第18話 解散

 夏音が困ったように笑みを浮かべていた。

 話も終えても俺は後ろ髪を引かれる思いだった。

 でも、そうだよな。

 夏音にまで心配をかけてしまうとは。

 俺は何をやっているんだろうな。

 でも仲間を会場に向かわせるにはこれしかない。

 応援したい気持ちはみな同じなのだ。

 なのになぜ、こうなる。

 なぜ権蔵のような男がいる。


 剣道大会まであと五日。

 俺は足早に部活へと向かう。

 暴行を受けている鈴木のうめき声が聞こえてくる。

 グッと拳を握り、ドアの前で俺は一人たたずむ。

 こんなことをいつまでしていればいいんだ。

 いつまで俺はこのまま……。

「大丈夫か? 一条」

 ゴリラが気遣わしげに訊ねてくる。

「ああ。大丈夫だ」

 鉄仮面と呼ばれた俺でも、表情に出てしまうほどだったか。

 ゴリラがなにげなく開けると、鈴木が床に伏せっていた。

「権蔵。何をした?」

「ふん。そいつの気合いを入れ直してやったのさ」

「そうか……」

 俺はそう呟き、鈴木の鼻血を拭う。

「鈴木……」

「おら、頑張って鴻さんを応援するよ」

「そう、だな。そうしたいか?」

「はい」

 鈴木ならそう言うと思っていた。

 いたけど……。

 悔しい。

 なにもできないなんて。

「はいはい。休憩は終い。さっさとやるぞ」

 何ごともなかったかのように応援の練習に入る権蔵。

 これだけやっておいて、何も罰を受けないのはおかしいだろう。

 なあ、そうだよな。ゴリラ。

 俺の前に出るゴリラ。

 権蔵に向き合い、苛立ちを露わにするゴリラ。

「なぜ、暴力など!」

「はん。知っていていても、何もできないか。やはり人間とはつくづくゲスな生き物よのう?」

「貴様だって人間だろうに!」

「そんなの知らぬ。だが、お主らよりは少し賢いようだが?」

 鈴木を一瞥する権蔵。

「違うな。暴力で上に立つなど、ただのクズだ」

 俺も、ハゲも。そんな手は使わなかった。

 俺たちがやらないことをやっている。だからと言って、それが人として上というのは間違っている。

「現に、問題を一つ解決できそうだが?」

 権蔵がにたりと不気味な笑みを浮かべる。

「問題、とは?」

「バカの一つ覚えを書き換えることだな。このバカ者をただしてやるのだ」

 権蔵はそう言い鈴木を蹴る。

「止めろ!」

 俺は声を荒げる。

「ほう。なら、貴様が代わりをやるか?」

「……いいだろう」

「一条!」「一条さん!?」

 俺は前に出ると、権蔵の蹴りを、拳を受ける。

「逃げろ。鈴木、ゴリラ」

 二人は慌てて逃げ出す。

 血が飛ぶ。

 埃が陽光に照らされてきらきらと輝く。

 この汚い血も、綺麗に見える時が来るのだろうか。

「悪政を行った軍隊はもはや軍隊ではない!」

 俺は権蔵の手をかわす。

「は。貴様に軍隊を名乗る権利はない!」

 権蔵の暴力をかわしながらも、俺は策略を巡らせる。

 俺は勝つんじゃない。負けるんだ。

 それでいい。

 俺があの隊から離れることになろうとも、彼らを守るんだ。

 そんな当たり前のことを分かっていなかった。

 夏音のあの目を見るまでは。

 俺が守るべき者は部下だ。理屈でも、目的でもない。

 そのための組織だ。

 おさが代わっても、やらなければならない。

 それは俺じゃなくてもできる。それこそ、ハゲに任せればいい。

 俺がやるべきことは今の仲間を助けること。

「おい! 何をやっている!?」

 やってきた先生が青筋を立てて権蔵を取り押さえる。

「こんなやつに――っ!?」

「何を言っている。もうネット界隈では炎上しているのだぞ!」

「え、炎上!?」

「もう住所も特定されている。諦めろ。権蔵」

「そ、そんな……」

 どうやらゴリラと鈴木がネットに流出させたらしい。

 サムズアップをしてくる鈴木。

 俺は保健室に呼ばれ、軽い治療を受ける。

 車がくるまで、保健室で待つことになった。

 と、

「失礼しまーす。あ、一条くんだ♪」

 芽紅がワクワクした様子で駆け寄ってくる。

「大丈夫?」

 芽紅の後に鴻がやってくる。

「ああ。なんとかな。一応病院で検査を受けるらしい」

「そう」

 小さく頷く鴻。

「でもやっぱり黒い噂通りだってね♡」

 芽紅はへにゃっと顔を緩ませる。

「ああ。そうだな。これで終わるといいのだが」

 ドアがガラッと開く。

「それで? 応援の方はどうするのよ? 一条君」

 夏音がキッと睨むように言う。

「大丈夫って言ったじゃないですか!」

「あー。まあ、でも応援したい気持ちは残っているが、まあしょうがない」

 たはははと乾いた笑みを浮かべる俺。

「なんで? なんでそうまでして応援したかったのだ?」

 鴻があっけらかんとした様子で訊ねてくる。

「それだけ鴻に興味があるんだよ。みんな」

「そう。でもそれなら個別に応援にくればいいのに……」

「……。うん?」

 聞き間違いかと思った。

「だって。応援してはいけないなんてルールないだろう?」

「え。じゃあ、別に応援団に入らなくても……」

「応援くらいならできるぞ?」

 俺はまっ赤になった顔を隠すようにタオルで覆う。

 さすがの鉄仮面でもこれは恥ずかしい。

「ふふ。面白い奴だ。気に入った」

「え! そ、そんなー。鴻ちゃんとだと、芽紅かすんじゃうな~♪」

「もう。二人とも、狙わないのです」

「そういう夏音さんはどうなのだ?」

 鴻が怪訝な顔を夏音に向ける。

「え。ぇぇっと……その……」

 困ったように頬を掻く夏音。

「なんだ?」

 俺は続きを促すように訊ねる。

「いや、なんでもないってば!」

 そう言って保健室から去る夏音。ちょっとダッシュしていた。

「あー。まあ気にしないことね♡」

「しかし、芽紅どのもへんぴなところに来る。お主もほの字なのか?」

「へ! ええと。なんて言うか。もう! だから鴻ちゃんは嫌われるのよ!」

「き、嫌われている……!?」

 かなりショックを受けた様子の鴻。

「きっぱりさっぱりしているのはいいことだけど、芽紅ちゃんの可愛さには負けないんだからね!」

「それはそうだが……」

 渋面を浮かべる鴻。

「もう、鴻ちゃんのアホ!」

 そう言って保健室を後にする芽紅。

「妾、おかしいだろうか?」

「ん。あー。年頃の女の子、って感じはしないよな」

「へぶっ!?」

「落ち着いていて、言いたいことはバッサリ言う。まるで大人なイメージもあるが、ちょっと気持ちが分かっていないだろうな」

「お願いだ。一条。どうしたら気持ちが分かる!?」

「おい。一条」

 鴻が土下座すると同時にゴリラが入ってくる。

「すまん。おれが悪かった」

 ゴリラが立ち去ろうとする。

「いや待て!」

 俺は慌てて帰るゴリラを引き留める。

「鴻。俺の弟子でしになるか?」

「なりもうす!」

 ぱぁあぁと明るくなる鴻。土下座も止めてくれる。

「で、ゴリラは?」

「ああ。応援団の時期長がおれになった。しばらくロストの活動は難しくなる」

「……そうか。でも、お前にとっては二年ぶりの復讐だろ? それでいいのか?」

「いいさ。権蔵だけが悪かったのだから」

「復讐?」

 鴻が反芻するように言い含む。

「ああ。ゴリラにとって権蔵は因縁の相手だったわけだ」

「そうか。お主も苦労したのだな」

 鴻が優しい笑みを浮かべて、ゴリラの頭を撫でる。

 体格差はあるが、ギリギリ届いた。

「!? ……おれ、やっぱりロストに!!」

「現金なやつめ。まあ、それでもいいぞ。ゴリラ。お前が選べ」

「ふんす。分かった」

 ゴリラが興奮気味に鼻息を荒くする。

「ふふ。面白い奴らだ。まるで本当の兄弟に見える」

 クスクスと可愛く笑う鴻。

「ロストにいて良かっただろ?」

「そうだな。おれ、こんな日がくるとは思わなかった」

「しかし、そうなるとハゲの奴が可哀想ではあるな」

「まったくだ」

 俺とゴリラはグータッチをかわす。

 ちょうど来た保健室の先生に連れられ、俺は大きな病院に行くこととなった。


 剣道大会まであと五日。

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