第11話 追放した人がヒロイン 承②

<アレン視点>


 また、一人になってしまった。

 あの時以来の、身を削がれるような喪失感。

 夜の海に放り出されたかのような、心細さ。


 新たに取った宿の一室。

 揺れるランプの明かりを見つめていると、過去の記憶が呼び覚まされてくる。



 12歳の時。

 ボクは王城に住み、母と姉、妹に囲まれて幸せに過ごしていた。


 その晩ボクは妹とかくれんぼをして、隠れたまま寝てしまった。

 起きた時にはすごく時間が経っていたと思う。

 そろそろ夕食かな、なんて思いながら。

 真っ暗なクローゼットを開けて外に出ると。

 そこには、真っ赤に染まった母と妹、姉がいた。


 床を歩くと足の裏にべっとりと血がついた。

 姉は両腕の肘から先が切り取られ、お腹を何か所も斬られていた。

 母はまだ8歳の妹に覆いかぶさって生き絶えていた。

 背中に何度も刺された痕があった。

 その母の犠牲も虚しく、その腕の中で、妹は胸を刺されて死んでいた。


 ボクは声も出せずに、茫然としていた。

 すると――もはやボクしかいないはずの屋敷に、複数の足音が聞こえた。



 ……それから先の記憶は曖昧だ。


 気づいたら、王都の宿にいた。

 どうやらボクは、逃げ出したらしい。

 鞄に母の宝石箱が入っていたから、中の宝石を換金して生活した。


 下手人は恐らく、兄弟の誰か。

 王が老齢になり、王位継承の話が現実味を帯びてきたことが発端だろう。

 彼らは自分が王になるために、平気で兄弟をその手にかける。

 今代の王、つまり父も、そのようにして王となったらしい。

 だというのに。

 ボクには、他人を蹴落とす、ましてや殺すなんてことはまるで考えられなかった。


 兄弟からしたら、いい的だったんだろう。

 母は第5夫人で、ボクは王位継承から程遠い。

 ボクらが狙われることなんて、ないだろうと思っていた。

 そんな安穏とした考えが、家族の死を招いた。


 犯人を探したいとか、復讐したいとか。

 そういう気持ちは湧かなかった。

 ただただ、悲しかった。

 家族を失ったことが。

 そして、悔しかった。

 自分の無力さと、愚かさが。


 それからしばらくは、宿で引きこもって暮らした。

 事件がどのように処理されているのか分からない以上、顔を晒すのは慎重になるべきだと思ったからだ。


 そして1年ほどが過ぎてから。

 ほとぼりが冷めたのを見計らって、冒険者になった。

 もう二度と、自分の無力さに嘆きたくないと思ったから。

 理不尽で残酷な運命を、自分の力で変えられるようになりたかったから。

 そのために、冒険者は収入と鍛錬を両立できる、ちょうどいい仕事だった。


 それから、2年ほど。

 ずっとソロで活動していた。

 剣士としてのスキルが熟練し、少しだけ自分に自信が持てたある日。


 朝、目覚めてすぐに、感覚の変化を感じた。

 これまでよりもさらに力強く精密に、自分の身体を操作できるようになっていた。


 最初は何が起こったのかわからなかった。

 ただ、これまで使えなかったはずの回復魔法が、なぜか使えるような気がした。

 詠唱すると手の平から淡い光が出て、ちゃんと使えた。

 さらにクエストをこなしていたら、強力な剣技、魔法も覚えた。

 

 今代の勇者が死んだという噂を聞いたのは、そんな時だ。

 冒険者ギルドで、王が勇者を探していると騒ぎになっていた。

 ここまで来たら、さすがに気づく。

 ボクは勇者になっていたのだと。


 嬉しかった。

 これを極めれば、もう自分の無力を呪うことはなくなると思った。


 それから2年ほど。

 ひたすら修行して、多くのスキルを手に入れた。

 そこでボクはようやく、力を追い求めることに区切りをつけられた。


 そして、考えた。

 いったいボクはこれから、何がしたいのか。


 勇者を名乗り出て、王宮に戻るのは嫌だった。

 あの場所には、悲しみしかない。

 自分の中で、とうに切り捨てた場所だ。


 でも、やりたいことがあるわけでもない。

 剣士と偽って冒険者をしながら。

 ずっと、胸にぽっかりと穴があいたような気分で暮らしていた。


 そんな時。

 冒険者ギルドで、あるパーティーが絡まれているのを見た。

 女の子3人のパーティー。

 そのたどたどしい雰囲気から、一目で駆け出しと分かる。

 そして不運なことに、3人とも美人だ。

 こんなのが粗野な冒険者の巣窟にいたら、まぁ粉をかけられるだろうな、と思った。


「はっ。

 女のくせに冒険者なんか、夢見てんじゃねえよ。

 お前らなんざゴブリンの相手にもなりゃしねえよ。

 もっともベッドの上でなら、俺様が相手してやってもいいけどなぁ」


 絡んでいる男はそう言いながら、ブロンドの髪の女の子に手を伸ばした。

 女の子は委縮してしまって、身体を動かすこともできないようだった。

 周りの冒険者は何も言わない。

 男が怖いのか、男の行動に同調しているのか。


「やめろ」


 気づけばボクは飛び出して、男の腕をつかんでいた。


「ああん?」


 男は鬱陶しそうに俺を見る。


「お前、誰に喧嘩売ってんのか、わかってんだろうなぁ?」


 男は凶悪な顔で、ボクを睨んだ。

 その顔は、このギルドでは名の知れた冒険者だった。

 そして、その素行の悪さでも有名。

 しかし冒険者は強さこそが価値基準だ。

 道徳心や良識など、冒険者としての格を測る物差しにはなりえない。

 彼は、この冒険者ギルドにおいては、上位と認められた存在だった。


「……知らないよ、あなたのことなんて」


「そうかよ、じゃあ運が悪かったなぁ!」


 男が殴りかかってきた。

 相当な力が込められている。

 低レベルな冒険者なら、死んでもおかしくない威力だ。

 でも。


「なに!?」


 今のボクには通じない。

 強さこそが物差しの世界で。

 ボクの量りは、その場の誰よりも上だった。

 素通りした右腕を掴み、そのまま背負って投げ、床に叩きつける。


「がはっ!」


 ボクは剣を抜いて、男の首に突きつけた。


「運が悪かったね。

 あの子達は、ボクの女だ。

 次に手を出したら、容赦しない。

 ……いいかい?」


 男は悔しそうに頷いた。

 力の差を感じ取ったのか、それ以上の抵抗はなかった。


「それじゃ、この件はおしまいだね」


 パンと手をたたいて、一件落着風のしぐさ。


「じゃ、行こうか」


 振り返って、女の子たちを見る。

 通じてくれと祈りながら。

 顔をしかめてウインクすると、彼女達はのこのこと、言われるがままについてきた。


 そうしてギルドの外に出てから、ボクは大きく息を吐いた。


「ごめんね。

 ああでも言わないと、また同じことになると思ってさ。

 ボクに合わせて、ついてきてくれてありがとう。

 もう自由だから、好きにしていいよ。

 でも、もうちょっと隙を見せない方がいいと思うけどね。

 それじゃ、バイバイ」


 そう言って、立ち去ろうとすると。


「待ってください!」


 ブロンドの髪の女の子に呼び止められた。


「さっきは、ありがとうございました。

 私、怖くって、固まっちゃって。

 何もできなかった。

 あの、できたら何かお礼を……」


「いや、気を使わなくて大丈夫だよ。

 君たち、まだ駆け出しの冒険者でしょ。

 先輩が後輩を助けるなんて、当たり前のことだから」


 そう言って、再度立ち去ろうとしたが。


「待って!」


 今度は、赤髪の子に呼び止められた。


「じゃあ、先輩、いろいろ教えてよ!

 晩御飯おごるから!

 あなたの言う通り私達まだ駆け出しで、知らないことばっかりなんだ」


 赤髪の子が、必死な様子で訴える。

 正直、求められるなら教えるのはやぶさかじゃない。

 この危なっかしい彼女達を、このまま放りだすのはやはり抵抗があったのだ。


 ボクは、彼女の提案を受け入れた。

 それから、テーブルを囲っていろいろと話した。

 その話の流れで一緒にクエストを行うことになり。

 なしくずしのように、パーティーを組むことになった。


 自分がなんでそんなことをしたのかはわからない。

 特に目標もなく、これからどうしたいのか、探そうと思っていた矢先だった。

 ほとんどの部分は気まぐれで。

 他の理由があるとすれば……エミリアの顔がほんの少しだけ、妹に似ていたことだろうか。


 ともかくそのようにして、彼女達とパーティーを組んだ。

 しかし彼女達と冒険しているうちに、ボクはなんだか満たされるのを感じていた。

 最初はその理由が分からなかったけど、最近になって気づいた。

 ボクは、あの日からずっと、家族を求めていたんだ。

 ぽっかりとあいた胸の穴が、彼女達によって埋められていくのを感じていた。

 その感覚は甘く、暖かく、心地いい。


 幸せだった。

 この生活が、ずっと続けばいいと思っていた。


 彼女達には、ボクのジョブは剣士だと伝えていた。

 ボクが勇者だと知れたら、危害が及ぶ危険性があるからだ。


 王――ボクの兄だが――は自らの護衛として、勇者を求めている。

 ボクが勇者だと判明したら、事態がどう転ぶか分からない。

 ボクの家族を殺したのが彼だとしたら、恨む理由があるボクを危険に思い、排除しようとするかもしれない。

 ボクの兄弟は彼以外全て死んだのだ。

 唯一の生き残りを、好ましく思うはずもない。

 ボクを殺さないにしても、ボクの手綱として、彼女達の命を握ることだって十分にありうることなのだ。


 王道とはそういうものと、ボク達は教育されてきた。

 ボクは話半分にしか聞いてなかったけど。

 そのせいで、思い知ることになった。

 自分の兄弟を皆殺しにできる人間が、他人の命をどう扱うかなんて、想像するのは難しくない。


 だから、彼女達にも、勇者であることは秘密にしていた。

 一度だけ勇者の力を使ったことがあったけど、気づかれた素振りはなかったはず。

 このままやっていけると思っていた。



 ……だけど結局。

 ボクは追放されてしまった。

 また、一人に戻ってしまった。


「もう、何もやる気が起きない……」


 ボクはベッドにうつぶせになり、ただ時が過ぎるのに身を任せた。

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