春の世~春爛漫、常世も俗世も花見で賑わう
春爛漫、都を見下ろすお山は薄紅色の花衣を纏い、裾野の先まで満開の桜がこれでもかと咲き誇っている。そんなお山で、着飾った乙女たちが自慢の姿をこれでもかと披露し合っていた。
「わたくしの薄紅色のほうが美しいわ」
「まぁ、あたくしだって負けてませんわよ?」
「うふふ、姉様方は薄紅色だけじゃありませんの。わたくしなんてほら、紅と白が混じっていて美しいでしょう?」
「まぁ、まぁまぁ! 若輩の身で少し生意気じゃないこと?」
「そうよ、生意気よ」
「きゃあ! 姉様方、そんなに引っ張っては散ってしまいますわ」
「あなたたち。そのような仕草はみっともないわよ」
「でも姉様、この子が生意気なことを言うから……」
「生意気なことなんて言ってませんわ。わたくしのほうが綺麗だって言っただけですもの」
「まぁ! なんて生意気なのかしら」
「ほぅら、裾をこうしてしまうわよ」
「袂もこうしてしまおうかしら」
「きゃあ! そんなに引っ張っては本当に散ってしまいますわ」
美しい衣を翻しながら顔のよく似た年若い乙女たちが騒いでいる。毎年のことだからか、ほかの乙女たちは少し離れたところで「やれやれ」といった様子で見守っていた。気のせいでなければ彼女らの顔も全員どこか似通っている。
「毎年のことながら、なんとも賑やかなことだな」
「注意しましょうか?」
「かまわんさ。春の陽気に浮かれるのは、何も俗世のものばかりではない」
そう言って朱色の大ぶりな杯を傾けるのは、長い翠の黒髪に深い緑眼をした美丈夫だ。「これも春の名物だ」と笑う美丈夫に「そうですねぇ」と酌をしているのは、白金の髪に新緑の目をした麗しい
「それにしても、あのように騒いでは春の嵐が来る前に散ってしまいそうですが」
「たしかにな。まぁ、それも儚い美しさでよかろう」
「俗世では、さぞや悲しむものが多いことでしょう」
「なぁに、それを含めて花見の醍醐味だ」
美丈夫の緑眼がちろりと側を流れる小さな川を見る。そこには桜の木の下にひしめき合う大勢の人々が映し出されていた。
「やれ、俗世はさらに騒がしいな。あのような状態で花を愛でることができるのか、はなはだ疑わしいものだ」
池には桜の下で呑めや歌えやの大騒ぎする様子が映っている。そうかと思えば千鳥足で歩くもの、ひたすら酒をあおるもの、所構わず寝転がるものが次々と映し出された。
「このような景色を見るのも春の名物になりましたね」
「名物にしては品がないがな」
「ふふっ。何にせよ、大勢が春を楽しみ花々を愛でるのはよいことです」
麗しい顔がにこりと微笑む。それを見た美丈夫が「おまえも随分と成長したな」と小さく笑った。
「つい千年ほど前までは、ほれ、あのようにおまえもはしゃぎ回っていたというのに」
そう言って乙女たちを指さす美丈夫に「青龍さまも意地がお悪い」と白い頬がほんの少し膨らんだ。
「そういう表情は昔と変わらぬか。いや、いまのほうが一層美しくなった」
青龍と呼ばれた男が「佐保、おまえも呑め」と空いた自分の盃を差し出した。それを受け取った佐保と呼ばれた男は「酔わせていかがするおつもりで?」と笑みを浮かべながら手酌で酒をなみなみと注ぐ。
「うわばみのおまえがこの程度で酔うものか」
「さぁ、どうでしょう? 待ちわびた春の訪れに浮き足立っているのは、なにも桜の乙女たちや俗世のものたちだけではありませんよ?」
「なるほど。春を告げる神たる佐保も、この陽気に酔うということか」
「ふふ、どうでしょう」
そう言った佐保が美しい白金の髪を揺らしながら一気に盃を傾ける。その姿に微笑むように目を細めた青龍は、空いた盃を盆に戻す佐保の手を優しく掴んだ。そのまま顔の近くまで持ち上げ、指先に触れるだけの口づけを落とす。
「花見もよいが、一番は春の訪れを喜ぶおまえを愛でることだな」
青龍の言葉ににこりと微笑んだ佐保は、自分の手を掴む逞しい手をそっと外した。その手を自らの両手ですくい上げるように包むと、手の甲に優しく唇を当てる。そうして上目遣いで青龍を見つめながら、どんな春の花よりも華やかな微笑みを浮かべた。
「そのような誉れ、身に余る光栄に存じます」
「……やれやれ。今年も振られたか」
ため息を漏らした青龍は「次の春が待ち遠しいな」と、小鳥のさえずりのように笑っている乙女たちを見ながらぼやく。
「春はまだ始まったばかりですよ」
「ふむ、それはそうだ。では、
「はい」
こうして都を見下ろすお山では、今年もまた花弁が地面を覆い尽くすそのときまで
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