第16話 応援団長
かつて、
冥王はゴリラを中心とした緩やかな部活として有名だった。ただ緩いだけではない。みんなに優しい応援団だった。
茶菓子をつまみながら、フォーメイションを考えたり、カラオケで発声練習したり。
一方海王応援団は火の上を歩かせるのごとく、厳しく真面目な応援団だった。その性質ゆえか、筋骨隆々の漢だけで構成されていた。
その差もあってか、数の多い冥王と、量より質を選んだ海王と呼ばれるようになっていた。
ある日、海王の一人が行方不明になり、応援を断念。その際、冥王が拉致をしたと証言を受けて冥王は部活動を解散。リーダーであるゴリラは非難を浴び、孤立することとなった。
そんなゴリラを受け止めてくれたのが今の組織『ロスト』のリーダー・一条だ。
のちのち分かったことだが、海王側の人間が仕組んだ罠だった。実際はその構成員が一人・
そんな話を聞いた俺はゴリラのことを気遣いながら、入部にサインをした。
「ふむ。これで貴様も海王応援団の一人だ。よろしくな」
俺は躊躇いながらも握手に応じる。
「よろしくお願いします」
「しかし、貴様はひょろいな。もう少し肉を食べ、運動し、筋肉をつけよ」
「はっ」
敬礼すると、権蔵はくしゃりと笑みを浮かべる。
なかなかに可愛いところもあるじゃないか。
「腹筋300回! スクワット200回! 腕立て伏せ200回!」
権蔵の言葉に悲鳴を上げながら俺は筋トレを頑張る。
他にも数名、ロストのメンバーと一緒に筋トレをしていた。
「ひゃぁっっっはー! 筋肉が喜んでいるぅううう!」
「乳酸が溜まってくる! 甘酸っぱいなー!」
なんだかやばい連中の集まりに見えるが、それでも自分を痛めつける。
これが本当のマッスルか……。
俺もマッスル化するのかよ。そんなの勘弁だ。
自分のマッスルボディィイを想像したら気分が悪くなった。
「校庭120週!」
権蔵が走り始めると、俺たちもついていく。
ちなみに権蔵の部下数名も一緒に走っている。
代わる代わる、俺たちを監視している。
「応援とは、気合いだ! 気合いとは体力だ! 愛情だ! それが分からぬ奴は校庭もう300週!」
権藤の言葉にハッとする者が表れだしてきた。
一種の催眠に近いかもしれない。
だが、筋肉は喜んでいる。
ムキムキと音を鳴らしている。
一日一時間、筋肉のドラマの鑑賞会まであるのだ。
毎日が筋肉のことで頭がいっぱいになる。
そんな日々を過ごし五日が過ぎた。
だいぶ慣れてきたとはいえ、筋肉をつけるのに、こんなにも力がいるとは思わなかった。
一緒に入部した佐々木はさっさとリタイアし、今は自宅で療養中だ。
ここまで応援団が厳しいとは思わなかった。
残っているのは俺とゴリラ、それに六名のメンバーのみ。
どれもガッツのあるマッスルな連中だ。
ちなみに俺はマッスルというよりも細マッチョといった様子だ。
「プロテイン飲んで~♪」
応援団とは別にアイドルである芽紅が歌い始める。
「剣道大会まで一ヶ月を切った。さ。我らも本格的に応援練習を始めるぞ」
それを聞きながら応援の練習をする俺たち。
そんな中、テストの返却が始まった。
「うへー」
「おれ、応援団で忙しいのに……」
佐々木やゴリラは赤点をとったのか悔しそうに項垂れる。
俺は赤点はなかった。
権蔵も意外と勉強をしていたのか、赤点はなかったようだ。
よって応援団の活動には影響がなかった。
根を詰めすぎているように思えるほど、練習の時間がほとんどになってしまった。
佐藤と連絡を取ると、女子寮の詳細なデータを送ってきた。
もうそろそろ佐藤も帰ってくる。
また忙しくなるな。
しかし、サクリファイスか。
「お主か」
マジマジと見つめてくる鴻朱鳥が和装で黒髪をなびかせる。
「なんだ?」
「最近、
「そんなこともないぞ?」
「かたなくなな奴だ」
鴻は腰に携えた刀を引き抜く。
そして、俺の額。その手前で刀が止まる。
「……」
「肝が据わっておるな。たいていなら怯えるものだが」
「お前は人を切れない」
「分かっているじゃないか。なら、即刻嗅ぎ回るのを止めて頂きたい」
刀を鞘に収める鴻。
「それで? お主はまだ妾に何かあるのか?」
「普通に会話がしたいだけだ」
「ふん。お主とは関わりを持つな、と言われているからな」
「言われている? 誰に?」
「そんなことはどうでも良い。妾は妾の思う通りに生きる。それが武士の往き道だ」
鴻はその場を離れていく。
はらりと俺の前髪が舞う。
少し切っていたんだな。
あいつの居合いもまだまだということか。
クスッと笑みを浮かべていると、夏音がパタパタと駆け寄ってくる。
「すみません。佐藤さんは本当に男の子なのかな!?」
「ああ。正真正銘男の
「わわ。びっくりですー!」
まあ、最初は驚くよな。
あいつと一緒にお風呂に入ったときに確かめたからまず間違いないんだが。
「そして、朱鳥さんとは何を話していたのかな?」
「ちょっと野暮用だ」
「むぅ。みんなわたしを子ども扱いするのです。あまり聞いてもらえないのです」
不満そうに唇を尖らせる夏音。
「ま。いいじゃないか。キミはそのままでも素敵なのだから」
「へ?」
「悪い。俺は応援団で忙しいんだ」
そう言って席を立つと、しばらくぼーっとしたままの夏音が送り出してくれた。
「あ。え、っと。待って!」
夏音が慌てて追いかけてきたらしが、それは別の話。
俺は権蔵のいる応援団の部室に向かっていた。
この高校は三棟から成り立っており、Aブロックには教室が、Bブロックが特別室、Cブロックが部室棟となっている。
俺はいそいそとCブロックとつながる連絡橋を歩いていた。
気合いの入った剣道部のかけ声が聞こえてくる。
声の張りといい声量といい、確かにすごみを感じる。
あんな中なら、応援団が声を張り上げなければかすんでしまうだろう。
応援団の方が声が出ていなくてはならないのに。
それではマズい。
なるほど。応援団長の言うことは間違いではないのかもしれない。
「
権蔵がハゲの部下である九重
俺は慌てて部室前で足を止める。
「で、でもぼくはこれでも頑張っているのです」
「そんな弱音は聞いていない!」
バチンと何かを叩く音が聞こえた。
やけに湿り気のある、だが弾力のある音だった。
「ふん。この程度で鼻血を出し追って」
「――っ!」
俺はドアに手をかける。
と、後ろからゴリラが止めに入る。
「なん――」
なんで。
そう言いかけてゴリラは口を塞いで近くのトイレにつれて行かれる。
「くそ。何するんだよ! 明らかな暴力行為だ。見過ごす訳にはいかない!」
俺の、俺たちの仲間なんだ。
「それに関しては目下相談中だ。しかし、お前のカリスマ性を持ってすればすぐにでも権蔵は自主退学になるだろう。だが、そうなってしまえば、剣道大会の応援はどうなる?」
「……」
答えは決まっている。
応援団長が暴力行為を行ったのだ。
応援団の部活は最悪、取り調べで活動中止になるだろう。
そうなれば剣道大会の応援などできるはずもない。
「今、証拠データを残している。だが、公開するのは剣道大会の後でいい」
「ゴリラ……」
「その話、妾にも聞かせて欲しいな」
切れ長の目を向けてくる烏羽のような黒い髪を揺らす少女が凜とした声を張り上げる。
どうやら男子トイレの外に聞こえていたらしい。
「お前……」
「妾にも聞かせて欲しいと言っている」
しっかりした口調で呟く少女。
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