第11話 ゲームとカレーと

 勉強会も三十分が経つと会話が恋しくなる。

 そのせいか、雪はとんでもない発言をする。

「一条君って好きな人いるのですか?」

「え。いや、ええ……」

 俺の核心をつくような発言にうろたえる。

 そんな気はない、そのはずだ。

 でもすぐには断れなかった。

 少し、考えてしまう。

「「一条クンは――」」

 芽紅と夏音が二人してハモる。

 でもその先を言えないらしく、戸惑ったように目を合わせる二人。

 そして二人の意見が合致したのか、静かに勉強に戻る。

 何を理解し合ったのかは分からないが、俺の誤解は解けたみたいで安心だ。

(一条クンはハゲくんとなの)

(一条君は芽紅ちゃんとかな)

 と二人の思いはかけ離れていた。

「しかし、まあ。ちょっと休むか」

 俺がそう言うと、みんなコクコクと頷く。

 よく見ると勉強を始めてから一時間ほど経っている。

 疲労も、集中力も乱れてくる時間だ。

「んじゃ、ゲームでもしようぜ?」

 ハゲが予想通りに話を進める。

「ゲー、ゲームですか?」

 雪が不安そうに訊ねる。

「拙者は構わぬでござるよ」

 おおとり朱鳥あすかが冷静沈着な顔でうなずく。

「さ。さっそくゲームをしよう」

 ハゲがそう言い、割り箸を用意する。

 その中の一つに赤いマークがつけられており、それ以外は数字が書いてある。赤いのを手にした者が王者となり、数字の人を指定しなんでもいうことを聞かせる――というもの。

 いわゆる王様ゲーム。

 まるっきり合コンじゃないか、とツッコみたくなるが、合コンを知らない無垢で純粋な女子には伝わらなかったらしい。

「面白そうです」

「どうやるの?」

「うーん。過激でない命令であれば……」

 さすが夏音である。

 過激ではない命令を望むとは。

 こっちの作戦がバレている――ハゲ。

 目配せを送るとハゲも目配せしてくる。

 きっと伝わったのだろう。

 安心して目を離すと、みんな集まり、割り箸をとろうしている。

「さ。行くぞ!」

 ハゲの言葉を聞き、俺たちは一斉に割り箸をとる。

 それぞれ、自分の番号やマークを見るためにひそひそと見やる。

「愚者は蛮行を許すものだ」

(おい。メガネどうなっている?)

「我が赤いマーク付きだ。ひれ伏せ」

 まさかの鴻朱鳥が王様になった。

 彼女は女子寮の中でも一際異彩を放つ。

 制服があるのにも関わらず巫女服を纏い、日本刀を腰に携えて、きりっとした目をしている。

 忠義に熱く、戦いをいとわない――そんな彼女の冷徹なる声が聞こえてくるようだった。

「我はここに命ずる。3番がD-17の問題の解き方を教えてくれる、と」

 朱鳥は大声でそう言ったのだ。

 問題が分からないから解き方を教えてくれ、などと。

 なんとも可愛らしい命令にほの字になっているみんな。

 いつもの冷淡な微笑が今は見えない。

「さ、3番!」

「おれかよ。くそ」

 佐々木がそう言い、朱鳥に近寄る。

「近寄るでない!」

「いや、じゃあ、どう教えればいいんだよ?」

 困ったように肩をすくめる佐々木。

「我は男女の交際など、できぬ!」

 顔をまっ赤にして巫女服を揺らす朱鳥。

「じゃあ、これでどうだ?」

 俺は端末携帯を投げ渡す。

「ほう? なるほど。遠隔ならば、とのことでござるか」

 神妙な面持ちで応じる朱鳥。

「そうだ。佐々木、やってみろ」

「分かったよ。くそ」

 佐々木はブツブツと文句を言いながら端末を受け取る。

「たく。時給千円じゃやっていけないぜ」

 佐々木はそう言い、端末をいじる。

「ほら。ここはこの方程式を使うんだよ」

「ほうほう。なるほど。そうでござったか」

 なんだか、微笑ましいな……。

 が二人を見ているみんなの目が優しいものになっていた。

 高報酬を求める佐々木くんと昔ながらの朱鳥。

 なぜかかみ合うような気がした。


 二人のやりとりが終わり、二回目の王様ゲームが始まる。

 誰かが止めるべきだったのかもしれないが、もう止めるなんて野暮なことは思わなかった。

「王様、だーれ~だ!」

 そう言って引き抜く。

 ちなみに本来ならメガネを始めとする電子班が解析を行い、王様を決める予定だった。

 だが、電子班からの連絡はない。インカムから聞こえてくる音はノイズだらけの酷い砂嵐だ。

 どうしたというのだ。

 本来なら電子班の力を借りて、俺とハゲのどちらかが王様になりあがる計画だったのだが。

「やった! 芽紅の番なの~♪」

 芽紅、だと……!

 俺は目配せを送る。

 受け取った芽紅はうんうんとうなずく。

「7番と2番が抱き合う~♪」

「オレ様と抱き合うのは誰だぁ~」

 少し期待をするハゲが前にでる。

「……俺だ」

 鉄仮面と言われた俺だが、今回ばかりは引きつった笑みが生まれた。

「へ?」

 裏返った声音を上げるハゲ。

 それを見て興奮し始める芽紅。

 いや、なぜ? どうして?

 脂汗を拭いとり、近寄るとハゲは怪訝な顔を見せる。

 ハゲが仕方なさそうに前に出る。

「うそよ……」

 夏音が口元を手で覆い、涙目になる。少し残念そうである。

 すーっと近づくハゲの大きな胸板。

 興奮する芽紅を見て困惑している様子の夏音。

「ダメ――っ!!」

 夏音がその間に入り無理矢理止めてくる。

「だって。芽紅なんだよ? 芽紅の、なんだよ!?」

 夏音が悲しそうに眉根を寄せる。

 まあ、正直抱き合うくらいは珍しくもなんともないのだけど。

「ふむ。少し過激かもな。お主らはそこで終わりにせよ」

 朱鳥がこくこくとうなずく。

 間に入った夏音は可憐な乙女らしく、赤い顔をし、パタパタとペンギンみたいに両手を動かす。

「あわわ。ごめんなさい。でも……」

 どうやら夏音にとっては過激に見えたらしい。

 どこら辺がそう見えたのか分からないが、ゲームする意気込みも冷めてしまった。

「そうだな。そろそろお昼にするか」

 俺はそう切り出すと、みんなが「おー」と同調してくれた。

 今の時間が11時。今から料理を作ると12時を回るだろうか。

 全員がそろうとまずは包丁を扱う係と、水洗いする係と、火を使う係に別れた。

 ちなみに俺は包丁が使える。

 ハゲや雪は水洗い。

 火を使うのは春と芽紅、それに夏。

 包丁は夏音と秋。

「じゃあ、始めよう」

 レシピはみんなで共有する。

 失敗してもたいていは美味しくなるカレーライスを選んだ。

 俺と夏音、それに秋がピューラーを手にジャガイモの皮むきをする。

 ジャガイモの芽には毒があるというが、実はジャガイモの皮にも微量な毒がある。人体にはあまり大きく影響はしない量だが、気をつけなければならない。

 剥いていくと、とっさに夏音と手が触れあう。

「す、すみません」

「いや、いい。夏音は剥き終わったジャガイモを切ってくれ」

「は、はい……っ!」

 なんだか今日はずいぶんと吐息が粗いな。

 どういうことだ?

 まるで甘えるような吐息だ。

 俺はざくざくと切っていくと、その材料を鍋に入れる。

 火使う班が材料を痛める。

「意外と時間があるな。ナスとシシトウの素揚げも一緒にだすか?」

 俺が冷蔵庫を見て呟く。

「いいですね。この前のお料理屋さんでもナスの素揚げ美味しかったです」

 夏音がとろけるような笑みを零して、身をよじる。

 その姿をみた男子陣が一部線画を失い崩壊しているが、まあいいだろう。

「じゃあ、追加だ。俺と秋と、夏音で素揚げをする」

「了解にゃー」「しましょう!」

 秋って、もっとクールだと思っていたが、お茶目な一面もあるんだな。

 苦笑を浮かべて俺はナスとシシトウ、パプリカを洗い物班に任せて、下処理を始める。

 カレーができあがると、みんな宝石を見るような目でみやる。

 見た目は最高の出来映えだ。

「しゃ、写真!」

 誰がいいだしたか、写真を撮ろうということになった。

 俺たちはカレーの前に集まり、みんなで写真を撮る。

 ここにきて良かったと心から想う。

 みんな幸せそうだ。

 この笑顔が見たくてリーダーをやってきたのだ。

 それに……。

 ちらりと見やる彼女。

 彼女が喜んでいるなら、いいのだろう。

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