第5話 遭遇

 俺が女子更衣室のマンホールをどかし、ロッカーの上に固定されたカメラを回収する。

「ん?」

 一つのロッカーが開いており、そこに写真が見えた。

「あった!」

 鈴の音のような甘い声音の女の子が入ってくる。

 しまった。

 もう授業は終わりだし、人がくるのは予想外だった。

 しかし、俺の逃げ場はない。マンホールを下るにしても、蓋が開いていればすぐにバレる。

 袋のネズミと化した俺は端っこで縮まるしかない。

 人生で一番緊張した瞬間かもしれない。

「あれ?」

 ロッカーにある写真を回収したアイドルである芽紅。

「なんで、一条くんがここに?」

 芽紅は目を見開き、俺を見やる。

「いや、ええと」

「どうして一条くんがここに」

「なんで芽紅がここに」

「「なんでここにいるんだ!?」」

 俺は顔色を変えずにカメラを後ろのマンホールに落とす。

 状況を知っているメガネが回収するだろう。

「何か、落としたよ?」

「ああ。大丈夫だ」

「芽紅はね。忘れ物をとりにきたんだよ?」

 マズい。正統な理由で来たのか。

 俺にはそんな覚悟はない。

「そうか。そんなに大事な写真なんだな」

「っ!? え、えっと。たははは。見た?」

 乾いた笑みを浮かべる芽紅。


「いいや」

 俺はごくりと生唾を呑み込む。

「芽紅、俺のことは黙っていてくれないか?」

「え。うん、いいけど――」

 よし。こいつがチョロくて助かった。

「――でも、芽紅と付き合って?」

「付き合う?」

「あ、違うの。今度、食事をしたいのど」

「え。ああ。おごるくらいならいいけ

 それでこの問題が収まるなら問題ない。

「……うん。そうだね。おごって」

 怪訝そうな顔色を浮かべる芽紅。

「これは二人だけのナイショなの!」

「あ、ああ……。分かった」

 芽紅はそう言い足早に更衣室から去る。

 さっさとずらかるか。

 落としたカメラは無事回収し、メガネと合流する。


 その晩、共同スペースにて。

「カメラは僕が解析します」

 そう言ってUSBケーブルでパソコンとつなぐ。

 解析が始まると、みんなゴクリと生唾を呑み込む。

 女子の裸がそんなに見たいのか?

 とある疑問を感じてしまった。

「イータ、イプシロン、ゼータ」

 メガネが不思議なことを口走り、キーボードを打鍵だけんする。

「シータぷらす三。HHHV解析完了。映像、でます」

 カメラの画像がJPEG形式で再生される。

「なんだ!? これは!?」

 カメラの撮影していた位置が悪かったのか、女子生徒はまったく映っていない。

「ハゲ。お前は失敗した。しかし、その回収を、尻拭いを一条に渡した。これが意味することは……分かるな?」

 構成員の一人がそう投げかけると、ハゲは舌打ちをする。

「分かったよ。全権を一条に返上する。これでいいか?」

「一条さん。また僕を導いてください」

「ああ。さっそくだが、芽紅と接点が生まれた。よければ紹介できるようになるまで接触を続けようと思う」

「マジか……!」「あの芽紅ちゃんと!?」「めぐめぐにされたい!!」

「まずは俺が先行する。お前たちに伝えるメッセージがあれば随時受け付ける」

「さすが一条!」

 黄色い声援が上がり、場は盛り上がる。

「で。本当のところはどうなんですか? 一条さん」

 メガネがくいっとメガネを持ち上げて真剣な眼差しを向けてくる。

「ああ。回収現場を見られた。しかし、あちらにも不都合なことがあったらしい」

「不都合?」

「それを探ってくる。こちらの非を認めずにいればごまかせそうだ」

「なるほど。一条さんの手腕、見定めさせて頂きます」

「ふ。お前もトップを狙っているのかよ?」

「民衆は絶えず、強い指導者を求めるのですよ」

「……」

 その言葉の意味が分からずに俺は自分の部屋に戻る。

 しかし、

「写真か。なんの写真だ?」

 芽紅がその写真をおおやけに出来ない以上、大きな爆弾なのだろう。

 前に見たときは、カメラを持っていたな。浴室に。

 もしかして――。

 バラバラになっていたパズルが組み立てていくように俺は一つの答えを見つける。

「そういうことか。なら誰にも言えないな」

 俺の責任追及される前に俺が攻撃をする。

 強きでいかなければ、この事態を突破できまい。

 しかし、なぜ俺のことを秘密にしたのか。

 芽紅の名声なら俺なんてすぐに籠絡ろうらくできただろうに。

 Uチューブで芽紅のアイドル姿を見やる。

 そうか。彼女はアイドルだ。

 少しでも煙りの立たない方法を選ぶしかないんだ。

 だから俺が明らかに不利な状況でも、自分の秘密を隠したい。見せたくない。

 そういったところか。

 芽紅にも弱点がある、ということだ。

 それにしても今回のMIZUGIみずぎと言い、前回のタッチダウンと言い、みんなに女子の裸を見せていないのに、ホッとしている自分がいる。

 この気持ちはなんだ?

 分からない。

 でも俺は指導者だ。

 民衆の意見を反映させる義務がある。

 彼らが望むなら俺は指導者になる。

 それだけの覚悟を持って行っている。

 俺はこ〇亀の両津〇吉のように生きる。

 そのためならなんでもする。

 そう決めたのだ。

 みんなが笑えればそれでいい。

 俺は民衆を守る義務がある。

「ちょっといいか?」

 ゴリラが俺の部屋を訊ねてくる。

「なんだ?」

「次回の作戦はいつになる?」

「いや。まだ決めていないが。どうした?」

 俺は怪訝な表情を浮かべてゴリラに問う。

「みんなお前の手腕に期待している。今度こそ、女とお近づきなれるってな」

「それは無理だな。今の戦力ではおおとり一人落とせない」

 物理ではダメなのだ。

 しっかりと腰を据えて見届ける必要がある。

 あちらにはなんでも切ってしまう鴻朱鳥あすかがいる。

 こちらの武装では歯が立たない。

 どうしたものか。

 復職したのはいいが、早めに次の作戦を立てないと、民衆からの怒りを買ってしまう。

 手早く結果を出したいが、手早いほどミスも多くなる。それに頭の良い民衆にはすぐにバレる。

 ――票盗りのためのパフォーマンスだと。

 それが分かっているから、すぐには行動できない。

「それでもいい。おいらたちは強い指導者を求めている」

「メガネにも言われたな。なるほど。民衆はそんなものか……」

 単純というか、アホというべきなのか。

 そんな眉唾な作戦では結果は出せないのに。

 民衆の支持を維持するというのも難しいな。

「俺は俺の方法で導く。しばらく待たせてやれ」

 ゴリラにそう言うと、うほっといいながら引き下がる。

 パソコンを片手に、俺は次の作戦を考える。

 芽紅と会う。

 その時に何か仕掛けるか?

 そうだな。

 それもありだろう。

 隠しカメラと隠しマイクを用意するか。

 一応、作戦の概要を立てるか。

 今次作戦において、日常が物を言うだろう。

 それでもいい。

 彼らにとっては物珍しいものになる。

 芽紅にはありがたいチャンスだと思う。

 しかし、用意は周到に。

 大胆かつ繊細に事を進める必要があるか。

 必要なものを書き出し、パソコンで調べていく。

 データを作り、プレゼンテーションの資料を作る。

 メガネを呼びつけ、道具の再チェックを行う。

 その日のうちに調べておくものは調べ、次の作戦を立案する。

 オペレーション・木馬もくば

 俺ならできる。俺たちならできる。

「今次作戦はオペレーション・木馬もくば。君たちは待機してもらう。だが、電子班と狙撃班には待機してもらう。狙う場所は――」

「なるほど、いい作戦だ。オレも俄然興味が湧いてきた」

 ハゲがそう言うと周囲の男子生徒は盛り上がりを見せる。

 俺の手腕で、ハゲ以上の精密さで作戦が実行される。

 その喜びに飢えている連中だ。

 まあ、なんとかなるだろう。

「しかし、この作戦には電子班のスピーディーな対応が求められる。どうだ? メガネ」

「やってやりますよ。僕にも意地がありますからね」

 胸を張ってそう言うメガネ。

 今度こそ、失敗しない。得られるものは少ないが、彼らには刺激になるだろう。

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