第10話 模擬戦
『ECM強度十七パーセント上がります』
『風力西南西、二十六。対地砲撃スタンバイ。射出管制オンライン』
『目標点入力。敵要塞。攻略開始』
『了解』
計器に目を通すと、迷彩服を着た男子生徒が攻めてくる。
それを抑え込む防衛班。
定期的に行われる演習。
実働部隊である生徒を集め、侵攻班と防衛班に分かれて男子寮の奪還作戦を行う。
「
「ECCM、及びECM強度さらにあがります。三十六パーセント」
「参りましたね。これでは打つ手なしです」
メガネが困ったようにメガネを持ち上げる。
「いいや、東側面の瓦礫の山を崩せ! 敵軍に岩石のシャワーをたっぷりお見舞いしろ!」
俺の一声に部下たちがついてくる。
部下が瓦礫のシャワーを浴びせると、ハゲの戦力の二十パーセントをそぐ。
『持ちこたえろ! これで勉強会の機会が生まれるのだぞ!』
ハゲが大声で民衆を指示する。
勉強会。
それは夏音と芽紅の二人から提案されたもの。
全員ではいけないので、この模擬戦で勝ったものが選抜される運びになっている。
「
「
『押されるな! 各個撃破せよ!』
ハゲのチームはかなり力を発揮している。鍛冶場の馬鹿力という奴か。
「押し返せ! 全軍、待避壕を潰せ。爆破物の設置を急げ!」
「はっ!」
メガネが電子機器を使い、連絡のやりとりをする。
ちなみにさっきから無線機の使い方も知らぬハゲは自軍の無線を傍受されているとも気がつかない。
『θ+三。敵陣と接触!』
『サブマシンガンで応戦しろ!
左凪? なんの意味だ?
まさかの暗号?
「マズい! 後退せよ!」
「なぜです!? 今は好機、攻め落とすチャンスですよ!?」
メガネが困惑したように声を上げる。
「敵の未知に対して人は臆病になる。後退だ!」
「一条さん。軍法会議ものですよ」
「くっ。お前らには分かるまい。民衆を導く重さというのが」
『敵歩兵部隊より、攻撃を受けている。待避だ! 待避だぁ!』
「ま、まさか! そんなはずはない!」
メガネが手にしていた指揮棒を落とす。
ハゲの鬼才を甘く見たな。
あいつは永遠の二番手だが、二番手に上がるだけの実力がある。
メガネよりも大衆を含めた全体を見渡せる力がある。
一方でメガネは電子機器には強いが、情報に重きをおいている。人間は情報だけでは生きていけない。
ネットの力では覆せない力がある。
情報だけでは支配できないものがある。
胸に手を当てて俺は呟く。
「撤退だ。これ以上の交戦は無意味だ」
「准将!」
叫ぶように声を荒げるメガネ。
「撤退だ!」
Dエリアまで撤退した我が軍。
徐々にハゲの部隊を削ってはいるが、それでもまだ十名の敵を確認した。
『ふ。最後だ』
ハゲの言葉を聞き、俺は最後の作戦を命ずる。
自爆装置を使う。
これで敵兵のほとんどを壊滅させることができる。
そんなこんなで模擬戦で多くの兵を失った。
残ったのはハゲ、その陣営の三名である
俺が残ったのは偶然でもない。芽紅からの連絡で俺だけは来いと記載されていたのだ。
恐らくは俺に芽紅と夏音の仲を取り持つための配慮なのだろう。
他の者には気がついていない秘密だ。
秘密の関係、意外と厄介だ。
ハゲに説明するときも苦戦した。
俺が仲介人になる、と言ってその場は収まったが……。
男子陣営からはあらぬ誤解を招いているし。
――芽紅は一条のことが好きなんだ、と。
それに関しては参った。
芽紅は百合で、実は夏音のことが好きだというのに。
秘密にしているせいか、話が通じないのだ。
困った。
散々話し合った結果、俺が白になったが。
いやはや。まさかハゲの名前を出したらテンションの上がった芽紅である。
もしかして、芽紅はハゲが好きなんじゃないか?
いやありえん。芽紅は夏音を狙っているのだ。
まあ、内部での争いごとを収めてくれた功績は大きい。
ハゲと俺が行くことが決まり、さらにハゲの部下が数人。
なるほど。なかなかにいい戦力ではないか。
開催場所は女子寮。
となれば、こちらの電子班や狙撃班に依頼を出すべきだろう。
時間がない。急いで考えねば。
「オレ、お前のこと勘違いしていたのかもな」
ハゲがクツクツと笑う。
「けっ。お前っていけすかない奴と思っていたのはオレの勘違いだったのかもな」
「ふ。そうでもないさ。俺もお前のことは粋がっているガキだと思っていたからな」
「言ったな!」
「悪かったって」
二人して笑い合える日がくるとは思わなかった。
「今回の作戦、お前にも協力して欲しいんだ」
「なんだよ。ライバルには教えられない、と散々言ってきたじゃないか」
ハゲは寒いのか振るえるように見せる。
「分かっている。でもお前の意見も必要なんだ。頼む」
「はっ。いいぜ。お前となら良い作戦ができそうだぜ」
「素直になったな」
「お互いに、な」
グータッチをかわすと、俺は自軍の戦力とハゲの戦力を見合わせる。
勉強会は二週間の間、行われる。
メンバーは女子陣が芽紅、夏音、
男子陣はハゲ、俺、佐々木、鈴木、佐藤の計五名。
全員で十二名にもなる。
勉強会と銘打っているわりに合コンのような取り合わせだ。
そこんところ、芽紅は理解しているのだろうか?
時間になり女子寮を訪れると、レーザー兵器がこちらに牙をむく。
「わっ。なんだ!?」
ハゲの反射神経ならかわせるが、
「す、すみません。予約にあった勉強会ですね?」
おしとやかそうな声音をした
パタパタと歩み寄り、レーザー兵器の電源を落とす。
「へ。オレの言いたいことが分かるじゃねーか」
ハゲは不良みたいに素行の悪い態度で応じる。
そのことに若干の違和感を覚えたのか、雪は眉根をつり上げる。
「すまない。だが、こちらのメンバーも伝えてあるはずだ」
「そう、ですね……。失礼」
雪はついてこいと手招きする。
女子寮にある自習スペースに俺たちは招き入れられた。
男子寮には自習スペースなるものがないので、目を丸くしたものだ。
小さな図書館のような場所に本棚いっぱいの蔵書と椅子机が並んでいた。
俺たちはそっと芽紅の隣に座る。
もう一方の芽紅の隣にはもちろん夏音が――。
「へ?」
俺の隣にハゲを呼ぶ芽紅。
おかしい。夏音とくっつきたいのではないのか?
と、俺の隣にハゲを座らせる。
「なんだよ。この配置」
「ほら。芽紅の隣には夏音が――」
「え。わたしは一条くんの隣は芽紅ちゃんだと思います」
「「え?」」
俺と芽紅が混乱した様子で夏音を見やる。
おかしい。
夏音がこんなに前にでることも、だが。
芽紅と夏音の仲は悪いわけじゃない。
「いや、でも……」
「わたしは大丈夫だと言っているのです」
「じゃあ、オレと一緒に」
代わりに立ち上がろうとするハゲ。
「あなたはそのままでいいのですよ?」
芽紅が貼り付けたような笑みを浮かべてハゲを座らせる。
「お、おう……」
まるでハゲが俺とくっつけばいいのに、と言っているようだった。
いやまさかな。
「では、
正面に座る夏音。
「ま、まあ。いいけど……」
どうせ、勉強会が始まれば、ごちゃごちゃになるだろう。
俺は勉強を教わるほどの点数じゃないし。
さて、俺はどの子と一緒に勉強をするんだ?
ちらっと周囲を伺いながら勉強会が始まる。
ハゲも、夏音も、芽紅も。
みんなシーンとした様子で勉強を始める。
ちなみに案内してくれた雪が俺の正面右に座っている。
なんの事情も知らない雪がおもむろに口を開く。
「一条君って好きな人いるのですか?」
「「「!?」」」
俺と芽紅と夏音が一斉に顔を上げる。
なんてことを聞くんだ。
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