第14話 中間テスト

「被告人はどれほどの平穏を脅かしたか、まったく理解しておりません」

「それは結果からの推察にすぎません。議事録からの削除を求めます」

「認めます」

 ホッと一息吐いて裁判官は続ける。

「被告人はなぜこのようなことを? 反感を買うと分かっていながら決行した理由はなんですか?」

「このままでは組織に反目する可能性を考え、なら早めに火をつけた方がいいと」

「つまりは、平和のためと?」

 裁判官のキリッと切れ長の瞳を向けると、小さく頷くメガネ。

 俺とハゲは望んでいないが、見せしめという意味合いもある。

 反乱すれば裁かれると。

 世界の秩序を維持するためには例外なく規制しなくてはならない。

 それが常識というものだ。そして常識では割り切れないのが感情だ。

 俺は握り拳を作り、リーダーとしてメガネに判決を下す。

「一ヶ月のトイレとお風呂掃除だ」

「そ、そんな……」

 驚愕でその場に崩れ落ちるメガネ。

「ひ、ひどい」

「なんでそんな判決が下せるんだよ!」

 メガネの部下たちが口々に否定的な意見を口にする。

「そして今後の勉強会への出席を禁ずる」

「うそだ。うそだぁっ!!」

 メガネはワンワンと泣き叫び、悲痛な面持ちで見やるハゲ。

「これまで実績を鑑みた結果だ」

「もう少し、軽くても良かったのでは?」

 ハントが苦渋の表情を浮かべる。

「他の者への示しがつかん。判決は変えない!」

 がっくりと項垂れるメガネ。

 壊れたメガネを机に置き、放心状態になる。

「心苦しいが、これが法治国家というものだ」

「建国か? ここは日本だぞ?」

 ゴリラが困ったように訊ねてくる。

「だからさ。法を守るものなら我が組織に入隊できるってもんだ」

「いや、まあ。いいが……」

 ゴリラがまだ何か言いたげだったが俺は裁判室を後にする。

「で。あれで良かったのか? テメーは」

「ああ」

 コツコツと廊下に響く靴の音。

 階段を降りていくと、メガネ急進派がキッと睨んでくる。

「この偽善者が!」

 生卵を投げてくる彼らに対して、俺は気にとめる様子も見せずに自分の部屋へ向かう。

 昔、よくあったな。

 リーダーになる改革に巻き込まれたとき、なぜか俺が攻撃されたっけ。

 前のリーダーが俺に託したのだ。

 それを無碍むげにはできまい。

 歩みを止めることなく、その一団から去ると、俺は卵で汚れた顔を洗う。

 疲れをため息とともに吐き出し、シャワーを浴びる。

 汚れきった俺の身体を癒やすのはこの水しぶきしかない。


 一週間の勉強会ののち。

 俺たちは教室の一角に集まる。

 この組織を知られる訳にはいかないからか、教室ではほとんど話さない決まりがある。

 だが、このときは早急に集める必要があった。

「中間テストが終わったあと、おおとり朱鳥あすかの剣道大会があるらしい」

「剣道の大会……!」

 ごくりと喉を鳴らすハゲ。

 ごく一部のマニアには受けがいい剣道部。

 鴻朱鳥の他にも砂上さじょう亜海あみ香坂こうさか絵里えりといった可愛い女の子がそろっている。

 これは見逃す訳にはいかないだろう。

「そこでお前らには作戦を考えておいてほしい。情報はこちらから引き出してみせる」

「わかって。それは理解した、オレはどうすればいい?」

「民衆をまとめてくれ。今のロストをまとめるにはお前の力が必要だ」

「へ、言ってくれるじゃねーか」

 鼻の下をさすりながら言うハゲ。

「ま、すぐにとりかかってやるぜ」

「ちなみに更衣室に仕掛けるのは危険性が高い。綿密な作戦が必要だ」

「は。てめーならできるってか?」

「やってみせるさ」

「ヒュー♪ 頼りにしているぜ、リーダー」

 話を終えると、なんだか変な匂いが漂ってくる。

「メガネ」

「なんですか?」

「ちょっと臭い」

「く、くさぁ……」

 ショックを受けたような顔で自分の席に座るメガネ。

 そのあともジタバタしていたが、現実は変わらない。

 まあ、あいつが掃除を頑張っているの、知っているけどさ。

 自分の体臭にも気をつけないと、女子にはもてないだろ。

「ファブで匂い消し!」

 ゴリラがそう言い、消臭スプレーをメガネに振りかける。

「うわ。何をする!?」

「お主の曲がった根性たたき直す良い機会だ!」

 ゴリラがメガネを連れ去っていく。

 いやメガネがいなければ作戦は立てられないのだが。

 俺はその様子を見届けながらも先生の話を聞く。

 次の時間には中間テストが開始される。

 あいつら大丈夫かよ。

 心配してもしょうがない。

 今自分にできることをやろう。

 配られた答案用紙に目を向けて、時間を見やる。

「開始!」

 ついに始まった中間テスト。

 目を皿にして問題用紙に向き合う。

 俺はすらすら解けているが、ハゲはそうそうにリタイアモードに入っている。

 女子と近づいたのが嬉しくて、勉強そっちのけだったからな。

 まあ、彼なりに楽しんだのだからいいだろう。

 しかし、どうやって鴻と接触するか。

 一番手っ取り早いのは芽紅を通じて、なのだが……。

 芽紅からしてみれば鴻は恋敵ユリライバルだからな。

 そんな鴻を支援するような動きはしたくない。

 となると単独で鴻と接するか。

 勉強会でだいぶ距離も縮まった。

 勉強会に鴻が参加したのも僥倖だったからな。

 今日もテストが終わったあと、明日の数学、地学、歴史の勉強会があるからな。

 そこで近づくのもありだろう。

 しかし、なんと言って話しかけるか。


『テストどうだった?』

『うむ。問題ない』

 ダメだ。

『剣道の大会があるらしいな』

『どこできいた?』

 ダメだ。

『裸見せてよ!』

れ者』

 ダメだ。

『おっぱい揉ませて』

『破廉恥な!』

 ダメだ。


 真面目でも、バッサリと切り捨てられるし、ギャグ路線はまったく受け入れるタイプではない。

 簡単に言うと面倒くさい性格をしているのだ。

 だから話しかける者も少ない。

 まあ、話してはみるけどさ……。


 テストが終わり、放課後になる。

 そそくさと片付けを終えて立ち去る鴻に慌てて駆け寄る俺。

「ちょっと。話さないか? 鴻」

「いいだろう。要件は?」

「テストどうだった?」

 イメージトレーニングで一番マシだった言葉をぶつける。

「まあまあだ」

「そうか。俺はけっこういけたんだぜ?」

「知らぬ」

「そ、そうだよな……」

 誰だよ。こんな冷たい奴を好む連中は。

 あ。俺もでした。

 クール系か、サバサバ系に思えてなんとなく惹かれるんだよな。

「これから勉強会だな!」

「話はそれだけか?」

「え。いや、ええっと……」

「話すことがないなら、話しかけるな。我は行く」

 そう言って駆け足で女子寮に向かう鴻。

「ま、待てよ!」

 俺は走って追いかける。

 インカムに向かって声をかける。

《鴻との接触に失敗。そちらは?》

《鴻さんは二時の方向、右側面をもうスピードで走っています。おっと、壁を乗り越えて女子寮に真っ直ぐ向かっています》

「壁を乗り越えた!?」

《狙撃班、動きを止めろ!》

《あいよ》

 発砲音がインカム越しに聞こえてくる。

《弾かれた。こちらを睨んでいる》

《バカな。距離二キロ。普通の奴なら見えないはずだ》

「く。撤退だ!」

 しかし予想外の身体能力をお持ちなようで。

 フーッと短いため息を吐く。

 どうしたものか。

 このままでは剣道大会の応援にいけない。

 応援したい男子は多いし、これをきっかけにあわよくば……と狙っているものも多い。

 男子生徒――民衆を導かねば、俺は失脚する。

 それでは目的を果たせない。

 このまま引き下がる訳にもいくまい。

 ハゲにあれだけ大見得を切ったのだ。

 引き下がることはできない。

 だがまともな会話もできなかったな。

 むしろ勉強会での方がしゃべっているほどだ。

 それにあの剣さばき、並の力ではない。

「どうする、か……」

 いよいよ行き詰まったところで空を見上げる。

 まだ青い空だ。

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