第3話 追放したリーダーが、病気で長くない 転
酒場の入り口から入ってきた、4人組。
それは忘れられるはずもない、見慣れた顔ぶれだった。
俺は全身を硬直させ、やつらの会話に聞き耳を立てる。
「あー、今日も疲れたなぁ」
「もう、疲れたのはエルヴィンが道を間違えたからでしょー」
「うるせえ、サラ。
お前だって自信満々にこっち! って言ってただろうが」
「……まぁ、従った私たちも同罪ね。そんなことは忘れて飲みましょう」
「そうだな。
とにかくクエストを達成できたんだ。
祝おうじゃないか」
やつらは俺のすぐ後ろのテーブルに座った。
ウェイターを呼んで、注文している。
間もなく、酒がテーブルに並んだ。
「では、今日のクエスト達成を祝して」
「「「「乾杯っ!」」」」
そう言って。
やつらはグビグビと、酒を飲み始めた。
「あー、やっぱクエスト後の酒は最高だな」
「同感!
店員さん! もう一杯同じの!」
「うお! サラ、お前もう飲み干したのかよ!
くそ、負けてられん!」
「もう、二人ともそんなに飲んで。
明日に響いても知らないわよ」
溺れるように飲もうとするエルヴィンとサラに、ナターシャがあきれながらも笑って言う。
兄貴はそんな3人を眺め、優しい顔つきでグラスを傾けていた。
その後も。
しばらく観察を続けたが、やつらは和気あいあいとした雰囲気で、酒を飲み続けるだけだった。
…………。
……なんなんだ、これは。
B級に落ちたんだろう?
そのB級のクエストさえ、失敗することもあるんだろう?
なんで、そんな風に笑ってやがる!
なんでそんな風に、楽しそうにしてるんだ!
目の前のグラスを、一気に飲み干す。
憎たらしさのあまり、グラスを握りしめて割りそうになった。
――ふざけるなよ。
俺は、無様なお前らを笑いに来たんだ。
ランクが落ちたことを引きずって、みっともなく責任のなすりつけあいでもしてるお前らを、酒の肴にしにきたんだ。
正体を明かした俺にすがりつくお前らを、蹴飛ばしに来たんだ。
なのに。
後ろのテーブルからは、笑い声が絶えない。
今日のクエストで起こったエピソードを、サラが面白おかしく話している。
みんな、それを笑って聞いている。
……なんなんだよ、これは。
これじゃあみじめなのは、俺の方じゃないか。
ふざけるなよ。
もっと、陰気にしてろよ。
欝々としてろよ。
あの時、俺を手放さなければよかったって。
そう言えよ。
ちくしょう。
俺が誓った復讐も。
死に物狂いで得た力も。
やつらにとっては、何の関係もないことだった。
やつらは俺のことなんかとうに忘れて、ただ楽しく冒険者をやってやがる。
畜生畜生畜生!
畜生っ!!
つまり、やつらが俺を追放したのは、俺の能力が原因じゃなかったんだろう。
俺がいなくなってから、すぐにランクが下がって。
いくら何でも、俺の貢献に気づいていないわけがない。
能力以外の俺の何かが、あいつらとは合わなかったんだろう。
もしかしたらただ普通に、俺を嫌いだったのかもしれない。
スキルに関係なく、追放という結末は決まっていた。
能力を高めてあいつらを見返そうとした俺の行動は、無意味だった。
「あはははは、もう、やめてよエルヴィン!」
「ははははは!」
後ろから響く笑い声が、心底カンに触る。
……もういい。
ここに居たって、余計みじめになるだけだ。
もういい。
どうでもいい。
帰ろう。
結果として、俺は力を手に入れたんだ。
それを使って、これからの人生を謳歌してやろう。
こんなやつらのことなんて、忘れてしまおう。
俺が席を立とうとしたその時。
「――それにしても、すごいよね、アルフォンスは」
サラの無邪気な声が、俺の鼓膜を貫いた。
高圧の電流が流れたかのように。
身体がビクリと硬直する。
指一本、動かせなくなる。
「私たちと別れてから、どんどん有名になっていったよね。
飛ぶ鳥を落とす勢い、って感じ!
すごいよね!」
弾むようなサラの声。
まるで他の音がなくなったかのように、それだけが俺の耳に響く。
「ああ、まったくアイツはとんでもないやつだったなぁ。
今やこの街唯一のSランク冒険者。
『因果律の支配者』なんて呼ばれてるんだろ?
カッコいいよなぁ」
「その二つ名はどうかと思うけどね。
でも、すごいわ。ホントに。
ミッシェルも鼻が高いでしょ?」
エルヴィンとナターシャも、それぞれ意見を言う。
話題を振られた兄貴は、ゆっくりとグラスを置いて、微笑んだ。
「……ああ。
あいつは、俺の誇りだよ」
その言葉に。
心臓がドクンと跳ねる。
背筋に暖かいものがこみあげてくる。
鼻の奥がツンとする。
両目から、涙が溢れてくる。
理性とは別のところで、感情が反応してしまう。
俺はずっと、その言葉を聞きたがっていた。
「うっ……ぐっ……」
嗚咽が漏れる。
なんだこれ。
どうなってるんだ。
こんなことを、こいつらが言うはずがない。
だって、それならなんで、あの時は。
「よかったね、ミッシェル。
弟の晴れ姿、見ることができて」
サラの声。
晴れ姿?
……もしかして、Sランクの叙勲式のことか?
遠い王都の広場でやったあの式に、こいつらも来ていたのか?
「ああ、本当に。
これで思い残すことはない」
兄貴は満足げに息を吐いた。
他の面々は、複雑な顔で兄貴を見る。
訳が分からない。
それじゃあまるで……。
「俺の寿命は、あと半年程だからな」
フッと。
自嘲気味に、兄貴は笑った。
「ねぇ、それって本当に確かなの?
何か方法はないの?」
「ない。
治癒魔術じゃ、病気は治らないからな。
身体の中に悪いできものができて、それが身体中に飛んでひどい悪さをしているらしい。
薬師のおかげで少しは抑えられているが、根本的にはどうしようもない」
その声は、どこか別の世界の話のように、俺の耳に響いた。
……あの兄貴が。
優しくて誠実で、誰より強かった、あの兄貴が。
あと半年しか、生きられない……?
「俺も以前、薬師に聞いたら言われたよ。
『治せるとしたら、おとぎ話に出てくる霊薬くらいです』だとさ。
調べてみたら、北の国のS級ダンジョンの奥にあるらしいが、100年以上も見たものはいないらしい。
無理に決まってる。
それなら俺はこうやって、お前らと慣れた場所で冒険していたい」
「……ごめん、嫌なこと聞いちゃって」
「いいんだよ、サラ。
しょうがないさ。
アルも立派になったし、俺は満足だ」
……なんなんだよ。
話についていけない。
いったい何の話をしてるんだ。
俺の混乱をよそに、兄貴が息をつく。
「あの時の決断は、やっぱり間違ってなかった。
あいつのことは、俺が誰より知ってる。
俺は自分の余命を知った後、無邪気に笑うあいつを見て思ったんだ。
アルは、この時間が永遠に続くと思ってる。
アルはきっと、俺の死に耐えられない、ってな」
皆が押し黙る。
「でも、自分を追放するような馬鹿な兄貴なら別だろう?
自分を手ひどく裏切るようなクソ兄貴が死んだところで、あいつの人生は止まらない。
……お前らには、迷惑かけたが」
「アル君を突き放すの、つらかったんだよ?
あれからしばらく、ご飯も食べられなかったもん」
「ああ、あれはしんどかった。
俺達を恨んでくれていいから、あいつには幸せになってほしいがなぁ」
「アル君、元気にしてるといいね」
……おい。
おいおい。
おいおいおいおい。
なんだよ。
なんだよそれ。
じゃあ何か?
あの時俺を追放したのは、俺が兄貴の死に、ショックを受けないようにするためだったって言うのか?
俺がずっと抱いていたこの恨みは、全部勘違いだったって言うのかよ。
「だが、お前らは本当によかったのか?
アルは優秀だ。
俺が提案しておいてなんだが、あんな別れ方をしなければ、俺が死んだ後もパーティーを続けられたと思うが」
兄貴がメンバーの顔を見回す。
エルヴィンはサラとナターシャと目を合わせ、代表するように答えた。
「いいんだよ。
それについては、お前から相談された日に話し合ったんだ。
お前がいなくなったら、このパーティーにはアタッカーがいなくなる。
どれだけアルが確率操作したって、俺たちだけじゃ高ランクの敵を倒せないんだ。
でもあいつは優しいから、俺たちと組み続けようとするだろう。
それじゃ、Sランク冒険者になるってあいつの夢には届かない。
俺達は、あいつの足を引っ張り続けるくらいなら、あいつに独りでも夢を叶えてほしかったんだよ」
うんうん、と。
サラとナターシャが頷く。
「……そうか。
悪い。なんかしんみりしちまった。
俺が余命の話なんかしたからだな」
兄貴は切り替えるように首を振った。
「なに、薬を飲んでれば、俺はまだまだクエストをこなせる。
俺はお前らと冒険してる時間が、一番好きなんだ。
休めると思うなよ。
またすぐにダンジョンを攻略するぞ!」
「「「おおっ!」」」
カンパーイ! と。
グラスをぶつける音を尻目に。
俺は微動だにできずに、空のグラスを見つめていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます