやれと首を横に振る。

 名残惜しいが俺は二人と別れると、男子寮に戻るのであった。


 剣道大会の応援はだいたい決まってきた。

 夜のミーティングで報告すると、おおよその男子は納得してくれた。

 一定の批判はあるものの、民衆の中には反発をしたがるものもいる。

 だがハゲも応援してくれたお陰で反論も小さかった。

 あとは時間が過ぎるのを待つのみ。

 しかし、親父か。

 そんなに仲良くない家庭があるのかもしれないが……。

「どうした? 一条」

 ハゲが怪訝な顔つきで訊ねてくる。

 それはミーティングが終わり、解散した後であった。

「あ。いや、家族って助け合うものじゃないのかな、って」

「そんなことないぞ。オレのところではよくバカにされたものだ。お前は脳が足りない、ってな」

 そう言いながらクスクスと笑うハゲ。

「そんなの、辛いだけじゃないか」

「そうだな。辛いときもある。でもどんなに嫌っていても、どんなに辛くても、やっぱり家族なんだな、って思う時はあるぜ?」

「……そんなものか」

 家族か。

 仲の良い家族ばかりだと思っていたが。

「変なこと聞くな。家族と言えばメガネのうちは幸せだぜ? なんでも成果に対する報酬ということで新しいパソコンを買ってもらっているんだぜ?」

「金が全てではないがな。だが、それは甘いのかもな」

 俺には分からないことだ。苦笑をする。

「まあ、分からなくてもいいさ。人の一生を理解するなんて、普通に生きていて必要ないからな」

「そうか? そいつのことを知れば、より仲良くなれるじゃないか」

「そうとも限らねーよ。なんでこいつはこんなことを聞くんだ? って。嫌う理由になるかもな」

 肩をすくめておどけるハゲ。

 そんなものなのかもしれない。

 深く入れば、抜け出せないのかもな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る