特別なチョコレートをあなたに~特製のチョコレートの中身は……
「毎年思うんだが、バレンタインデーにチョコレートを食べるなんて人間には変わった風習があるな」
「チョコを食べるようになったのは最近じゃないですか?」
「そうなのか?」
「菓子メーカーの策略にはまっているだけでしょう」
「きみはロマンがないな」
そう言いながら皿からチョコを一粒摘んだ男に「それなら聖ウァレンティヌスの話でもしましょうか?」と答える。
「そんなカビが生えた話を聞いたところで楽しいと思うか?」
「さぁ? 僕には吸血鬼の感性なんてわかりませんから」
すげなく言い返すと、後頭部に手を回され思い切り引き寄せられた。そのまま抱き込まれそうになり、「何をするんですかっ」と文句を言いかけたところで言葉が止まる。
「んぅ……っ」
文句を言い終わる前に口を塞がれた。肩がビクッと跳ねたのは吸血鬼の唇がひどく冷たかったからだ。慌てて胸を押し返したものの吸血鬼の力に生身の人間が勝てるはずもなく、「くそっ」と思ったところで舌がぬるんと入ってくる。そうして器用にチョコレートの欠片を含まされた。
「……何してくれてるんですか」
体を離した吸血鬼を睨みつけながら、ようやく文句を口にすることができた。
「あまりにおいしいチョコレートだったから、お裾分けをと思ってね」
「それなら普通に手渡してください」
「それじゃあつまらないだろう?」
「つまらないとかいう問題じゃありません。そもそもこれは僕が作ったものですから味見なんて必要ありません」
「何をそんなに怒っている? あぁ、そうか。きみはわたしに口づけられると困るのか」
「何を言って、」
「吸血鬼に口づけられて興奮するなんて、神に知られては困るだろうからな」
平手打ちしようとした右手は簡単に阻まれてしまった。掴まれた手を引き寄せられ、そのまま手首の内側にチュッと冷たい唇が触れる。
「だからっ。そういうことをしないでください!」
「なぜ?」
「なぜって、」
「ここが神の家だからか?」
「……っ。わかっているなら、こういうことは、」
手を奪い返そうとしたものの、先ほどより強く引き寄せられてしまった。そのまま温かさを感じない胸に閉じ込められる。慌てて「だから!」と文句を言いかけたところで「きみは相変わらず可愛いな」と耳元で囁かれた。
「……っ」
「全身でわたしを好きだと言いながら、あえて逆のことをする」
「誰があなたなんかっ」
「そういうへそ曲がりなところも可愛い」
「可愛くなんてっ」
「わたしが好きでたまらないくせに、こうして神父になって教会にまで住んでわたしを遠ざける振りをする。ほら、可愛いじゃないか」
「可愛くなんてありませんっ」
つい声を荒げてしまった。これじゃあ吸血鬼の思うつぼだというのに、何をしているのだろう。
「そういうところが可愛いと言うんだ」
ほら、やっぱり笑っているような声になった。
「……あなた、馬鹿なんじゃないですか? それともマゾなんですか?」
「なるほど、マゾか」
「だって、そうじゃないですか。吸血鬼のくせにこうして教会に住んで、しかも神父の僕に可愛いだとか言って」
腕の中でブツブツ文句を言うと「やっぱり可愛い」と言われて顔が熱くなる。
「そもそも僕はもう立派な大人です。可愛いはずがないでしょう」
「きみは子どものときからずっと可愛いよ。口では嫌だと言いながら……ほら、こうして特製のチョコレートを毎年くれる」
吸血鬼の手がテーブルに伸びた。そうして長くて綺麗な指がまたチョコを一粒摘む。
「それに、年々味が濃くなっていくのも可愛い」
無意識にチョコを摘んだ指先を目で追っていた。白い指が摘む艶やかなチョコがゆっくりと吸血鬼の口の中に入っていく。そうしてペロリと舌で拭った唇をまた押しつけられ、またもや当然のようにチョコの欠片を舌先で押し込められた。
口内に広がるのはビターなチョコの味だ。ただしそれだけじゃない。甘さの代わりにかすかに漂うのは別のものだ。その香りに眉をひそめながら、段々と鼓動が早くなっていくのを感じる。
「こんなチョコレートを用意するきみが可愛くて仕方ない」
唇を指先で撫でられ思わず俯いた。額を広くてたくましい胸に押し当てながらギュッと目を瞑る。そんな僕のうなじを冷たい指先でするりと撫でた吸血鬼が「ほら、可愛い」と笑った。
「きみは毎年極上の血が練り込まれたチョコレートを用意してくれる。そうまでして僕にきみを味わわせたいのかい?」
吸血鬼の言葉に頬も体もカッと熱くなるのがわかった。
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