相棒は喋る退魔の日本刀~さて、退魔の剣の真の目的は……?
「ぅわああぁぁぁ!」
「馬鹿野郎が! 心臓をブッ刺すか頭はねろって何度言やぁわかるんだ!」
「ひいぃぃ!」
「いいから、さっさと俺を振り下ろせ! あとは勝手にやってやるって言ってんだろ!」
わめく声に、俺は目を瞑りながら握った剣を必死に振りかざした。そのまま力任せに下ろすと前方にグンと引っ張られる。するとグシュッともサクッとも言えるような変な振動が手に伝わってきた。
(ひぃっ)
嫌な感触に、思わず心の中で悲鳴を上げてしまった。すると悲鳴のような叫び声のような音が聞こえてくる。というより金属を擦り合わせる音のほうが近いかもしれない。
「は、は、はっ」
その場にずるずるとへたり込んだ俺は、ようやく目を開けることができた。さっきまで目の前で蠢いていた赤黒くてモゴモゴした人型の物体はもういない。
代わりに日本刀の刃の部分が犬のようにブルブルと身を震わせていた。すると刀身から飛び散った薄いもやのようなものが、ふわっと浮き上がったかと思えばすぅっと消えていく。
「ったく何度言えばわかるんだ、このポンコツ野郎が」
「そんなこと言ったって、幽霊退治なんて慣れるわけないだろ」
「だから俺様の言うことをおとなしく聞いて動けって言ってんだろうが」
薄暗い廃校の中には俺しかいない。それなのに俺以外の声がしているのは、持っている日本刀が喋っているからだ。
「とにかく、おまえは言われたとおり俺を振り回してりゃいいんだよ」
偉そうな喋り方をするこの日本刀は、本人曰く退魔の剣と呼ばれる由緒正しい刀なんだそうだ。
(たしかに古そうな気はするけど、自分で自分のこと由緒正しいとか言うなよな)
刀のくせに偉そうな退魔の剣との出会いは三年前の夏だった。
俺は小さい頃から幽霊の類いをよく見る子どもだった。でも、ただ見えるだけで触ることも話をすることもできない。
(だからとくに気にしてなかったっけ)
見えるだけならテレビとあまり変わらない。何か話しかけられても声が聞こえるわけでもないから気にならなかった。
ところが、中学を卒業する直前くらいから状況が変わってしまった。俺が見えるとわかった幽霊たちがちょっかいをかけ始めたのだ。
最初は体に触れたり髪を引っ張られる程度だった。それが段々エスカレートしてきて、手足を掴まれたり叩かれたりするようになった。掴まれたところは痣ができてひどく痛んだ。叩かれたところには傷ができたり出血することさえあった。
「学校で何かあったんじゃないの?」
両親は、傷が絶えなくなった俺がいじめられているのではと思ったのだろう。そんなことは一切なかったが、正直に話すこともできない。そもそも幽霊の仕業だと言ったところで信じてはもらえるはずがなかった。
そんな俺に転機が訪れたのは高校二年の夏休みだった。久しぶりに田舎の祖父母の家に行き、祖父が管理している古い神社で退魔の剣に出会った。
「おまえ、変な奴らに言い寄られてるだろ?」
「……へ?」
建物の中で掃き掃除をしていると、不意に男の声が聞こえてきた。祖父は用事があって一緒には来ていない。それなのに男の声が聞こえる。驚いた俺は怯えながらキョロキョロと周りを見渡した。
「こっちだ、こっち」
「へ?」
振り返ると、ご神体が置かれていただろう古い木の棚の上に日本刀があった。置いてあると思わなかったのは宙に浮いていたからで、怖いというより「何だこれ?」と思ったのは覚えている。
(あのときの自分が目の前にいたら「逃げろ」って言うんだけどな)
残念ながら、あのときの俺は逃げなかった。おかげでこうして退魔の剣にこき使われている。
(それに、俺が格好のおもちゃなんて言うからさ)
退魔の剣いわく、俺は幽霊たちにとって格好のおもちゃらしい。「あいつら、けっこう自己主張が激しいんだよ」とは剣の言葉だが、だからって怪我までさせられるなんてたまったもんじゃない。
そんな幽霊たちから逃れるには相手を消滅させるしかない。そう教えてくれたのも退魔の剣だった。まんまと口車に乗せられた俺は、それから幽霊退治のようなことをする羽目になっている。
「ま、最初の頃よりはマシになったけどな」
「うるさいよ」
「へっぴり腰なのは変わらねぇが」
「仕方ないだろ、怖いんだから」
「その割には俺のことは怖がらなかったな」
「あのときはメンタルがボロボロだったんだよ」
退魔の剣に出会ったとき、俺はしょっちゅう幽霊にちょっかいをかけられていたせいで精神的に参っていた。おまけに寝ていても邪魔されるせいで肉体的にも限界を迎えるギリギリだった。きっとちょっとした鬱状態になっていたんだろう。そんなときに喋る剣を見ても「へぇ」くらいにしか感じなかったのはしょうがないと思う。
「おかげで幽霊退治なんてとんでもないことさせられる羽目になった」
「
「
「ああ言えばこう言う。ったく口の減らねぇ奴だな」
どっちがだよと思いながら立ち上がる。退魔の剣がこんなによく喋るなんて思いもしなかった。
「とにかく、今度は心臓狙うか首狙うかはっきりしろ。そこに剣先向けりゃ、あとは俺が勝手にやってやる」
「わかってるよ」
剣が言うには、幽霊は人間だったときの名残で心臓を貫かれたり首をはねられたりすると“死”を感じるらしい。だからそこを狙えば簡単に消滅するのだという。ただし、物質ではない幽霊にそんなことができるのは退魔の力を得たものだけなんだそうだ。
(その中でも剣は最高の武器だ、なんて自画自賛してたけど)
そんな自称・最高の武器がどうして俺を助けてくれるのか、いまだによくわからない。出会ったとき「おまえの一族は長く俺の棲み処の手入れをしてくれてたからな」と言っていたけど、本当にそれが理由だとも思えなかった。
(それに最近、幽霊の反応がちょっと変な気がするし)
十日前に出会った幽霊は、退魔の剣を見てから俺を見て「なるほど」と言うように頷いていた。三日前に遭遇した幽霊は俺を見ながら舌なめずりをしていた。さっきの幽霊なんて、剣を見て目を見開いたかと思えば俺を見てニタァと笑った。
(声が聞こえれば、もっとちゃんとわかるんだろうけどなぁ)
幽霊たちは、一様に俺を見ながら何かを話しているようだった。怖くてしっかり見ることができないものの、同じような形に口を動かしているような気がする。
(いっそのこと読唇術でも学ぶべきかな)
そう考えるくらい、俺は幽霊たちの反応が気になって仕方がなかった。
(幽霊もだけど、体のほうもちょっと変なんだよな)
近頃、退魔の剣を使うと体の芯が熱くなるような気がする。熱くというか何というか、こう、下半身がモニョモニョするというか……。
(まさか、恐怖のあまり体が間違った反応してるとかじゃないよな)
そういえば、人は死に直面すると子孫を残そうとして体が勝手にそうなる、なんて聞いたことがある。もしかして俺の最近の変化もそういうことなんだろうか。
「ま、これからも俺に任せておけばいいさ」
そう言った退魔の剣がくるっと俺のほうを見た。といっても刃の先端がぐいっと曲がっただけで、勝手に俺がそう感じているだけだ。
「幽霊たちはまだまだおまえを狙ってくるだろうから、忙しくなるぞ」
「そんなことで忙しくなんてなりたくない。っていうか、見えるだけの俺を何で狙うんだろ」
「だから言っただろ? おまえはおもちゃなんだって。自分らを認知できる人間なんて滅多にいないから楽しくて仕方ねぇんだよ」
「それなら怪我させたりする必要はなくない?」
「そのほうが、よりしっかり認知してくれるだろ? 何かされるんじゃないかと思って、いままで以上に幽霊たちを見ようとする。はっきり見ようと目をこらす。あいつらは『こっちに気づいてくれた。見てくれた』って大喜びだ。喜び勇んであちこち触る。こっちを見たからには自分のものだとベタベタ印を付けたがる。自己主張が激しいってのは、生きてても死んでても面倒くせぇもんなんだよ」
それなら見えない振りをするほうがいいんじゃないだろうか。そうすれば幽霊も俺に構わなくなるような気がする。
それなのに退魔の剣は「消滅させねぇと後が大変だぞ」と脅してきた。今夜みたいに、わざわざ幽霊の居場所に乗り込んでまで退治させようとする。そういえば、退魔の剣と出会ってからのほうが幽霊に接触される頻度がグッと増えたように感じるのは気のせいだろうか。
「全部剣のせいのような気がしてきた」
俺の言葉に剣先がぐにゃりと曲がった。顔を覗き込まれているような気がして思わず顔をしかめてしまった。
「おいおい、相棒にそんなこと言うもんじゃねぇよ」
「相棒なんて思ってない」
「助けてやってんだろうが」
「……それはまぁ、感謝してるけど」
たしかに剣に出会ってから幽霊に触られることはなくなった。おかげで怪我をすることもない。剣がそばにいるからか夜も邪魔されずに寝ることができる。そういう意味では助かっている。
「健やかになるのはいいことだ。そうすりゃあっちの具合もよくなるし、そうしねぇと俺の剣は太くて硬くて長いからなぁ」
「え? 何か言った?」
「いいや。それよりさっさと帰るぞ。いつまでも廃校なんかにいたら、今度は人間のほうに捕まっちまう」
「わかってるよ」
ぐにゃりとしていた刃がピシッと伸びた。それから少しずつ煙が散るように先端から薄くなっていく。
(何だか退魔の剣のほうが幽霊っぽいんだけど)
普段、退魔の剣は実体化していない。俺にも見えないし、存在がわかるのは剣が話しかけてくるときだけだ。
(声でしか存在がわからないなんて、幽霊とは正反対だけど)
そう思いながら半分くらい姿が消えた剣から手を離した。
「ありがと。一応、お礼は言っとく」
「おう。これからもよろしくな」
「あんまりよろしくはしたくないけど」
俺の答えに剣が「ははっ」と笑った。
「最後までよろしくされるさ。もっともっと殺して、魂がたっぷり重くなってこちら側に近づいたところでまぐわうのが最高の楽しみなんだからな」
柄が消える直前に剣が何か言ったような気がしたけど、聞き返す前に消えてしまった。
(まったく、言いたいだけ言って消えるんだから)
俺は本当は幽霊退治なんてしたくない。そう思っているけど、退魔の剣に命令されるとどうしても断り切れなかった。もちろん普段少しは役に立っているからそのお礼に、なんて気持ちもあるけど、最近はそれとは少し違う感覚に引きずられているんじゃないかと不安になる。
「はぁ」
歩き出そうとして、ちょっと膨らんだ股間にため息が漏れた。
やっぱり俺の体は変だ。あんなに怖かったのに体がこんな感じだなんて、どう考えてもおかしい。しかも最近は、刀が幽霊を消滅させる瞬間が一番熱くなるような気がする。
(このままじゃ、消滅させる瞬間にいつか出てしまうかもしれない)
そう思い、慌てて頭をブンブンと振った。そんなことあるわけがない。あんなに怖いのに興奮するなんてどうかしている。きっとこれも退魔の剣のせいだ。
「そうだ、こんなことをさせるあいつが悪い」
そうつぶやいた俺の声に、退魔の剣の笑う声が重なったような気がした。
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