第2話 ヒロインたち

 女子寮の通路にはいくつかの柱が並んでいる。

 その柱に隠れながら、アサルトライフルを放つ。

 銃弾と銃弾がすれ違う。

「男子のバカどもがっ!」

「ついにやってきたか!」

 武装した女子たちが反抗作戦を企てていたのだ。

「B班どうだ!?」

 インカムに向かって叫ぶ。

『こちらB班、敵歩兵と会敵。コードネームはおおとり朱鳥あすか。くりかえす。鴻朱鳥』

 黒髪ロング。

 翡翠色のキリッとした切れ長な瞳。

 巫女服を着ていて、腰には疾風丸しっぷうまるを帯刀している。

 その刀は銃弾を切り裂き、銃弾の全てを目で追える。

「狙撃班!」

『し、しかし……!』

「構わん! 撃て!」

『! 了解!』

 狙撃班のスナイパーライフルの引き金トリガーが引かれる。

 発射された弾丸は女子寮の壁を撃ち抜き、鴻の頭をかすめる。

『きかぬぞ!』

『あいつしゃがんで回避した!』

『バカな! 900mは離れているんだぞ。それも壁ごしの殺気が伝わるものか!』

「殺しはなしだ! 銃弾もセーブしてあるはずだ」

 銃弾といってもゴム弾で殺傷能力は低い。

『手榴弾を使う!』

「バカ、止めろ! おい」

『3、2、1』

 爆発音がスピーカーから聞こえてくる。

『これでやったぜ』

 ハゲが意気揚々と声を上げる。

『これで満足なのだな!』

 鴻の落ち着いた声が耳朶を打つ。

巫女神技バトルドレス不知火しらぬい。ここに見参』

 鴻は剣を構える。

『お主らははき違えておる!』

 斬撃の音が聞こえると、ハゲたちは後退を始める。

「鴻はB班が引き受けた。予定通りACD班は侵攻作戦を敢行する!」

 俺はアサルトライフルを撃ちながらも真っ直ぐに突き進む。

 冬木雪ふゆきゆき夏川夏なつかわなつ春風春しゅんぷうはる秋火あきほあきの四人を確認すると、俺はその銃弾をかわしながら中央ブロックへととりつく。

「小隊各個、続け!」

 そして風呂場の暖簾をくぐる。

 目標がここに侵入したのは確認済み。

 ちょうど彼女の風呂の時間も調べてある。

 ドローンが三機ついてくる。

 録画用のカメラも起動している。

 これであいつの裸体を目撃できる。

 この組織の目的である『女子とお近づきになる』も達成できる――はず。

 銃弾の雨をくぐり抜け、静かな更衣室にたどり着く。

 そこにいる女子の隙間をくぐり抜けて、露天風呂のある大きな風呂場が視界に入る。

「どこだ。どこにいる!?」

 俺は周囲を見渡すと、やっと見つけた。

 湿気ともやの中から一人の女子を見つけた。

西園寺さいおんじ夏音かのん!」

 学園一のアイドル――夏音。

 ドローンのカメラがそちらに向く。

 銀糸のようなつややかな長い髪に、翠色のくりくりとした瞳。

 女性らしい身体つき。

「へ? 一条いちじょうくん!?」

 ビックリしてタオルで隠す夏音。

 優しく怒ったことのない夏音。いつも笑顔で暖かく人を包みこむタイプだ。

 その前に出てくる女子が一人。

 金色の腰まである髪を流して、水色の瞳をした女の子。

 結城ゆうき芽紅めぐ

「芽紅。邪魔をするな」

「彼女の裸は写させないかな!」

 芽紅が気丈に振る舞う。

 夏音のお姉さん分。あざとく小悪魔な彼女にしては珍しい。

 裸体を隠そうともしない顔。

 幼女体系である芽紅であったが、その顔はほんのり赤い。

 恥ずかしいならさっさと離れればいいのに。

「あたしはここからどかないかな!」

『警備隊が動き始めた。撤退しろ!』

 ハゲが声を荒げる。

「ちっ。了解」

 俺はインカムに向かって叫ぶ。

「全軍、撤退せよ! 証拠は残すなよ!」

 俺はそう言ってお風呂場から立ち去る。

 一瞬とはいえ、夏音と芽紅の裸をカメラに収めた。

 目標をほぼ完遂したと言えよう。

「鮮やかな撤退ね」

 誰かがそう言い、俺たちは女子寮から離れていく。

 数分による電撃作戦。

 地下組織『ロスト』のメンバーによる女子寮潜入作戦は概ね成功した。

 男子寮に戻ると、俺たちは共同スペースに集まる。

「それで成果はあったんだろうな!」

 ハゲが苛立った顔でこちらを睨んでくる。

 彼はこの組織の長になるため、俺を敵視している。

「大丈夫です。今、ドローンのデータを回収しているところです」

 メガネがかたかたとパソコンを操作し、映像データを再生する。

 そこにはもやのかかった、湯気の存在が大きかった。

 夏音と芽紅の裸体は映ってはいるが肝心なところが隠れてしまっている。

「なんだ!? これは!!」

 ハゲが声を荒げる。

「これでは何の意味もないではないか!」

「この画像を解析することは可能か?」

「は、はい。してみます」

 メガネは驚いた様子でパソコンに向き直る。

「これでは次期副団長のオレが率いるしかないな」

 ハゲは鷹揚に顔を上げると、にたりと顔を歪める。

「今度はオレの作戦を決行する。知りたい奴らは残れ」

 ハゲがこちらを見つめると、にたりと笑みを浮かべる。

「現最高評議委員である一条健太けんたには退いてもらおう」

「分かった。いくぞ。メガネ」

葉加瀬はかせです」

 抑揚のない声で応じると、俺はメガネを引き連れて自分の部屋に戻る。


 俺の部屋に戻ると、同じくハゲに賛同しなかったものたちが帰ってくる。

「なんだ。お前たちは残らないのか?」

「ついていけませんよ。おれたちは捕まる訳にはいかないのですから」

「まあ、そうなるよな……」

 今回の作戦でも俺は誰も失うことなく撤退できた。

 だが、ハゲの立てた作戦ではどうなるか。

「それよりも画像解析はどうなっている?」

「そ、それが結城さんの手元に何やらカメラが」

「カメラ……?」

 なぜ風呂場でカメラなど持っているのか。

「ふむ。注意深く観察した方がいいかもな」

 女の子と仲良くなる、か。

 やり方を間違えている気がするが、俺には止めることはできない。

 男子たちの行き過ぎた運動に加担しているのも、俺が制御できれば問題ないはずだ。

 しかし、それで女子からの人気が下がっているのも問題ではあるだろう。

 俺はどうすればいい?

 好きな人もいない。大切な人もいない。

 みんなみたいに盛り上がることもできない。

 常に冷静沈着で恋などにうつつを抜かさない、優良児。

 そんなところか。

 先生からの評判も悪くない。

 それは勉強を頑張っているからに他ならない。

「分析はまた今度にしよう。今は休むときだ。メガネ」

「分かりました」

 パソコンを片付け始めるメガネ。

「しかし、どうするよ。今度はどんな作戦を立てるのだ?」

 ゴリラが目を細めて訊ねてくる。

 腹心を持つということはいいことなのだろうが。

「それはあいつの作戦次第だな」

 ハゲがちゃんとした作戦を立ててくれたのなら問題ないのだが。

「さて」

 俺はパソコンに向き直る。

 女子寮の見取り図に不備があった。

 一部改良してあった。

 それに鴻という不穏分子がいる。

 次の突入作戦時には現行の知識ではダメだ。

 狙撃銃ですら切り伏せる鴻。

 そのかっこよさから人気爆発中の女子生徒でもある。

 そんな彼女も恥じらいがあるはずだ。その顔を見てみたい。

「なら――」

 パソコンにデータを打ち込み始める。

 さて。次はどう攻めるか。

「さあ。見せてもらう。彼女らの力を」

 舌なめずりをし、作戦に必要な物資をリストアップしていく。

 これが終わったら勉強するか。

 六月も後半。

 そろそろ授業にプールが加わる予定か。

 無防備になった水着姿の彼女らを写真に収めるか?

 いや、それじゃあ、ありきたりすぎる。

 もっと別角度からの攻める方法を考えるべきだな。

 まあいい。

 結城芽紅。

 西園寺夏音。

 鴻朱鳥。

 なるほど。粒ぞろいなわけだ。

 高まる感情を抑え込み、作戦にミスがないか調べる。

 シュミレーション結果はD判定。

 まだ要素が足りないらしい。

 ……こうすれば!

 いかん。昔のクセが出てしまった。

 これでは血が流れる。

 再度、作戦の立案を試みる。

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