第6話 オペレーション・木馬
俺は芽紅と交渉し、話し合いの場を、ここ女子寮に設けた。
入り口付近にあるセンサーがこちらを見やる。
《やれ》
『了解』
小さな声でインカムに声を乗せる。
センサーの色を確認しつつ、乗り込む俺。
アラートは、
ならない。
なんとか第一ステージはクリアだ。
ほっと胸を撫で下ろし、芽紅の部屋へ向かう。
「今日は暑いね」
芽紅が振り返りながらしゃべる。
「ああ。このままじゃ、蒸し焼きになりそうだよ」
「ふふ。そうなの。熱すぎるの。これも温暖化? の影響なの?」
「さあな」
地球は寒冷期から今の温暖期へと移行している最中という説もある。だからマンモスは毛深く、今のゾウは毛が短い。
太陽の極大期とかも関係してくるだろう。
地球や太陽規模での変化が大気圏内に影響している可能性は高い。
そう言われてしまえば地球温暖化がそこまで影響しているのか分からない。
まだこの世界には分からないことばかりなので、どこまで影響しあっているのか、なんて誰にも分からないのだ。
ただ一つ言えることは質量保存の法則がある限り、増え続ける人口に対して資源を確保しなくてはならない。
資源の利用は増加傾向にある。限りある資源を再回収する技術が今後役だっていくのは日の目を見るより明らかだ。
「芽紅が部屋に男子を上げるの、初めてなの」
甘ったるい声で上目遣いをする彼女。
手を後ろで組み、胸を強調するようにして、さらには胸元を着崩している。
「そうか」
そっけない態度をとるが内申バクバクと心音が鳴り響く。
「むぅ。一条くんって動揺しないんだね」
胸のボタンを一つ外す芽紅
「おい。何をする気だ?」
この会話は録音されている。
下手なことを言えば男子寮のみんなが生かしてはおかないだろう。
そんな恐怖と隣り合わせで理性を保つしかない。
これは地獄だ。
「芽紅になびいてもいいんだよ?」
「そんなふらちなことするか」
「ふーん。でもでも、芽紅はそんな一条くんのことが好きかも?」
「あっそ」
言っていろ。彼女の毒牙に屈するわけにはいかない。
「さ。ついたよ。芽紅の部屋」
きぃっと音を立ててドアを開く。
中に入ってみるとミルクのような芳醇な香りが漂う。
これが女の子の部屋か。
廊下の先にはリビング。
その手前にも両隣にドアが四つ。
男子寮なんて一つの部屋に三人、しかもトイレ、風呂、キッチンは共同スペースにある。
それに比べたらかなり豪勢な暮らしをしている。
これで同じ金額をとるなんて詐欺じゃないか。
リビングに通されると俺はふわふわの座布団に腰を落ち着かせる。
ぬいぐるみと本がいっぱいある女子らしい部屋だ。
カーテンはピンク色でテレビの下にはブルーレイやDVDが並んでいる。どうやらアイドル関係のものらしく彼女の努力家な一面が見える部屋だった。
「何か飲む?」
芽紅はそう言いキッチンに向かう。
「おかまいなく」
そうは言うが、お客さんに飲み物の一つも出さない人はいないだろう。
「じゃあ紅茶でいいの?」
「ああ」
しばらくして紅茶と一緒に現れる芽紅。
盆にはティーカップと紅茶の入ったティーポッドが運ばれてくる。
お菓子としてクッキーも一緒にお皿にのせてある。
「ほら、足崩して」
「いや。ああ」
一旦否定しようとも思ったが、そんな頑なにされると芽紅も話しにくいかもしれない。
紅茶を少し口に含むと茶葉の香りが口に広がる。
アールグレイだ。
「うまいな」
「ふふ、ありがと♪」
芽紅は愉快そうに笑うとクッキーを勧めてくる。
パクっと食べると優しい甘みが広がっていく。サクサクとした食感が食欲をそそる。
「これもうまい」
「茶葉もクッキーも芽紅が作ったんだからね!」
ビシッと人差し指をこちらに向ける芽紅。
「らしいな。とてもうまかったよ」
「ふふ。今度また持ってくるね!」
紅茶を飲み干すと視線を送る。
「おかわりがほしいの?」
「お願いできるか?」
「いいの」
小さく笑みを零すとキッチンに向かう足音が聞こえる。
俺は素早い動作でクッキーを袋に詰める。
これがあれば男子生徒のみんなも満足するだろう。
なにせ、あの芽紅の手作りなのだ。
これ以上の価値はなかなか見つけられないだろう。
くすねておいて正解だな。
「おまたせなの〜」
にこやかに紅茶を運んでくる芽紅。
その純粋無垢な顔に後ろめたい気持ちが湧いてくる。
いいや。これもみんなのためだ。
俺の肩には男子生徒全員のプレッシャーがかかっているのだ。
物色していた俺は本を見ていた。
「あら! 一条くんもラブロマンスに興味あるの?」
「え。ああ……」
単に何か持ち帰れそうなものがないか、物色していただけだが。
「ふふ。芽紅のおすすめ貸しちゃうよ♡」
「そうか。お願いするよ」
「うん。これくらいいいよっ!」
紙袋に数冊を詰め込むと俺に渡してくる。
でも思っていたジャンルと違うな。
どいうことだ?
おかしい。
俺の予測が正しければ……。
「クッキーも全部食べたんだね。嬉しいっ♪」
「ああ。おいしかったぞ」
十数枚のクッキーをあの速度で食べきるのは難しいとは気がつかないようだ。
「これがオススメのラブロマンス。バスの中で本を読むのが日課なヒロインの前に、この本読んでみない? と勧めてくる爽やか系クールイケメン」
長くなりそうなのでなんとなくで聞き流す。
どうやら普通の恋愛ものらしい。
まあ女子なら珍しくもないだろうけど。
俺は適当に相槌を打って『愛のバラ』のあらすじを……というかネタバレしているのだけど?
「最後、自分の組織を裏切ってまで主人公を助けにくるの!」
全部言っちゃった〜!!
こいつ実はアホなのでは?
「あ。ごめんね。熱くなりすぎたね」
「まあ今日は熱い日だしな」
気温三十六度超えだし。
「うまいこと言って〜」
肘で俺の脇腹をグリグリとやってくる芽紅。
そんな普段見せない態度に驚いてはいるが、顔には出さない。
鉄仮面たる俺の手腕でこの芽紅を籠絡させてみせる。
オペレーション・タッチダウンのときに見せた浴室でのカメラ。オペレーション・
このことから推察されるに、彼女の性癖は――。
「そうそう。この間、夏音ちゃんも芽紅のお菓子を食べてね!」
和気藹々とした雰囲気を醸し出すこの子がまさかの性癖とは思いもしなかった。
でもそれしかない。
それに芽紅の隣にはいつも夏音がいた。
それが何よりの証拠だ。
しかしいつ切り出す?
楽しそうにおしゃべりしている芽紅を前にこわばってしまう俺。
緊張と不安と恐怖が入り混じったような気持ちに心がざわつく。
なぜだ?
俺はこんなに心動くことはなかったはず。
この間からおかしい。
オペレーション・タッチダウンでも、オペレーション・
俺、どうしてしまったんだ?
女という生命の神秘を司る神々しさに負けているというのか!?
断じて否。
俺はそんなに弱い人間ではない。
神秘さで言えば男だって同じくらい――うん。ないな。
「芽紅」
「はい♡」
「本題に入ろうか?」
「え。で、でも……」
「俺が話に来たのは他でもない。あの日のことだ」
芽紅が悲しそうに目を伏せるが屈してはいけない。
「あの日のこと、夢じゃないのね」
「ああ。俺はお前を知った」
何かに怯えるようにビクッと身体を震わせる芽紅。
それもそのはず。
あの写真は見ていないが、その内容を聞かれればみんなドン引きしてしまう可能性がある。
だから誰にも話さずに実行してきた。
きっと夏音にすら話していないだろう。
そこまでの大罪、俺になら話せるのだろうか?
やはり本人から直接聞き出すしかないだろう。
いくぞ――。
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