第9話 乾杯!!
~夏音side~
わたしは芽紅に来客があると聞いて、ちょっとだけ聞き耳を立てていた。
だって相手はあの一条君なんだもの。
彼、けっこうなイケメンだし。男子の中でのカリスマ性は言うまでもない。
『誰だって好きになるものが何か選べるわけじゃない』
ドア越しに聞こえてくる声。
『うん。選べない。選べないよ』
芽紅は自分の思いを、抑えてきた感情を決壊させる。
『だって好きなんだもの!』
つい声を荒げてしまう芽紅ちゃん。
ええ~! 芽紅ちゃんって一条君のこと好きだったの!?
『芽紅、落ち着け』
『ご、ごめんね。でもあたし好きだから』
二人の意外な告白に、わたしは混乱する。
こんなにストレートに自分の気持ちを告げるとは思わなかった。
彼女はアイドルもやっているし、けっこう度胸あるものね。
これからわたし、二人に対してどう接すればいいのかな。
怖いよ。
わたしも一条くんのこと、けっこう気に入っていたのに。
芽紅ちゃんも、一条君も失ったわたしはどうすればいいのかな?
辛い。
胸の辺りがギュッと閉まるような思いだ。
特に芽紅ちゃんとは友達以上の感情を持っていたから。
わたし、やっぱり芽紅ちゃんのこと――。
自分の気持ちを伝えずにいたことが悪い。
ずっと隠してきた自分が悪い。
でも確かにわたしは一条君の言うとおり怖いんだ。
普通じゃないから。
うるうると涙目になるわたしはずっと廊下でうずくまっていた。
『でも真意が分かって嬉しいの』
『ああ。明日からはまた普通に会話しようぜ?』
『……いいの?』
普通に話す?
恋人同士じゃなくて?
もしかしてわたしにも希望があるのかな?
『ああ。もちろんだ』
『……分かった。でも秘密は守ってね?』
『わかっている』
あ。そっか。
恋人としての関係を秘密にして欲しいんだね。
じゃあ、わたしはここで立ち聞きしていたのってマズいじゃない。
わたしは慌てて立ち上がり、オロオロしていると、ドアを開けた一条君と出くわす。
~一条side~
「夏音。どうしたんだ? こんなところで」
男子寮の薄っぺらい壁に比べて女子寮の方が壁は分厚く、会話は聞き取りにくい。
今の会話が聞かれていたとは考えにくいが、夏音に警戒心を抱くのも当然だ。
「聞いていたのか?」
「ううん。そろそろ夕食だから芽紅ちゃんを呼びに来たの」
女子寮も、男子寮も食堂があり、そこで昼と夕を食べることができる。
「そうか。なら良かった」
俺は成果を得られた満足感でその場を後にする。
男子寮に帰ると、土産のクッキーと録画した画像データをみんなに配布する。
アイドルのダウナーな印象がみんなには好評だった。
ちなみにクッキーの争奪戦では血が流れるほど、凶悪になった男子生徒諸君であった。
そんなに手作りが欲しいのか……。
盛り上がっているところ、悪いが頼めばまた作ってくれるかもしれない。
まあ芽紅にこれ以上借りを作るのはマズいな。
もう二度と食べられないかもしれない。
そう思うと彼らの必死さも分かるようだ。
「で。メガネ、CDの解析はどうだ?」
「今のところ楽曲のデータだけですね。あ。でもこのコードとコードを合わせると……」
「なんだ? 言ってみろ」
「サクリファイス」
サクリファイス――犠牲。生け贄。
「どういう、意味だ?」
「分かりません。でもこれが彼女のもたらしたメッセージとなると……」
嘘である。
このCDにはたまたま〝サクリファイス〟と読めるコードがあるが、それは偶然の産物であり、楽曲自体にはなんの意味もない。
ただ一条と近づきたくて差し出した芽紅の気持ちでしかない。
「くっ。まさか、こんな暗号じみた方法を使うとは」
「これ、どういう意味です?」
メガネがキラリと光らせる。
「分からん。でもこの暗号を解かない限り、同じ土俵に上がれない」
「喧嘩は同じ土俵の者同士でしか起きない……」
「そうだ。どんな国、価値観を持っていようと軍事力の差があれば、簡単にやられてしまう。必要なのはこちら側の戦力だ」
「女子は結束強いですからね」
俺とメガネはしばらく再調査を行い、休憩に入ることにした。
「しかし、女子寮に侵入とはさっすがリーダー!」
ハゲがテンション高く俺の肩をポンポンと叩く。
端的に言うとオペレーション・
木馬の目的は女子寮の偵察と芽紅との会話、そして証拠品を回収すること。
ちなみにお土産は他にもあり、女性向けのマンガがいくつか借りた。それはガラスケースに収められて拝観料をとるという形で落ち着いた。
それでも初日からたくさんの観覧客が訪れ、今回の作戦の成功を体現していた。
「今回はうまくいったな、一条」
ゴリラが駆け寄ってくる。
「ああ。そうだな」
「次を考えているか?」
ゴリラは眉間にしわを寄せて訊ねてくる。
「そうだな……。次回は失敗したくない。時間をかけてミッションを練ろうと思う」
「そうか。確かにかなりの成果だったからな」
うんうんと頷くゴリラ。
その夜。
「「「かんぱ~い!!!!」」」
コーラとピザ、それにホットスナックを注文し、共同スペースの机の上に並べる。
そして。
「あいよ。おばちゃん特製のカルパッチョだよ!」
食堂のおばちゃんも一緒にパーティ料理を披露する。
が、カルパッチョは青い色をしている。
まあ、うまいんだけどな。
俺は壁に背を預け、カルパッチョとピザを平らげる。
「しかし、うまくやったな」
ハゲが上機嫌で俺の肩をポンポンと叩く。
「あのマンガ、返す必要があるんだろ? そのときも頼むぜ? 隊長」
「ああ。それはいいが」
あのマンガを返すときや教室でのやりとりしだいではみんなにそれを提供できる。
できるのだが。
なんだかモヤモヤする。
このまま芽紅を捧げるのが救いなのか?
――サクリファイス。
間違いかもしれない。
犠牲ありきの作戦に誰がついてくる。
自嘲気味に笑みを浮かべると、ハゲの脇腹をつつく。
「お前も、何か提案しろよ?」
「いいのかよ。隊長さん」
「もちろん、協議したあとの話になるが」
「へ、オレのこと高く買ってくれて嬉しいぜ!」
ハゲはそう言うと、タンドリーチキンをとりに向かう。
まあ、高くは買っていないがな。
単に奴の信憑も得ないと、リーダーでいられなくなるだろう。
みんなのためにリーダーになったのだ。
みんなを裏切る訳にはいかない。
俺はそのために頑張ってきたのだ。
今更引き返せない。
「しかし、まあ。次の作戦ね……」
「いいか。リーダー」
いつの間にか隣にいた狙撃班の一人が訊ねてくる。
「ああ」
驚きは見せずに鉄仮面を浮かべる。
張り付いた笑み。張り付いた口調。
「我々の出番はないのですか?」
「そうだな。いずれ活躍してもらう。手柄をとりたい気持ちがあるかもしれないが、一歩退いてくれ。
「……分かりました」
少し引っかかりを覚える間を残して去る佐藤。
どこの班も今は成果を上げたいか。
自分の活躍を気にしない奴なんていないだろう。力を発揮したがるのはどんな人でも持つ本能だ。
女子でも男子でも変わらないだろう。
今回は電子班の勝利で終わったが、狙撃班と歩兵隊は活躍がなかった。
そうなれば不満も溜まっていくというもの。
どこかでガス抜きが必要かもしれない。
少しそこら辺も考えないといけないか。
でないと本当に退学者が出る。
みんなで卒業したいのだ。
そんなこと、させるか。
コーラをぐいっと飲み干すと、ピザに食いつく。
こんな日も嬉しいものだな。
ま、俺は女子に興味があるわけじゃない。
冷めた眼差しでみんながはしゃいでいるのを見つめる。
俺には熱がない。
それが憧れを生み出しているのかもしれない。
彼らと仲間になれる、と。
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