第8話 勘違い ~芽紅side~
紅茶とクッキーで落ち着いた頃合い。
「写真を見た」
ゆっくりと告げる一条くんの落ち着いた声。
あたしの写真が見られた。
あれを知っている者はいない。恐らく彼だけ。
この写真には一条くんとハゲくんの裸体が映っているの。
胸元を見て、心を落ち着ける。
「芽紅はこういったのが好きなんだな?」
キッと睨むように目を見張る一条くん。
問い詰めているのが分かるの。
まるで『俺を利用するな』と言わんばかりの声。
「うん。好き。大好き」
あたしは自分の気持ちを吐露する。
「でも、バレるのが怖いと?」
そう怖い。
あたしが腐女子だと知られるのも。
一条くんに変態と罵られるのも。
「うん。だって普通じゃないの。みんなと違う」
ふるふると力なく首を振るあたし。
だってみんな普通の恋愛をしているのだから。
「大丈夫だ。俺は言わない」
真剣な面持ちでこちらを見やる一条くん。
「初めてか?」
BL作品は初めてじゃない。
「ううん。いろんな人を見てきた」
BL作品を食い散らかしてきた。でもその最高点が同級生同士の絡み合いなんて。
恥ずかしくて言えるわけがない。
「それでも芽紅は普通の恋愛も好きなの」
あたしは普通であるとアピールしたい。
「物語として、だろ?」
「ぅっ!」
バレている。
あたしの性癖をここまで理解してくれる人はそうそういない。
キュンと胸が高鳴るのを感じた。
「全部、バレているだね」
少し戸惑いながら答える。
ここまで理解してもらえるとは。
「お前は登場人物にその人を重ねているだろ?」
なんで分かるの? エスパーなの?
「……うん。そうだよ」
あたしは心を落ち着けて答える。
「こんなの気持ち悪いでしょ?」
肩をすくめて答える。
みんなそうだ。そうだった。
あたしが小学生のときは嫌われていた。同性愛が理解できない、と。
「いいや。そんなことない」
「え」
一条くんの答えに驚き、あたしは思わずそちらを見やる。
「誰だって好きになるものが何か選べるわけじゃない」
「うん。選べない。選べないよ」
あたしは自分の思いを、抑えてきた感情を決壊させる。
「だって好きなんだもの!」
つい声を荒げてしまう。
「芽紅、落ち着け」
「ご、ごめんね。でもあたし好きだから」
落ち着いても、あたしの気持ちは変わらない。
あたしが好きなものはBLだから。
「この秘密は墓場まで持っていくつもりか?」
墓場まで持っていく。
その言葉を聞いてあたしは戸惑う。
確かにアイドルがBL好きなんて嫌われるだろうし、いつも隣にいてくれる夏音ちゃんにも悪いの。
「わからないの。どうしたらいい?」
あたしは困ったように目を向ける。
「芽紅は頑張ってここまできた」
一条くんはゆっくりと考えながらしゃべる。
「でも、それでも覆せないものがたくさんある」
そう。アイドルが変態と分かれば、ファンを止める人も、逆恨みする人もでてくると思う。
「そうだな」
真面目な顔で顎に手をやる一条くん。
そんな姿も格好いいと思うの。
だってBLの作品に出てくるようなイケメンだから。
BLってイケメンが何人も組んずほぐれつするから見ていて楽しいの。
美しいの。
素敵なの。
その汗を、涙を舐め盗りたいの。
「変える気持ちはあるか?」
「……ないの。この気持ちも含めてあたしなんだから」
あたしはあたしだ。
他の何にも変えることはできない。
そこまでは悟った。変えられないんだって。
中学生の頃、禁欲したけど、衝動で自作のBL作品を書くほどだった。
「そうだな。だが俺は知った。知ってしまった」
「一条くんは悪くないの。受けてくれたから嬉しいの」
今のBL作品の主人公は一条くんだから。
「総受けなの」
そう、一条くんはみんなに優しい。
だから総受けなの。
メガネくんやゴリラくん、様々な人に押し倒されて組んずほぐれつ。
あひー。想像しただけで潤っちゃう!?
「俺も嬉しいよ。芽紅が本音を見せてくれて」
「ほんと?」
それってあたしの作品に興味があるってこと?
それともただの慰め?
「ああ。もちろんさ」
「じゃあ、これからは仲良くしてくれるの?」
あたしのBL作品に登場させてもいいんだよね?
「? ああ。それは構わないが……?」
困惑したようすの一条くん。
わわわ。BL作品の主人公にするのは早かったかな?
でももう書き始めているの。
ごめんちゃい。
でも格好良く書いているから許して。
BL好きのネット仲間にも好評だし。
あ。ネットに上げていることは言わない方がいいのかな?
しばらくして一条くんが顔色を変えて呟く。
「芽紅は俺をはめたというのか……」
「はめた、かもなの」
はめたよ。たくさん。
だって総受けだもの。
「しかし、お前の技量ならこんなことをしなくても」
「いいえ。芽紅の事情を知るものは生かしてはいけないの」
キラリと光る目の奥。
「え」
「あ、ちょっとごまかしたの。芽紅に協力してくれたら、今後、良い付き合いができると思うの」
ここで一条くんを取り込むのは勇気がいるけど、絶対にやっておかなくちゃいけない。
「それは、どういう?」
「ふふ。この写真、どういうのか分かるの?」
おっぱいとおっぱいの間に挟んである写真を取り出すあたし。
これで煩悩を揺さぶる。
ハニートラップというけど、利用させてもらう。
「性癖、なんだな?」
一条くんの問いから数十秒の間があり、あたしは首肯する。
「そう、だね……」
「それで? 俺の
「ロスト……?」
もしかして昔のBL作品!?
少し興奮してきたの。
「ふふ。まあいいの。こちらの意見も言わずにいてくれたら、それで……」
「くく。面白い。こちらのことも言わないでくれると助かる」
一条くんが何を言っているのか、分からないけど、きっとBL作品に協力してくれるってことだよね?
「でも、なんで一条くんはあんなところに?」
そう言えば、なんで女子更衣室にいたのだろう?
ついに男子だけでは満足できなかったのかな?
「お前なら言わずとも分かると思うが?」
「そっか。ならお互いに秘密にしましょ♡」
真意は分からなくても、あたしに協力してくれるなら一条くんはまだ価値がある。
「ああ。それがベストな回答だろう」
冷静沈着な彼はこちらの顔を伺いながら言う。
「それにしても――」
この人がBL作品にはいい素材になるなんて。
あたし、高鳴っちゃうっ!!
「ん?」
「い、いえ。なんでもないの。さて。じゃあ、これでも受け取って帰りなさい」
あたしはおっぱいの間からCDを取り出すと、一条くんに渡す。
「これはどうも」
「ふふ。そんな顔しなくても、おかしくないの」
困ったように、怪訝な顔を見せる一条くん。
ただのアイドル活動の歌なんだけどね。
でも胸から出したからか、とても大事そうに鞄に閉まっている。
「いや、慣れていないもんでね」
苦笑を浮かべて、肩をすくめる一条くん。
「まさか、ここまで長居してしまうとは」
時計を見ると夜の六時。
「でも真意が分かって嬉しいの」
「ああ。明日からはまた普通に会話しようぜ?」
一条くんは顔を少し綻ばせて言う。
鉄仮面の彼がそんな顔をするとは思わなかった。
確かに表情の変化に乏しいけど、意外と分かるじゃん!
「……いいの?」
あたしは確認するように訊ねる。
「ああ。もちろんだ」
こくこくと頷く一条くん。
立ち上がり、帰ろうとする。
「……分かった。でも秘密は守ってね?」
「わかっている」
念を押すように言うと一条くんは微笑む。
そのくしゃっとした笑みが胸に直撃する。
どうしたんだろ。あたし。
立ち上がり、帰る一条くんは廊下で夏音ちゃんと会話をしていた。
しびれるような笑顔にやられちゃった♡
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