フレンド・アンドロイド~最強のマッチングAIで出会った最高のフレンド

「待ち遠しいな」と思いながら時計を見る。指定した時間は昼食を食べ終わり一息ついたあたりの十四時で、あと三十分ほどすればブザーが鳴るはずだ。


「今度こそ合うといいんだけど」


 思わずそんなことを口にしてしまっていた。どうやら僕は思っている以上に今回のことに期待しているらしい。来月には三十歳の誕生日を迎えるというのに、これじゃまるでクリスマス前夜の子どもみたいだ。


(五体目のフレンド・アンドロイドでも、やっぱり期待はするよな)


 フレンド・アンドロイドは、その名のとおり友達や話し相手として造られているアンドロイドだ。ひと昔前は「そんな機械を友達にするなんて」と言われていたらしいけど、世界的な人口減少が止まらないなか再び注目されるようになった。


(ヤヌスシステムが完成してからは、ほとんどの人が利用してるしなぁ)


 僕が生まれた三十年ほど前、フレンド・アンドロイド専用のヤヌスと呼ばれるAIが誕生した。ヤヌスシステムに自分の情報を登録し、いくつかの質問に答えると最適なフレンド・アンドロイドを紹介してくれる何とも便利なAIだ。

 ちなみに最近では、アンドロイドと家族のような共同生活を送るのが主流になりつつある。なかには楽器の演奏やスポーツの技術などを組み込み最高の相棒バディとして迎える人もいるくらいだ。そうした設定管理もヤヌスが担っている。


(やっぱり一人きりは寂しいからね)


 かくいう僕も寂しさを感じ始めてフレンド・アンドロイドの取得を考えた一人だ。

 育ての両親とは十六歳で別れるきまりだから、かれこれ十四年ほど一人暮らしをしていることになる。それでも、これまで寂しさなんて感じたことはなかった。ということは、やっぱりそういう年齢になってきたということなのだろう。


(パートナーがいれば養育家族に登録して子どもを育てることもできるけど、まだパートナーを作りたいとまでは思わないしなぁ)


 パートナーは異性・同性どちらでもかまわない。二人揃って養育家族になることを申請し、AIの審査で最適だと判断されれば赤ん坊が預けられる。そうして赤ん坊が十六歳になるまで親として育てるのが養育家族の役割だ。

 僕の養育家族は女性同士のパートナーだった。二人ともアウトドアが好きで、キャンプや釣り、スキー、変わったところでは砂漠横断ツアーなんていうものに連れて行ってもらったこともある。その反動か、成長した僕はすっかりインドア派になってしまった。


(いつかはあんなふうに子育てしてみたいとは思うけど、いつになることやら)


 ちなみにパートナー間で子どもを作ることはほとんどない。五十年ほど前から始まったコウノトリシステムはいまや世界中に普及し、そのシステムで赤ん坊を誕生させるのが主流になりつつあるからだ。

 コウノトリシステムは、大勢の人間から採取し保管してある細胞からAIが最適な組み合わせを見つけ、そこから赤ん坊を誕生させる画期的なシステムだ。こうした精子、卵子を必要としない誕生はいまでも賛否がわかれているものの、いまでは世界の約半数がこのシステムを国家基盤に据えている。


(そういえば、パートナー同士の細胞を採取して赤ん坊を誕生させるっていう新しいシステムが本格稼働したんだっけ)


 思い出した。五度目のアンドロイドの交換申請をしたとき案内が表示され、参加にチェックを入れた。まだパートナーのいない僕が参加するのは随分後になるだろうけど、ちょっと興味があって登録だけしてある。


(ここまで人間の数が減ってしまったら、AIをフル活用してあの手この手を使わないといけないってことなんだろうな)


 もはや個人の意志や女性による妊娠・出産では間に合わないということだ。僕を含め人工的に誕生した若者たちが増えているのは時代の流れなのかもしれない。


「そんなことより、僕にはフレンド・アンドロイドのほうが問題だ」


 五度目の交換なんて僕くらいに違いない。そう思うとため息が漏れそうになった。

 フレンド・アンドロイドには十日間のお試し期間が設けられている。どうしても合わない場合は返品し、もう一度最適なものを選び直すことが可能だ。そうした保証はあるものの、ほとんどの人は一度目で気に入るため「ヤヌスは最強のマッチングAI」と呼ばれている。

 それなのに、僕は今回で五度目の交換になる。これまで四度試したものの、どうしてもしっくりこなかった。おかげで「最強のマッチングAIなんて嘘じゃないのか?」なんて、ヤヌスのことを少し疑ったりもしている。


(毎回年齢も性別も様々だったけど、どれもいまいちだったんだよなぁ)


 一体目は二十代の女性型アンドロイドだった。会話がうまく、かといって喋りすぎない設定で僕好みだった。それなのに、なぜか三日で寂しくなってしまった。

 二体目は十代後半の若い男性型アンドロイドだった。一体目より少し賑やかだったものの、僕に懐いて従順な性格をしていた。でも、それが犬や猫のように思えて三日で「これも違う」と感じた。

 三体目は二十代の男性型アンドロイド、四体目は僕と同い年に設定された女性型アンドロイドだった。どちらも三日で違和感を覚え、結局交換申請することになった。いずれも僕が好む性格や嗜好を備えていたはずなのに、どうしても三日経つと物足りなさを感じてしまう。


「もしかして、先が予測できるっていうのが駄目な原因だったのかもしれないな」


 口にして初めて「そうかもしれない」と思った。自分に合わせたアンドロイドなら、これからどんな関係になるのかある程度予想がつく。それを物足りなく感じたのかもしれない。そのくせ毎回似たような条件を優先させるのだから、僕みたいなのはヤヌスにとっても厄介な客に違いない。


(そうなると、今回も駄目かもしれないってことか)


 ヤヌスは僕の好みや希望を知っている。優先すべき項目も設定も変更していない。今回もそれに合わせたアンドロイドを選んだだろうから同じ結果になるかもしれない。そう思うと少し残念な気持ちになった。


「いや、今度こそ僕ぴったりのアンドロイドかもしれないし、残念がるのは実際に見てからにしよう」


 吹っ切るようにそう口にした直後、ブザーが鳴った。ワクワクとしょんぼりが入り混じるような気持ちでドアを開けると、三十歳前後くらいの金髪碧眼の男性が立っていた。


(今度は見た目を変えてみたってところか)


 これまでのフレンド・アンドロイドは全員僕と同じ黒髪黒目で、金髪碧眼は今回が初めてだ。

 見た目だけ変えるなんて、そんなことは望んでいないのにとますますヤヌスを疑いたくなった。それでもお試し期間の十日間が過ぎるまでは交換申請できない。仕方なく「入って」と言って居間に通す。


「こんにちは、つぐみです。まずは十日間よろしく」


 そう言って右手を差し出す仕草に驚いた。これまでのフレンド・アンドロイドは、名前を名乗ってもこういった行動は取らなかった。もしかして見た目に合わせた設定でもされているのだろうか。


(でも、それだと僕の好みからは外れるよな)


 僕は性別問わず昔ながらの日本人っぽい性格を好ましいと思っている。感情表現が激しくなく空気を読み、スキンシップも外国人のように過剰なものは遠慮したい。話し上手というより聞き上手のほうが好きだし、かといって何も話さないのも困る。そのあたりのさじ加減を求めるなら日本人らしいタイプがいいとずっと思っていた。


(今回は三日もたないかもしれないな)


 残念に思いながらも右手を出し握手に応えた。


(あれ?)


 アンドロイドの手に違和感を覚えた。何だか妙に温かい。これまでのアンドロイドには、こんな体温みたいな機能はなかった気がする。といっても数回しか接触したことがないから気のせいかもしれないと思いながらも首を傾げた。


(もしかしてアップデートされたのかな)


 フレンド・アンドロイドは、定期的にボディや内蔵プログラムなどがアップデートされる。きっと“より人間らしいアンドロイドを”というキャッチフレーズのとおりボディを改良したのだろう。

 こうして僕は五体目のフレンド・アンドロイド、つぐみとのお試し期間を始めることになった。


(まさか、こんなにぴったりに感じるなんてな)


 結論として、つぐみという今回のアンドロイドは最高の相手だった。十日間のお試し期間は終わったけど交換申請するつもりはない。きっとこれからも申請することはないだろう。

 最初は「どうかな」と思っていたのに、三日目には「これこそ僕が求めていたフレンド・アンドロイドだ!」と歓喜した。少し疑っていたヤヌスシステムのことも、いまでは「さすが最高のマッチングAIだ!」と心から賞賛している。


「気に入ってもらえたみたいでよかった」

「気に入るどころか最高だよ。どうして一度目できみが来なかったんだろうって少し怒っているくらいだ」

「あはは、まぁいろいろあってね」

「いろいろって?」

「いろいろは、いろいろだよ。それに少しは秘密があるほうが楽しいだろう?」


 そう言ってつぐみがニヤリと笑った。こうしたやり取りも過去のどのアンドロイドとも大きく違っている。

 これまでのアンドロイドなら、二、三度尋ねれば素直に理由を話しただろう。僕はそういう性格が好きだったし、基本的にフレンド・アンドロイドは持ち主に従順になるようにプログラムされているからだ。

 それなのに、つぐみはあまり従順ではない。いまみたいに答えをはぐらかすこともある。それでも不快になることはなく、むしろ心地よいとさえ思うようになっていた。


「そうだ、今夜は外で食べないかい?」

「夜に外食を?」

「そう。気分転換になるだろうし、たまにはいいと思うよ」

「そうだなぁ……」


 僕は基本的に家にいるのが好きだ。外の世界は十六歳までの間に散々経験させられたから、あまり興味がない。とくに夜はゆっくり過ごすのが好きで、外食に行くことはこれまでほとんどなかった。


(ヤヌスにも登録してある情報だけど、つぐみには反映されてないのかもしれない)


 それでも不思議と不快にはならなかった。

 つぐみはほかにも僕が興味のない映画に誘ってきたり、僕と正反対の考えを口にしたりする。おかげで人生で初めて議論なんてものをする羽目になった。


(そういうのは好きじゃなかったはずなんだけどなぁ)


 僕が望んでいたのは穏やかで何も起きない平坦な暮らしだ。ところがつぐみが来てからは、養育家族と暮らしていたときのように賑やかで少しドラマチックな日常になりつつある。


「夜の外食か……。まぁ、たまにはいいかな」

「そう来なくちゃ」


 そう言って喜ぶ顔は年齢よりも若く見える。アンドロイドのはずなのに、そう見えてしまうことにも驚いた。

 何にしても、僕は五体目のフレンド・アンドロイドにとても満足している。少しの刺激とちょっとの不満、それを上回る楽しさは案外悪くない。最初は友達だと思っていたけど、いまでは家族のような感覚になりつつあった。


(こういう相手となら、パートナーになってもいいかもな)


 まったく興味がなかったパートナーのことにまで思いを馳せるようになった。


「僕は今回のヤヌスの判断に心から感謝しているよ。これからもよろしく」


 そう言って右手を差し出すと、つぐみが少しだけ目を見張った。それからにこっと微笑み「こちらこそ」と言って握手を交わす。そんな表情や仕草はまるで人間のようだと毎度のことながら感心させられる。


「これから一緒に楽しく年を取っていこう」

「年を取る? 何を言ってるんだ。たしかに僕は年を取るけど、アンドロイドのきみは永遠の三十歳じゃないか」


 僕の言葉に、つぐみが口を開けて「あはは」と笑った。


「そのうちわかるよ」


 そういう返事の仕方も、やっぱりアンドロイドっぽくない。そんなつぐみだから僕は満足しているのかもしれない。


(そういえば、そろそろヤヌスからメールが来る頃だ)


 フレンド・アンドロイドが来て一カ月が過ぎる頃、ヤヌスシステムからアンケートが届く。もしかしてそれに何かアップデートの内容が書かれているかもしれない。

 どちらにしても僕は満足していると回答するだろう。若干、接触過多のような気がしないでもないけど、最近はそれさえ心地よく感じ始めている。


(朝起きたらハグ、出かけるときもハグ、寝る前にはキスをして抱きしめながら寝るなんて初めて尽くしだ)


 それでも不快にならないのは、つぐみから体温のような温もりを感じるからかもしれない。


(そういえば、人肌って言葉があったっけ)


 まだ人がひしめき合っていた時代には“人肌が恋しい”なんて言葉があった。他人と触れ合う機会が少ない現在では物語の世界でしか使われなくなった言葉だけど、何となく理解できるような気がする。


「これから、つぐみとどんな毎日を過ごすことになるのかな」

「きっとたくさん笑って、たまに怒って、ちょっと寂しくなって、でも一緒にいるのが幸せだなぁって感じる毎日だと思うよ」

「きみはまるで人間のようなことを言うね」

「あはは、ありがとう」


 屈託のない笑顔に僕は一人きりじゃないのだとホッとし、なぜか胸が甘くざわつくのを感じた。

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