送り雀とホオズキ~僕たちは二人で一つの運命を分かち合ってる

「今夜はちょっと大変だったね」


 そう言いながら、黒髪の少年が提灯を少しだけ持ち上げた。まるでホオズキのような形の提灯はぼんやりと赤く光り、暗い夜道をほのかに照らしている。それを見る少年の目も鮮やかな赤色だ。


「隣の家の奴も一緒じゃなけりゃ嫌だとか言いながら暴れるなんてな」

「そんなに一緒にいたかったのかなぁ」

「どうだかな。死なばもろともって言葉もあるくらいだし」

「え? じゃあ道連れにしたかったってこと?」


 赤い目を見張って驚く黒髪の少年に、隣を歩く茶髪の少年が「珍しいことでもないだろ?」と答えた。


「そうかもしれないけど、そんなことしたら来世が大変なことになるのに」

「いまの世じゃあ来世なんて信じてる奴のほうが少ないんだよ。ま、みんな今生に一杯一杯ってことじゃないのか?」

「そっかぁ」


 黒髪の少年がさらに提灯を持ち上げて中を覗く。すると薄く赤い膜の内側で身震いするように光が震えた。それに合わせて夜道を照らす光もゆらゆら揺れる。


「ねぇアオ、この人の来世はどんなふうになるんだろうね」

「さぁ、俺たちの報告次第じゃねぇ?」

「そっか、そうだね」

「だからって手心加えたりするなよ、ツキ」


 茶髪に青い目の少年アオが提灯を覗き込みながらそう釘を刺した。


「そんなことしないよ。僕だって自分の役目はちゃんとわかってる」


 赤い目に黒髪の少年ツキは、ほんの少し口を尖らせながら「行こう」と行ってアオの手を引いた。


「ほんとにわかってんのか?」

「わかってるってば」

「だっておまえ、この前ちぃっとばかり嘘ついただろ」


 言われてツキがキュッと唇を噛み締める。


「嘘じゃないもん。あの子は生きてるときに誰かの死を望んだりはしてない」

「まぁ、たしかにそうだけどさ。でも『犯人を見つけて殺して』って言いながら母親に纏わりついてたのはツキも見てただろ? その辺りもひっくるめて閻魔様に報告するのが俺たちの役目だぞ」

「わかってるよ。わかってるけど、あの子の気持ちもわかるっていうか……」


 ツキの顔がほんの少し俯いた。それに「やれやれ」とため息をつきながらも、アオの手が優しくポンポンと黒髪の頭を撫でる。


「たしかにたった五歳で命を奪われたんだから、犯人をどうにかしたいと思ってもおかしくはないけどさ」

「人の五歳なんて分別もつかない赤児のようなものだよ。それにただ訴えてただけで何か悪さをしたわけじゃないし……」


 赤い目が悲しそうに目尻を下げた。それを見たアオが「そういう優しいところもツキのいいところだしな」と笑いかける。


「アオだって優しいよ? あのとき、アオもそのこと言わなかったでしょ」

「ツキが言わないって決めたんなら俺が言うわけにもいかないだろ。だって、俺たちは運命共同体なんだからさ」

「それって、どっちかが失敗したら二人とも処分されるってやつだよね」

「だから運命共同体っていうんだろ? それとも先輩たちみたいに“運命を結ばれてる二人”って言ったほうがいいか?」

「そ……れは、ええと、悪くない表現だとは思うけど、どうかな。ちょっと恥ずかしい気がする」

「恥ずかしくないって。実際、俺たちは運命を結ばれてるんだし」


 それに答えるようにツキがアオの手をぎゅうっと握り締めた。その手をアオがぎゅうっと握り返す。

 黒目でちろっと隣を見たアオは、ツキの頬が赤くなっていることに密かに満足していた。提灯の明かりより赤い顔のツキをチラチラと見ながらゆっくりと足を進める。


「俺はさまよってる魂を見つけて迎えに行く。ツキは見つけた魂をホオズキに入れて閻魔様の元まで連れて行く。そして二人で閻魔様にどんな魂だったか報告する」

「僕たちが嘘の報告をしたり魂を連れて帰らなかったりしたら、二人一緒に処分される。僕たちは二人で一つの運命を分かち合ってる」

「それが俺たち二人の運命だ」


 暗い夜道を二人の少年がてくてくと歩く。その道はただ暗く、虫の鳴き声も風の音もしない。音のない真っ暗な道で少年たちを照らすのはホオズキの形をした提灯だけだ。

 ザッザッという足音が響くなか、黒髪を揺らしたツキが隣を歩くアオを見た。


「ねぇアオ、連れて行く魂は僕たちの報告で来世が決まるんだよね?」

「そうだな」

「それって、僕たちが魂の運命を決めてるようなものじゃない?」


 ツキの言葉にアオの足が止まった。つられてツキも歩みを止める。


「言われてみればそうだな。そんなこと、考えたこともなかった」

「ってことはさ、僕たち二人がこの魂の運命を握ってるってことだよね」


 ツキが再び提灯を持ち上げた。先ほどよりも灯りの赤みが増している。その光がわずかに強弱をつけて光る様子は、まるで人の鼓動のように見えた。


「ツキ、余計なこと考えるなよ。連れて帰った魂の来世は閻魔様が決めることだ。俺たちはただ与えられた役目をこなすだけだからな?」

「わかってるよ」

「過不足なく報告すること。それが俺たちに与えられた役目で、俺たち二人が存在する理由だ。役目を果たさなければ二人の運命はそこで断ち切られる」

「わかってる。知らない魂の来世より、僕たちの運命のほうが大事だもんね」

「そのとおり」


 強弱をくり返す提灯の明かりに照らされながら、再び二人の少年が歩き出した。


「そうだ。この魂を届けたら、かき氷食べに行こうよ」

「かき氷? また?」


 乗り気じゃないアオの返事に、ツキがむぅと口を尖らせた。


「だって、もう夏なんだよ? 夏といったらかき氷でしょ。それに最近じゃおもしろい味だとか珍しい見た目だとか、いろんなかき氷があるんだってば」

「いいけど、そろそろ鬼月おにづきで忙しくなるぞ?」

「あ~そっか、鬼月おにづきの仕事が先かぁ」

「死者にとっては正々堂々と生者の世に行ける唯一の時期だからな。そのまま未練がましく帰って来ない魂が毎年出るっていうのに、いまだに鬼月おにづきに門を開けてやるんだから人がいいよなぁ。あ、人じゃなくて閻魔様か」

「それだけ閻魔様が優しいってことじゃない?」

「本当にそう思うか? そもそも生者の誰も覚えてない可能性だってあるんだぞ? こっちじゃ十日だひと月だと思っていても、あっちじゃ十年二十年経ってたなんて普通なんだ。いそいそと戻ったら誰も覚えていなかったなんて寂しいだけだろ?」


 アオの言葉にツキが「うーん」と首を傾げた。


「じゃあさ、それを教えるために鬼月おにづきがあるのかもね」

「はぁ?」

「だって、誰も覚えてなかったら輪廻の輪に戻ったほうがマシだって思うでしょ? 誰かに覚えてもらっていたら、それはそれで満足して輪廻の輪に戻ると思うし。ほら、どっちにしても最後は同じだ。そのきっかけを与えてくれるんだとしたら、やっぱり閻魔様は優しいよ」


 ツキの言葉にアオが「うーん」と唸った。


「それって優しいのかなぁ?」

「優しいよ。ってことで、終わったらかき氷! ね、食べに行こう?」

「全部終わったらな。それにしても、ツキってほんとかき氷が好きだよな」

「そうかな。あ、もしかして僕の前世での好物だったりして」

「ばぁか、何言ってんだよ。俺みたいな雀やおまえみたいなホオズキは前世なんてない無から生まれた存在だぞ? おまえだって知ってるだろ?」

「そうかなぁ。だって僕、こうしてアオと手を繋ぐと何だか懐かしい気持ちになるよ? それってきっと前世でも二人一緒だったってことだよ。きっと永遠を誓った仲だったんだ」


 そう言って笑ったツキがアオの手を掴んで目の前に持ち上げた。そして「ね?」と言いながらぎゅうっと握り締める。


「もしそうだとしたら、俺たちは前世もいまも運命で結ばれてるってことになるぞ?」

「そっかぁ。もしそうだったら何だかすごいね。それこそ本物の運命って感じがする」

「ばぁか、なに本気にしてんだよ」


 呆れながら笑ったアオが「ほら、さっさと行くぞ」と言ってツキの手を引っ張った。ニコニコ笑いながら手を引かれるツキが後をついていく。そんな二人の少年を照らすホオズキの提灯がゆらゆらと揺れ、二人の少年の影もゆらりゆらりと揺らめいた。

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