第2話 追放したリーダーが、病気で長くない 承

 俺は、日が暮れるまでその場に座り込んでいた。


 いったい、何がダメだったのか。

 なんでこんなことになってしまったのか。

 考えても、まるで答えは浮かばない。

 ただ悲しみだけが、胸中を支配していた。


 宿に戻ると、すでにあいつらはいなかった。

 俺の荷物の上に、クエスト報酬の分け前だけが置かれていた。


 何もする気が起きなかった。

 ベッドに横たわったまま、1日が過ぎた。

 一生の仲間だと思った彼らのことを、考え続けた。


 あんなことを言うようなやつらじゃなかった。

 楽しかった思い出は、胸の中にいくらでも湧いてくる。


 エルヴィンと兄貴の稽古の審判役をしたり。

 サラの買い物に付き合って、甘いものを一緒に食べたり。

 ナターシャの魔術を見せてもらったり。


 ほんのしばらく前までは、本当に楽しかったんだ。

 なのに、なぜあんなことになったんだ。


 考えても、答えは出ない。

 自己憐憫に浸るだけの思考。

 何ら生産性のない、堂々巡り。

 それに囚われて逃れられず。

 俺はベッドの上で、時間が流れるのに身を任せていた。


 しかし。

 部屋にこもって3日が過ぎた時。

 俺の中に、ふつふつと湧き上がる感情があった。

 ――それは、怒りだ。


 結局、あいつらとは、何も分かりあえていなかったんだ。

 あいつらにとって、俺はいてもいなくても、どうでもいい存在だった。

 あいつらがくれた、大切な言葉や思い出。

 それらは全部、嘘っぱちだったんだ。


 兄貴は、俺が弟だから。

 他の奴らは、俺が兄貴の弟だから。

 俺に優しくしていた。

 でも腹の中ではずっと、役立たずだと罵ってやがったんだ。


「俺の思いを、踏みにじりやがって……!」


 許せない。

 あいつらは、クソだ。

 俺の能力を理解しようともせず、自分の力を過信する愚か者ども。


「せいぜい、思い知るがいいさ」


 これだけは確信できる。

 俺が抜けたら、あのパーティーはダメだ。

 剣聖の兄貴がいるが、他のやつらは十把一絡げの職業でしかない。

 A級のスキル持ちは兄貴だけ。

 他はせいぜい、B級のスキルしかない連中だ。


 やつらは、間違いなくランクを下げるだろう。

 そして俺に泣きついてくるかもしれない。

 だが俺は、もうあのパーティーには入らない。

 せいぜい、俺を追放したことを後悔するがいい。


 ……いや。

 それだけじゃあ、気が晴れない。

 俺をここまでコケにしたアイツらには、相応の報いを与えてやりたい。

 俺が今感じている痛みを、少しでもアイツらにも味わわせてやりたい。


 そのためには、どうしたらいいか。

 簡単だ。

 俺自身の価値を、さらに高めればいい。

 俺が強くなればなるほど、あいつらにとっては失ったものが大きくなる。


 アイツらなんか、一人でまとめて倒せるくらい強くなって。

 お願いだからパーティーに戻ってくれ、と泣きついてきたアイツらに言い放つ。


「お前ら、役に立たないからいらない」と。


 そうなればやつらも、俺が味わった痛みが少しは分かるだろう。

 それを実現するためなら、なんだってやってやる。


 血が出るほどに強く拳を握り。

 その日。

 俺はようやく、部屋から出た。



 -----



 それから、俺は死ぬほど努力した。

 ひたすらにクエストをこなし、自己の研鑽に努めた。


 新たなパーティーを探すことはしなかった。

 アイツらが泣きついてきた時に、断る理由ができてしまってはダメなのだ。

 断るのは純然たる俺の意志だと、示せるようにしなければならない。


 だから、一人でダンジョンに潜り続けた。

 一歩間違えたら死んでいたことなんて、いくらでもあった。

 安全マージンなんて取ってる暇はない。

 他人より強くなろうと思うなら、他人と違うことをしなければならない。

 一人だと危険は増すが、得られる経験値が増える。

 毎日毎日、自分の限界に挑戦するような日々を過ごした。


 思えば、自暴自棄になってたのかもしれない。

 信頼していた仲間に裏切られたショックが強すぎて。

 自分に言い訳が効く自殺の方法を、ただ試していただけだったのかもしれない。


 だが。

 結果として、俺は生き残った。


 幾多の死線をくぐり抜けて。

 ついに、Sランクのダンジョンを踏破した。

 俺はこの街でただ一人の、Sランク冒険者となった。


 街を歩けばサインをねだられる。

 ギルドからも頼りにされる。

 二つ名なんてものまで付けられた。

「因果律の支配者」アルフォンス=ロックバード。


 あれから一年が過ぎた。

 俺は、ここまで来た。

 やつらはいったい何をしているのだろうか。


 Sランク冒険者になったことで、ようやく少し気持ちが落ち着いた。

 そして、見ないようにしていたやつらの情報を、探ってみることにした。


 やつらは案の定、ランクを下げていた。

 俺がいた頃はAランクだったのに、今ではBランクだ。

 俺が抜けてからはクエストがこなせなくなり、今ではBランクでさえ達成できないこともあるらしい。

 ……はっ、ざまぁない。

 やっぱり俺の言った通りだ。

 やっぱり俺が、正しかった。


 まさに、俺が思い描いた通りの筋書きだ。

 俺がSランクになったことは、街の誰もが知っている。

 あとは、やつらが泣きついてくるのを待つだけだ。

 そのうち訪ねてくるに違いない。


 そう思っていたが、その日はなかなか訪れなかった。

 ただいたずらに、時間だけが過ぎていく。

 やつらは相変わらず、Bランクのクエスト相手にてこずっている。


 ……もういいか。

 あんな低レベルなやつらは放っておいて、もっと高い次元で活動を開始するか。

 王都に移住して、Sランクのパーティーに加入して。

 まだ見ぬ高レベルのダンジョンの攻略を目指すか。


 本来、それが正しいだろう。

 俺がいなくなって、やつらが落ちぶれたのは間違いない。

 これを以て、俺の復讐はお終いにする。


 ……だが、しかし。

 やはりそれでは、俺の渇きは満たされない。

 俺は、奴らの無様な姿を見たいんだ。

 俺がいなくなって落ちぶれたその様を、味わいたいんだ。


 倫理にもとる行為だと、自覚している。

 だが、それをしないと、あの日の俺が報われない。


 俺はやつらの行きつけの酒場で待つことにした。

 無論ばれないように、変装して。

 やつらの状況をこの目で見て、満足したら変装を解き、無様なあいつらを嗤ってやる。


 そう思い、酒場で待ち続けたところ。

 数日ののち。

 その店に、やつらがやってきた。




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