第4話 プール
《みんなー! 盛り上がっているぅっ!?》
芽紅が体育館の壇上でマイクを持って声を張り上げる。
客席にはたくさんの生徒が集まり、芽紅の歌やダンスに釘付けにされていく。
芽紅のあざと可愛い姿と声の虜になる者は少なくない。
ハゲやゴリラもその一角と言えよう。
だが、俺は芽紅になびかない。
なぜならそれが虚像であると知っているからだ。
ワンフレーズ歌い終えた芽紅はキラキラして見えるが、それは努力の証というだけ。
次の激しいアップテンポにつられてファンが大立ち回り。
バックダンサーの子も可愛らしく、中央に立つ芽紅を際立たせている。
なるほど、完成されたアイドルというもの。
さすが現役女子高生アイドル
その才能に溺れることなく、努力をし着実に実績と信頼を勝ち取った――勝ち組の顔をしている。
自信に満ちた顔。キレのある動き。
すごいな。
なんで昨日は俺と一緒に帰ったのか、不思議なくらいだ。
いつも一緒にいる夏音は客席から
最後の曲を歌い終えたあと、熱気冷めやらぬ中、握手会が始まる。
総勢百名を超えるファンが集まっていく。
「やれやれ。なんてこった」
「ふん。今更、こんなのを見せてどうするというんだ。一条」
ハゲは苛立った顔つきで睨んでくる。
「いや、いい」
分からないのなら、俺は引き下がるしかない。
作戦
この後すぐに始まる体育の授業で、その名声をつかもうとするハゲ。
まとめ上げる力はあると思う。だが、実力が伴っていない。
やることなすこと、穴だらけの提案でしかない。
そして構成員はそれを理解していない。
☆★☆
男子更衣室で着替える俺たち。
むさ苦しい顔ぶれがあり、みんな筋肉をもりもりとつけている。
「しかし、ハゲの旦那。これでうまくいくんすかね?」
「あたり前だ。オレの計画に失敗はない」
「だったら、どうやって回収するんだ?」
「っ! だ、誰かに行かせればよい。お前はそんなこと考えるな」
「なら、俺が行こう」
「一条!? どういうことだ?」
混乱した様子で訊ねてくるハゲ。
「俺にとって友達がいなくなるのは苦痛でね」
「な、何を!?」
「メガネ。準備はできているか?」
「はい。でも無茶ですよ! こんなの!」
「は。てめーらはオレ様の作戦に介入する気満々だったってわけだ」
ハゲが悔しそうに顔を歪める。
「そういうことだ。安心して休んでいろ」
「……ちっ。分かったよ」
舌打ちをし、ハゲは諦めたように嘆息混じりのため息を吐く。
更衣室から出るとプールサイドにはスク水を着た女子たちがいる。
この高校の女子は可愛いモブが多いことで有名だが、男子はあまり格好良くはない。
まるでライオンの檻に放り込まれた肉と言えよう。
男子生徒のいやらしい目の前には女子も顔色を悪くする。
「なんで水泳なんてあるのよ」
「本当よ。本当」
「いやらしい」
俺は顔色一つ変えずにプールを見やる。
男子生徒のバカどもは自分の格好いいところを見せようと泳ぎを見せる。
先生からの注意喚起が終わると、男子どもはプールを端から端まで泳いで見せる。
その早さを競い、女子にアピールする――その姿を見せつけていく。
俺はプールの端でチャプチャプと浮くだけだった。
しかし、
「そそりますね。女子のスク水」
身体のラインが浮き出た紺色の水着。胸の大きさやお尻、くびれなど。
男子にとっては垂涎ものの姿をしている。少しぽっちゃりした子もいるが、それはそれでいける。
髪を結っている子も多く、そのうなじが綺麗に見える。
だが残念なことに鎖骨のラインが見えない。
俺にとっては六十点の出来映えだ。
それでもハゲたちは浮かれた様子で泳いでいる。
オスとしてメスにアピールしたいのだ。
その様は野生のチンパンジーと変わらん。
それでいいのか?
我々人類は野生の動物は違う。違うからこそ、前へ進める。
進化の入り口を経て、俺たちは新たな種へと変貌したのではないのか?
叫ぶ男ども。それを見てケラケラと笑う女子。
芽紅と夏音は男子生徒には目もくれず、普通に泳いでいる。
わいわいと賑やかにプールを楽しむ女子。
必死で笑いをとりにいったり、全力投球する男子。
この差はなんだ。
まるで分かっていないようだ。
プールごときで気持ちが変わるなら、最初から惚れている。
彼女らの線引きは初対面から始まっている。
俺たちに選ぶ権利はない。
彼女らの中ではもう決まっているのだ。
無駄なのだ。人類が進化してもなお、成長しない。
武器や道具、電子機器は成長していくが、人の感情や心は置いてけぼりになる。
なぜこんなことになったのかは分からないが、本能が、煩悩が生き続けている。
神は二千年前に人の煩悩を滅し、人を愛することを説いたが、それでも人は変わらなかった。
変わるべきだったのに、変えることはできなかった。
進化していない。
何も変わらないのだ。
現実の前に理想はただの夢でしかない。
四人の女子がボールを持ってきて、男子に混じり遊び始める。
「一条クンもまじらない?」
「俺は……」
ここで選択をミスれば男子生徒からの批判を浴びる。
だが、これが女の子とお近づきになるチャンスかもしれない。
「分かった。行く」
俺は冬木の手をとり、ボール遊びに付き合うことにした。
「はい。一条クン!」
「ああ」
俺はバレーと同じ要領でボールを上げる。
水面についたら負けらしい。
「一条クン、昨日はどうだったのかい?」
冬木がウインクをしてくる。
「どういう意味だ?」
顔色一つ変えずに応じる俺。
「芽紅ちゃんと夏音ちゃんから聞いているよ。一緒に帰ったんだってね」
「ああ。そうだな」
淡々と応じると
「それってキミ的にはどうなのさ?」
「どう、とは?」
「やっぱりお近づきになりたい?」
不適な笑みを浮かべてこちらを見やる
「それはどうかな?」
そう言ってスパイクを打ち込む俺。
「あーん! ひっどーい!」
プールの授業が終わり、メガネのサポートを受けて俺はマンホールの中に潜り混む。
『一・三・一、APUセット。校内電力二十パーセント。地下勢力圏監視開始。いける』
「了解。これより任務開始する」
俺は地下を歩きだす。
足下に何かいた。
よく見るとネズミだ。
不快感をおくびも出さずに俺は女子更衣室の真下へと向かう。
排水用のマンホールが一個、女子更衣室にはある。
授業を終えたあとなら女子もいない。
ネズミやGの存在を確認したが、あくまでも冷静沈着な俺。
梯子を見つけると頭にあるライトを照らし、かけあがる。
この先には更衣室がある。
設置したカメラを回収すれば俺の任務は終わる。
それだけの簡単なお仕事だ。
しかし、スク水の着替えを撮影しようなどと、業が深いな。
さすがハゲのやることだ。
バレたときの危険性は無視か。
部屋の奥、端っこにあるマンホールを開けると日差しがまぶしい。
◆◇◆
あれ? ない。
「どうしたのかな? 芽紅ちゃん」
「ん。更衣室に忘れものしちゃった」
「私もついていこうかな?」
夏音ちゃんは足を止めて訊ねてくる。
「いいよ。すぐに戻るから」
芽紅はうんうんと頷き、女子更衣室に向かって歩きだす。
あれは芽紅にとって大事なものなの。
誰にもバレたくない。
秘密の写真。
芽紅にとって活動する原動力になる写真。
それがないとどうにも落ち着かない。
足早に更衣室に向かう。
「良かった。まだ空いているみたい」
先生が鍵を閉め忘れたのか、更衣室のドアは軽い力で開く。
先ほど使っていた奥のロッカーを目指す。
陰に何かいる。
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