第15話 PANNTU
「なあ、オレ以外の奴と話すのやめてくれないか?」
ハゲはそう言い、俺の顎をくいっと持ち上げる。
「そ、それは……」
俺は頬を赤らめ、目をそらす。
「なんだ。できないのか?」
挑発的な笑みを浮かべてハゲは顔を寄せてくる。
「は、今すぐオレのことしか考えられなくなるようにしてやる」
「かわわわわ!」
テンションが爆上がりしている芽紅。
「で? これで鴻が落ちるのか?」
俺はハゲを突っぱねると、首を傾げて訊ねる。
「ええ。ええ! 鴻はああ見えて、こういうの好きなの」
芽紅がにへへと笑みを浮かべる。
百合の彼女がここまで言うんだ。間違いないだろう。
「まあ、でもたしなむ程度なの。芽紅とは違うの」
そりゃそうだ。
何せ、百合だからな。
「じゃあ、後半戦、行ってみるの!」
「ちっ。しょうがねーな」
ハゲは残りの髪をかき上げて、舌打ちをする。
まあ気持ちは同じだが。
「ふぇー……」
気持ちの高ぶっている芽紅は変な声を漏らしながら、俺とハゲのプロデュースをしていた。
でもこれって本当に鴻朱鳥のためになるのだろうか?
うなっていても始まらない。
俺はしばらくハゲと芽紅に翻弄されながら一日を終えるのだった。
そして、鴻にしゃべりかける。
「なあ、オレと一緒に楽しい時間を過ごさないか?」
顎をくいっと持ち上げて言うハゲ。
「は。拙者に触れるな!」
刀を引き抜き、ハゲの残り少ない髪がはらりと宙を舞う。
「今度やれば、どうなるかはわかるな?」
「ひ、ひぃい……」
ハゲは怯えて俺のもとに駆け寄ってくる。
とりつく島もないとはこのことか。
作戦を考え直さねばなるまい。
「オレは今回の作戦から身を引く。やりたい奴だけでやってくれ」
共同スペースにすし詰めになった俺たちを前にハゲが早くも戦線離脱を告げる。
鴻を前にして逃げ出す者は多い。
だが、あの美少女さはかなりの人気を集めている。
リーダーたる者、この難所を突破できて初めてリーダーと呼べるのかもしれない。
いつも二番手に甘んじていたハゲが後退したことで共同スペースにはどよめきと、不安が集まっていた。
「大丈夫だ。俺がなんとかする」
そう言い切ると、俺はメガネとゴリラに目を向ける。そばにいるハントを一瞥すると、前に出る。
「今回の作戦でハゲが撤退するのは遺憾の意だが、幸いにもゴリラとメガネとハントがいる。これだけ集まっているのなら、鴻朱鳥の剣道大会に応援に行けるだろう」
ざわめきが安心の声に変わっていくのが聞こえる。
「そこで、プランをいくつか考えてみた。諸君らにはただ待つだけの時間ではない」
民衆には役割を与えておいた方が安心するというもの。
その方が暴動が起きにくい。
それに生産性も生まれる。
しかし、
「どうしたものか……」
一人、部屋でため息をついていると、パソコンに一通のメールが届く。
「……ほう?」
メールを開き、中を見た俺はにやりと口の端を歪める。
これをもとに計画すればいけるかもしれない。
俺たちは鴻を応援したいのだ。あわよくば、接近したいという者も多いが、その手前で手をこまねいているのだ。
だったら、そのきっかけを作る。
そのはずだった。
でももっと簡単な方法があった。
しかし、この大部隊で押しかけるのは問題があるだろう。
少し人数を減らして挑まねばなるまい。
ま、そこもなんとかなるだろうけど。
民衆に役割を与えたのは何も彼らのためではない。裏の意味を知らないものが多い。
鴻と触れあうことで拒絶されるだろう。そうすれば仲良くなろうと思う者も減るはず。
みんながトラウマを覚えれば、大きくなったこの組織の縮小化をできる。
大きくなった組織は、管理が難しくなる。
組織の縮小化は俺が考えた一つの方法だ。
ハゲならもっといい案が浮かんだかもしれないが……。
今回は手をつけないという約束だ。
期待するわけにもいくまい。
「しかし、そうなると衣服と旗がいるな」
旗の作成を発注していたら間に合わない。
明日の会合で作る計画を立てねばならない。
そのあとすやっと眠りにつく。
『サクリファイス』
聞いたことがある。
確かアイドル活動をしていた芽紅からもらったCD。そこに含まれた言葉。コード。
俺たちへ向けたメッセージ。
犠牲を意味する言葉。
そうだ。アレが鍵だったんだ。
俺はまた間違えるところだった。
作戦には犠牲がつきもの。
でもそれだけでは終わってはいけない。
俺はみんなを救う
☆★☆
「それで、僕らを集めてどうしようと言うのですか? 一条さん」
メガネが瞳を煌めかせる。
「ここに応援団を結束する!」
「応援団?」
「ああ。実際にある応援部と一緒に鴻朱鳥たちの剣道大会を応援する。それで文句はないだろう?」
「あるぜ。なぜなら応援団に参加するってことはおれらの時間がなくなる」
「女の子と近づきたいのなら自分で努力しろ」
「ぐっ」
「それをどうにかするのがリーダーだろ!?」
「俺はみんなをまとめるのがリーダーだと思っている。努力の有無は関係ない。むしろみんなに努力させるために導くのが仕事だ。なんでもかんでも頼りすぎだ! だからハゲも撤退したのだろう?」
俺は矢継ぎ早に声を荒げる。
「…………」
言葉を失う民衆。
「まあ、でもただでやるのは無理があるだろう。民衆にもご褒美が必要だ」
そう言ってアメゾンで購入してきたとある物資を箱から取り出す。
「先着限定20名には、この
「「「…………」」」
しまった。失敗したか?
「「「うおぉぉっぉぉぉおおおぉおぉぉぉぉおおっぉお!」」」
民衆が張り詰めた空気を飛ばして一斉に雄叫びを上げる。
「おれ、頑張る!」
「ぼくも!」
「なんだ。俺様の時間か……」
「PANNTU。それは極上の響き。毎日スーハースーハーしてその匂いを肌触りを感触を楽しみ、さらには食んで食って美味しく胃に収める――すなわちジャンクフード――我らの栄養!」
なんだかやばい奴が一人いるが、まあ大丈夫だろう。
「いいのか? パンツなんて出して」
隣に立つゴリラが顔色をうかがうように訊ねてくる。
「大丈夫だろ。未使用だし」
「それが問題なんだ」
「まあ、(寛容な)日本だし、許されるだろう」
「いや(ネットリテラシーが薄い)日本だから心配しているのだが……」
しかし、このやりとりも三回目となると飽きてくるな。
「ハント。どう見る?」
「……関係ない」
「なるほど」
無口な男だ。
これでは会話にもならない。
だが嫌いじゃない。
「さて。今から応援団団長の部室に向かう。ついてくる奴はいるか?」
応援団長の
簡単に入部させることも、簡単に退部することも認めない。頑固一徹と言った様子の男だ。いや失礼。
そんな彼に近づくのは危険が大きすぎる。
まるで女っ気とはほど遠い存在に思える――が今はそんなことも言っていられない。
「PANNTUは欲しくないのか?」
「ぐっ。いいさ。行ってやるさ!」
何名かが立ち上がる。
「我はいかぬ」
ハントはそういい、自室へ向かう。
「他に来る者は!?」
「僕も待機します」
メガネも脱落だ。
あとはハゲとゴリラ辺りが入ってくれれば問題ないのだが……。
「オレは今回は見送る」
ハゲまでもが脱落か。
なかなかに厳しい結果となった。
「おらは行く」
ゴリラがふんすと鼻を鳴らし、顔を上げる。
その顔は自信に満ちあふれている。
ゴリラは今の応援団との間に深い因縁があるらしい。
それは高校の時、権蔵とゴリラのやりとりで知った。
今度はその意趣返しとでもいうのだろうか。
詳しくは知らないが、思い詰めた様子のゴリラは普段と違って見えた。
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