第10話 追放した人がヒロイン 承①

<エミリア視点>


 ……本当に、良かったのだろうか。

 彼と別れてから、私の心の中は混沌としていた。


 今日、アレンを追放した。

 それはパーティーメンバーであるシャーロット、ミラと、相談して決めたことだった。


 立案者は私。

 彼について、私はずっとモヤモヤとしたものをかかえていた。

 1か月ほど前に、それを彼女達にも話した。

 すると、彼女達も同じ気持ちだったのだ。


 3人で何度も話しあい、解決策を探った。

 いろいろと考えたが、結局はこの結論になってしまった。

 だからこのことは、全員が納得の上で出した答えだった。


 ……だが。

 いざ実行してみると、とてもじゃないが、穏やかな気持ちにはなれそうにない。

 罪悪感と不安にさいなまされ、ベッドの上から動く気がしない。

 他の二人も、自室から出てこない所を見ると、同様の状態なのだろう。


「はぁ……」


 ゴロリと寝返りをうち、ため息をつく。

 ランプの灯が不安定に揺れる。

 それはまるで、私の心を表しているようだった。


 彼に感じるモヤモヤとしたものの正体。

 ……それは、彼が強すぎるということだった。


 彼のジョブは、勇者。

 国に一人しかいない、最強のジョブだ。

 だが彼は、それを隠して生きている。


 これまでは、勇者のジョブを宿した人間は国に召し抱えられ、王宮で優雅に暮らすのが常だった。

 しかし10年ほど前にその代の勇者が死に、以降は勇者が現れないままになっている。


 歴史上、これほど長く勇者が不在だったことはなかった。

 勇者が死ぬと、必ず別の誰かが勇者というジョブを宿してきたのだ。

 これまでの勇者も、もとは別のジョブだった者が大半だ。

 どういう原理かは分からない。

 ただ、誠実で優しい者が選ばれるとされている。


 誰もが、勇者を探していた。

 占星術師によって、勇者はすでにこの国にいるという占いが出ていた。

 勇者を連れてきた者には褒美を与えると、王宮から触れが出された。


 ジョブというのは、思春期頃に全ての人間に発現する。

 身体の奥深くに刻まれているかのように、ある時を過ぎると自然に最下級のスキルの使い方がわかるようになるのだ。

 そしてそのスキルを以て、ジョブを判定する。

 スキルが二段切りなら剣士、正拳突きなら格闘家、ヒールなら僧侶という具合に。


 しかし、勇者だけはジョブを持った後でも発現しうるため、その前のジョブのスキルも使用できる。

 なのでジョブの証明に前職のスキルを使用すれば、簡単に調査を躱すことはできる。

 本人が素性を隠す限り、見つけられないのだ。


 私達はずっと、彼の職業を剣士だと思っていた。

 彼のジョブを知ったのは、あるきっかけがあってから。

 ……彼がその秘密よりも、私達の命を大切にしてくれたからだ。


 3か月ほど前のクエストで、予想外の強敵に遭遇してしまった。

 レッドドラゴン。

 ギルドの格付けではAランクに相当する。

 Cランクの私達から見れば、遥かに格上の相手。

 あっという間に私達はやられ、気絶した。

 しかし私の意識は、ギリギリで保っていた。


 そして見た。

 倒れ伏すパーティーの中で。

 彼だけが起き上がり、その剣でドラゴンを切り伏せるのを。

 さらに彼は回復魔法を唱え、私たちの傷を治した。

 それは、彼が名乗ったジョブ、剣士では到底行えない所業。

 いや、勇者以外のどんなジョブでも、ドラゴンを屠る剣戟と、広域の回復魔法の二つを扱うことなど不可能だ。


 私は、彼が勇者だと確信した。

 しかしなぜ、彼は素性を隠すのだろうか。

 勇者だと表明すれば、一介の冒険者では考えられないような暮らしができるのに。

 爵位を与えられ、煌びやかな王都に招かれ、その能力に即した待遇を享受することができる。

 現に、これまでの勇者は全て発現すると同時に、王に召し抱えられたというのに。


 それからというもの。

 私は、知ってしまった秘密を持て余した。

 もちろん懸賞金欲しさに部外者に彼の秘密を話すなんて、ありえない。

 だが、ミラとシャーロットにだけは、相談したかった。


 私は耐えきれなくなり、宿の部屋でそれとなく話を振った。

 すると、なんと彼女達も同じ光景を目撃していたことが分かった。

 秘密を共有できる相手ができてホッとした。

 3人で話し合い、結局、このまま知らないフリをしようということになった。


 彼と行動を共にするのは、とても楽しかったし、とても勉強になった。

 彼に秘密を打ち明けてしまったら、それが壊れてしまうかもしれない。

 そのことが、恐ろしかった。


 私達が曲がりなりにも冒険者としてやっていけるのは、ほぼ全てと言っていいくらい彼のおかげなのだ。

 ダンジョンの攻略に必要な物を教えてくれたのも彼。

 魔物との戦い方を教えてくれたのも彼。

 普通なら死んでいるはずの戦闘で助けてくれたのも、彼だ。

 私達は、彼に返しきれないほどの恩がある。



 ――彼が私達のパーティーに加わったのは、1年ほど前。

 私達が、田舎の村から出てきたばかりの頃。

 ガラの悪い先輩冒険者に絡まれていたところを、助けてくれたのがきっかけだ。

 彼はそれから、私たちに目をかけてくれるようになって。

 ダメ元でパーティーに誘ったら、オーケーをもらえた。


 私達を助けてくれたのは、単純に彼の優しさだろう。

 困っている人を見たら、手を差し伸べるのにためらいなどない人なのだ。

 しかし、だとしたら。

 彼は今、私たちのせいで、身動きが取れなくなっているのではないか。

 私達がふがいないせいで、彼を縛っているのではないか。

 アレンが勇者だと知ってしまってから、そんな考えが、頭から離れなくなった。


 本当なら、彼に聞きたかった。

 なぜ、勇者であることを黙っているの? と。

 しかし、それはできなかった。


 彼がそれを隠している理由が、見当もつかないからだ。

 彼を勇者だと知っている者がいることで、それが彼にとって致命的な不都合をもたらさないとも限らない。

 だから、私達が知っているという事実を、彼に知られるわけにはいかないのだ。

 そうなると、彼に質問することもできなくなる。


 最初はそんなことは気にせず過ごしていた。

 しかし勇者である彼を縛り付けておくことに、徐々に耐えられなくなっていった。


 3か月、3人で悶々と悩んだ。

 その結果が、あの追放だ。

 私達への情が楔になっている以上、それを断ち切ることしか、彼を自由にする選択肢が浮かばなかった。


「これで、よかったはず……よね?」


 ぽつりとこぼした言葉。

 ゆらゆらと揺れるランプの明かりだけが、それを聞いていた。


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