第17話 応援団、失格?

 キッと睨むように目を細める鴻朱鳥。

「その痴れ者はどこにいる? 妾がとっちめてやる」

 説明をすると鼻息を荒くして目を血走らせる。

「成敗しなくては、今後の未来に関わる。少なくとも妾はそんな応援、求めていない」

 俺は慌てて鴻の手をとる。

「待てよ。それでは応援ができなくなる。応援部じたいが活動中止になる」

「それでは多くの被害者を生む。離せ!」

「分かるけど、その言い分も分かるけど。でもゴリラは応援がしたいんだ」

「そんなこと!」

「俺たちは本気で応援したいんだ。喩え暴力を振るわれても」

「そんなの!」

 ゴリラがこくこくと首肯すると、鴻は目を見張る。

「そんなの……」

 俺の手を振り切って、前にでる。

「だが、妾はそんな応援嬉しくない!」

 ハッとする俺。

 応援は頑張る人へのメッセージだ。

 それを他人から強要され、仕方なくやるのとは違う。

 鴻は鴻として頑張っている。他人に強要するものではない。

 俺は根底から間違えていたのだ。

 強要することを仕方ないとさえ思っていた。

 それは間違いだった。

 俺は分かっていなかった。

「行けよ」

「なっ」

「俺に構わず行けよ!」

 鴻が応援団部室に向かうと、俺とゴリラも後をついていく。

 俺が部室につく頃には鴻と権蔵ごんぞうが困ったように話していた。

「俺様は暴力などふっていない」

「だが、貴殿の拳には血がついておろう?」

「料理のときに怪我をしたのだ。別におかしくはないだろ?」

「言うに事欠いて」

 苛立ちを露わにする鴻。

「俺様にやったという事実はない」

「言うな!!」

 鴻は帯刀していた刀を引き抜く。

「抜かすな。そこの男どもから聞いた」

 ゴリラと俺を見やる権蔵。

「はん。何を聞いたのかは知らぬが、彼らが嘘をついている可能性は十分にある」

「なぜそのようなことをもの申す!」

 顔色を悪くする権蔵。

「そちらの二人はあまり育ちが良くないようで。短絡的に冗談を言っているに過ぎぬ」

 権蔵はありもしない虚言を吐き、やれやれと手を揺らす。

「妾には、その二人が嘘をついているとは思わぬがな」

 鴻は俺とゴリラが会話しているところを聞いている。それも男子トイレの前で、だ。

 たまたま鴻が通りかからねば声を聞く暇もない。だとすれば、俺たちが嘘をついている可能性の方が低い。

 そう考えるのが妥当だろう。

「妾が偶然にも通りかからねば、彼らはそんな話をしていなかっただろう」

 きりっと引き締まった顔で言う鴻。

「それで? 俺様にどうしろと?」

 権蔵がにたりとねちっこい笑みを浮かべる。

「妾が言うことではない。第三委員会に持ち込む。不当な暴力に屈するほど、妾は優しくない」

「ま、待てよ! 俺様だってずっとお前を見てきた。鴻を日本大会に出場させたのは俺様の応援のお陰だ。その功績、分かっているんだろうな?」

「痴れ者! 妾はそんなことで動じる者ではないわ!」

 刀を振るうと、権蔵の髭が切れ落ちる。

「へ。お、おお前――――っ!?」

 声を荒げる権藤。

「お主のような者よりもこちらの、ゴリラ? の方が素敵だ」

 鴻はそう言い残し、職員室に向かう。

「俺たちもついていった方がよくないか?」

「おれもそう思っていたところだ」

 ゴリラが首肯すると俺たちは鴻の後を追う。


「なぜです? 生徒が一方的に暴力をふるっているのですよ!?」

「そんな事実は確認できていない。なら罰することも、我々が動くこともできない」

「このうつけ者!」

 鴻と先生が言い争うになっている。

 このままでは鴻の心証に影響を与える。

 俺は慌てて間に入る。

「それなら、どうしたら動くのですか?」

 そう言っている間にゴリラが鴻を逃がす。

「そりゃ、被害者がいなければ動きようもないだろう?」

「そうですか。改めてお伺いします」

 鴻とゴリラを連れて剣道部の前まで行く。

「鴻さん。おそいよ!」

 同じ剣道部の子が鴻を呼びかける。

「すまぬ。野暮用があってな」

 鴻は渋面を浮かべながらも、部活に戻る。

「さて。どうする?」

「おれらは誰が被害者か、わかるが……」

 そうなれば応援部は活動休止になるだろう。

 本来の目的である応援しに行き、女子と距離を詰める――その作戦の根幹を揺るがす事態だ。

 しかし鴻の気持ちも分かる。

 分かるのだが――。

「だが、本来の目的を見失うのは非常に問題であるぞ」

 ゴリラの言う通りだ。

 俺たちは集団だ。個人ではない。

 そんな俺たちが権蔵を庇う意味はないにしても。

 それでも応援はしたい。その意味をはき違えてはいけない。

 俺たちのやる気は鴻のためだ。

 その鴻が現状を否定している……なら。

 だけど。そうだけど。

 本来の意味をはき違えては、俺はリーダーなどやってはいない。

「時間が経てば権蔵も収まるかもしれぬ。今回の出来事で自分を省みれば、だが」

「そりゃ、そうですけど……」

 ゴリラはそんなことがないかのように言う。

 それでも可能性がある以上、判断を甘くせざる終えない。

「まあ、被害者が出れば、俺も対応する。それまでは辛抱してくれ」

「分かった。隊長のあんたを信じるよ」

「……ありがとう」


 ☆★☆


 翌日。

 俺は授業を終えて、立ち上がる。

 トイレに行きたい。

「一条君。ちょっといい?」

 夏音が気遣わしげに駆け寄ってくる。

「? ああ。いいが」

「そのちょっと、話しづらいのですが、」

 耳打ちをしてくる夏音。

「応援部の話を朱鳥ちゃんから聞いたのですが……」

 聞いた、ということは暴行の話も知っているだろう。

「それは……まあ……」

「その話を聞いて、わたし、怒り心頭です。すぐに報告すべきですよ」

「あー。被害者がいないんだ。だから報告してもねつ造だと思われているっぽい」

「そ、そんなー……」

 暗い顔を見せる夏音。

 このままじゃ、後味悪いな。

「でも、応援を終えれば必ず解決するから」

 そうだ。音声データをとっていた。

 だから、権蔵の悪事は今すぐにでも裁ける。

 それをしない俺は罪人なのだろうか?

 しかし、俺を買いかぶっている連中がいる。彼らを率いる俺はこれくらいしかできない。

「一条君が言うなら絶対ですね。すぐに解決してほしいのですが……」

 目を伏せる夏音。

 それだけ人を思っている証拠なんだろうが、どこかうさんくささがある。

 こんな純粋な子が小中高と生きてこれるはずがない。

 何か裏があるんじゃないか?

 そう疑ってしまう。

 ダメだ。そんなことばかり考えているから、失敗するんだ。

 気持ちを引き締めるため、自分の頬をパンと叩く。

「え。一条さん?」

「わりぃ。俺はこれから部活なんだ。すまん」

 そう言って足早に応援部に向かう。

 誰かがまた暴力を受けていた。

 俺とゴリラが入ると暴力を受けていた子も、みんなも黙って筋トレを始める。

 権蔵の一声で応援のフォメーションをとって集団での練習になる。

 そんな生活を続けて一週間。

 剣道大会まであと五日。

 夏休みの直前。

 証拠データはそろってきた。

 すぐには公開できないのが心苦しいが、それでも彼らの頑張りを無駄にするわけにはいかない。

 俺は応援をしたい。して仲良くなりたい。

 そんな彼らの気持ちを無駄にはしたくない。

 恋は、アオハルはそんな無駄なものじゃない。

 俺だって、俺たちのような陰キャだって、陽キャに負けないくらい頑張っているんだ。

 頑張って生きているんだ。

 誰にも《陰キャ》だって笑わせない。

 悲しませない。

 俺は彼らの後押しをしてやればいい。

 それで陰キャが輝けるなら――。

 負け続けながらも、チャレンジすることを諦めない彼らを忘れない。

 愛すべきバカどもを、俺は嫌いになんてなれない。

 その努力は本物だ。

 泥水をすすり必死に生きている者の方が俺には格好良く見える。

 だからこそ、支援するのだ。

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