第7話 勘違い ~一条side~

「写真を見た」

 嘘である。

「芽紅はこういったのが好きなんだな?」

 しおらしい態度でうなずく彼女。

「うん。好き。大好き」

 そこまでか。

 ならどう接していくのが正しいのか。

「でも、バレるのが怖いと?」

「うん。だって普通じゃないの。みんなと違う」

 みんなと違うというのは誰しもが恐れる感情であり、不安要素でもある。

 みんなと一緒じゃないと仲間はずれにされる。みんなから嫌われる。

 ボッチになる。

 そんな言いようのない恐怖が彼女を蝕んでいるのだ。

「大丈夫だ。俺は言わない」

 まさかアイドルな芽紅が百合だということを。

 そりゃそうだ。

 なぜ他の男にはなびかないのか、それは百合だからだ。

 同性愛者なのだ。マイノリティである彼女はひた隠しにしてきたのだろう。

「初めてか?」

「ううん。いろんな人を見てきた」

 根が深いようだ。

「それでも芽紅は普通の恋愛も好きなの」

「物語として、だろ?」

「ぅっ!」

 見抜かれていると思った芽紅はぬいぐるみにもたれかかる。

「全部、バレているだね」

「お前は登場人物にその人を重ねているだろ?」

「……うん。そうだよ」

 やっぱりか。

 彼女は好きな人を重ねて見ている。だからラブロマンスが好きなのだ。

 自分の理想をマンガに重ねてみているのだ。

「こんなの気持ち悪いでしょ?」

「いいや。そんなことない」

「え」

 零すように反応する芽紅。

 学園一のアイドルが、目を見開いている。

 そのクリクリとした瞳に吸い寄せられる感覚があった。

「誰だって好きになるものが何か選べるわけじゃない」

 例として親ガチャ、とか言う言葉がある。

 子供は親を選ぶことはできない。どんなに酷い親でも従うしかないのだ。

 俺だって親には恵まれていない。嫌いにはなれないが、好きでもない。この気持ちが何かわからないが、俺の平穏のためには思い出さない方がいいだろう。

「うん。選べない。選べないよ」

 こくこくと小さくうなずく芽紅。

「だって好きなんだもの!」

 声を大きくして叫ぶ。

「芽紅、落ち着け」

「ご、ごめんね。でもあたし好きだから」

 そんなに好きなのに、みんなには伏せなくちゃいけない。

 その心労を思うと胸がキリキリしてくる。

「この秘密は墓場まで持っていくつもりか?」

「わからないの。どうしたらいい?」

 潤んだ瞳でこちらを見やる芽紅。

「芽紅は頑張ってここまできた」

 その言葉には嘘はないだろう。

「でも、それでも覆せないものがたくさんある」

「そうだな」

 俺は芽紅という人間を少し知った。

 この報告を受けた男子生徒はどう思うのだろうか?

 プロのアイドルが実は百合だったと。

 それでみんな納得するのだろうか?

「変える気持ちはあるか?」

「……ないの。この気持ちも含めてあたしなんだから」

「そうだな。だが俺は知った。知ってしまった」

「一条くんは悪くないの。受けてくれたから嬉しいの」

 受け取ってくれて嬉しいか。

 秘密にしておいてほしい。

 そういうことか。

「総受けなの」

 そう受けてくれて嬉しいんだな。

「俺も嬉しいよ。芽紅が本音を見せてくれて」

「ほんと?」

「ああ。もちろんさ」

「じゃあ、これからは仲良くしてくれるの?」

「? ああ。それは構わないが……?」

 なぜ俺と仲良く……ぁ。そういうことか。

 今回、俺は先に論じることで敵対意思はないと明確にしてきた。

 だが芽紅からしてみれば、俺は更衣室に侵入した変態だ。

 芽紅がここまで親切にする意味なんてない。

 ここまでよくする意味がない。

 やられた。

 おそらく男子寮のみんなが危険にさらされる。

 俺を通して男子寮を監視するのが目的だ。

 俺はいい手駒として彼女につくしかない。

 お互いの秘密ということはそういうことだ。

 近いうち、地下組織ロストは解散させられる。

「芽紅は俺をはめたというのか……」

「はめた、かもなの」

 神妙な面持ちで呟く彼女。

 そういうことかよ。

 全部芽紅の策略だったんだ。

 最初に甘い誘惑をしていたのも、これで筋が通る。

 俺を利用するつもりがあるのだ。

 こちらの弱味を握ったのだから。

 そして、俺としてはこういった話し合いの場を設けてくれること事態、おかしいのだ。

 彼女にとって自分が百合であることは些細な問題でしかない。

 それを知った上で交渉の場を設けたのだ。

 つまり、のこのことここにきたことが彼女の作戦だったのだ。

 こっちにやましい気持ちがあると証明してしまったのだ。

 それをくつがえすべを持たない。

 このままでは俺がリーダーである地下組織にまで手がいくだろう。

「しかし、お前の技量ならこんなことをしなくても」

「いいえ。芽紅の事情を知るものは生かしてはいけないの」

「え」

 ツーッと冷たいものが背中を撫でる。

「あ、ちょっとごまかしたの。芽紅に協力してくれたら、今後、良い付き合いができると思うの」

「それは、どういう?」

 怪訝な顔で芽紅を見やる。

「ふふ。この写真、どういうのか分かるの?」

 おっぱいとおっぱいの間に挟んである写真を取り出す芽紅。

 ごくりと生唾を飲む。垂涎ものだ。

 まずい。

 俺はその写真をほとんど見ていない。

 彼女はこの写真を見られるとマズいらしいが、根本的にそれを知らない俺は勘と経験から結論づけた。

 しかし、その結論が間違っていた場合、俺は負ける。

 彼女の言う通り、芽紅芽紅にされてしまう。

 どうしたものか。

 勘で言うしかない。

「性癖、なんだな?」

 数十秒の間があり、芽紅はゆっくりと口を開く。

「そう、だね……」

 当たった。

 これなら巻き返すことができる。

 交渉のテーブルはまだ続いている。

「それで? 俺の組織ロストのことは言わないでくれるんだよな?」

「ロスト……?」

 しまった。組織名は知らなかったか。

「ふふ。まあいいの。こちらの意見も言わずにいてくれたら、それで……」

「くく。面白い。こちらのことも言わないでくれると助かる」

「でも、なんで一条くんはあんなところに?」

 可愛らしく小首を傾げる芽紅。

「お前なら言わずとも分かると思うが?」

 俺は場を濁すように紅茶に口をつける。

 芽紅の詮索能力なら、すでに知っているだろう。

 あのとき、カメラを逃がしたが、そのまえから知っていた可能性もある。

 彼女がどれほどまで、俺の想像を超えているのか分からない。

 この交渉はまだ続いている。

 自分の弱味はできるだけ薄く、他人の弱味は多くもて――。

 先代のロストリーダーの言葉だ。

 俺は護らねばならならない。友を。仲間を。

 俺を慕ってくれるものを。

 でなければ、ここでこうしている意味も、芽紅と対峙している意味もない。

「そっか。ならお互いに秘密にしましょ♡」

「ああ。それがベストな回答だろう」

「それにしても――」

「ん?」

 芽紅は真剣な眼差しを向けてくる。

「い、いえ。なんでもないの。さて。じゃあ、これでも受け取って帰りなさい」

 芽紅はおっぱいの間からCDを取り出すと、丁寧に俺に渡してくる。

「これはどうも」

 受け取るとまだほかほかと暖かい。

 CD。

 今どき、データでのやりとりが多いなか、これを渡してくるなんて。

 恐らく機密文書でも書かれているのだろう。

 あとでメガネに解析させるか。

「ふふ。そんな顔しなくても、おかしくないの」

「いや、慣れていないもんでね」

 そう言って鞄にしまうと、俺は立ち上がる。

「まさか、ここまで長居してしまうとは」

「でも真意が分かって嬉しいの」

「ああ。明日からはまた普通に会話しようぜ?」

「……いいの?」

「ああ。もちろんだ」

「……分かった。でも秘密は守ってね?」

「わかっている」

 何度目の確認だ。

 ここまでくると調子が狂うな。

 しかし、そんなに大問題か? 百合って。

 確かにアイドルには致命的か。

 納得すると部屋を出ていく俺。

 その廊下で夏音と出くわすが、それはまた別のお話。

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