恋の始まり~僕はついに先生に告白することにした
僕と先生が付き合い始めたのは、僕がまだ二年生の冬だった。何度も諦めようとして、それでも諦めきれなくて、クリスマス前の放課後に意を決して告白したのが運命の分かれ道になった。
「俺のどこが好きなんだ?」
「え……?」
「顔、声、背が高いところ、服のセンス、あとは何だったか」
「あの、先生?」
「これまで告白してきた奴らの言葉だ。もう何十回と聞いてきた」
「あ……」
(そんなに告白されてたんだ)
そう思ったら、急に何も言えなくなった。
先生はすごく人気がある。何人か告白したらしいって噂は僕も耳にしていた。だけど、まさかそんなにたくさん告白されていたなんて思わなかった。
(だって、僕たちは教え子だし)
目の前にいる人は教師で、しかもここは男子校だ。
「で、俺のどこが好きなんだ?」
「あの、ええと、」
聞かれても答えることができない。そもそも具体的にどこが好きかなんて考えたこともなかった。ただ先生が好きで、先生の姿を見るだけで胸がきゅんとした。声を聞くだけで嬉しかった。気がついたら先生のことを目で追っていた。
(好きなところ、好きなところ……そうだ)
「あの、手です」
「は?」
「タバコを持ってる手が、大人の人って感じがして。それに指、指も長くて綺麗だなって」
夏休み前に、たまたま先生がタバコを吸っているのを見かけた。そのとき、どうしてかタバコを持つ手から目が離せなくなった。入学したときから憧れてはいたけど、本当に好きなんだと自覚したのはあのときだった気がする。
(そうだ、あのときから僕は本気で先生が好きになったんだ)
初めて先生を見かけたのは入学式のときだった。見た瞬間、なんてかっこいい先生だろうと思った。顔はもちろん背も高くて、手足がスラッと長いからかスーツ姿はモデルみたいだった。
僕たちが入学した年に赴任してきた先生は、あっという間に一番人気の先生になった。先生の周りにはいつも人がいて、僕は遠くからそっと見るくらいしかできなかった。
(今日もかっこいいなぁ)
そうやって遠くから眺めているだけで満足だった。僕にとって先生は憧れのアイドルみたいな感じで、毎日姿を見ているだけで十分だった。
そんなふうに先生を見ていた一年の夏休み前、たまたま通りかかった教職員専用の駐車場でタバコを吸っている先生を見かけた。
(先生って、タバコ吸うんだ)
タバコの匂いなんて全然しなかったから気づかなかった。タバコを指に挟んで煙をくゆらせている姿は、いつもの先生と少し違うように見える。そう思ったら、ますます目が離せなくなった。
あのときの姿はいまでもはっきり思い出せる。思い出すだけでドキドキして胸が苦しくなった。そんな気持ちのままチラッと先生を見て、それから机の上にある大きな手を見る。
「……先生の手、かっこよくて綺麗だなって思って」
ほかにも好きなところはいろいろあるのに、思わず手だと言っていた。
もう一度先生の手を見る。タバコを持っていたときのことを思い出すと大人の手って感じがする。大きくて、少し骨張って見える大人の手だ。
(そっか、先生は大人の人なんだ)
いまさらながらそんなことを思った。そう思った途端に心臓がバクバクしてきた。大人の先生のことが好きになったんだと思ったら、息が苦しくなるくらいの目眩がした。同時に胸がきゅっとして切なくなる。
先生がタバコを吸うのを見てから一年以上が経っている。その間も僕はずっと先生が好きだった。諦めないといけないと何度も思ったけど駄目だった。好きで好きでどうしようもなくなった僕は、ついに今日告白してしまった。
「へぇ、手ね。そんなこと言われたのは初めてだ」
ハッと視線を上げると、先生が僕を見ながら笑っている。
「手と指が好きなんて、おまえガキのくせにエロいな」
「え? あの、エロいって、僕は別に、」
慌てて否定しようとしたけど、ニヤッと笑った先生がかっこよくて言葉が続かない。
「ま、男子高校生なんて毎日エロいことで頭の中いっぱいだろうしな」
先生の言葉に顔がカッとした。昨日の夜、先生のことを思い出しながらソウイウコトをしてしまったからだ。
最近「あの手に触られたらどんな感じなんだろう」と先生の手を思い浮かべることが増えた気がする。勝手に妄想してドキドキが止まらなくなる。体が熱くなってどうしようもなくなるんだ。そんな僕のことに気づかれたのかと思って慌てて視線を逸らした。
「で、告白してきたってことは俺と付き合いたいってことか?」
「え……?」
「なに豆鉄砲食らった鳩みたいな顔してるんだ。付き合いたいから告白したんだろう?」
「ええと、あの、」
「なんだ、ただ気持ちを伝えたかっただけですってやつか」
「……だって、先生は人気者だし、先生だし。……告白しても、どうせ断られるってわかってたし」
「誰が断るって言った?」
「え……?」
いまの僕は、とても間抜けな顔をしていると思う。だって、人気者の先生が僕なんかの告白を真剣に聞いてくれるはずがないと思っていたんだ。もっと可愛いとかかっこいいとかなら話は別かもしれないけど、僕はクラスでも目立たない普通の男子高校生だ。
(あり得ない)
思わずそう思った。そんな僕に、先生がにっこり微笑みながら口を開いた。
「付き合うか、高山」
「先生……」
空耳かと思った。「付き合わないのか?」と聞かれて、僕は慌てて「付き合います!」と返事をした。
こうして僕と先生はお付き合いすることになった。付き合うことにはなったけど、僕が想像していた恋人とは少し違っていて拍子抜けした。それが段々不満に変わって、気持ちがくさくさする日が増えたような気がする。
「なんか、思ってたのと違う」
「当然だ。おまえは生徒で俺は教師だからな」
「でも、」
「卒業するまでおまえらは商品だ。俺には、卒業まできっちり面倒を見なきゃならない義務がある」
商品と聞いて、なんだか先生らしいなとちょっと笑ってしまった。先生はけっこう毒舌だと思う。下ネタも平気だし、そういうところも男子校で人気がある理由の一つに違いない。
(そんな感じなのに、僕たちのことをちゃんと見てくれてるんだよな)
ちょっと口が悪くても言っていることは間違っていないと思うし、僕たちが理不尽に思うことを頭ごなしに言うこともない。ちょっとかっこつけた髪型や着崩した制服姿をしていても「俺以外に見つかったら怒鳴られるぞ」なんて言いながら見逃してくれたりもする。普段はそんなだけど、絶対に駄目なことをしでかした生徒には本気で叱る。
(そんな先生だから、みんなが惹かれるのもわかる)
昨日の放課後、三年生に告白されているのを見てしまった。真剣な顔をしていた三年生に、先生は「気持ちは嬉しいが、ごめんな」と、いつもと変わらない様子で断っていた。
それを見たとき、僕はホッとした。同時に心配になった。
先生は、この先もきっといろんな人に告白されるだろう。僕と付き合っていることは誰にも知られていないから仕方がない。だから、これからも大勢に告白されるに決まっている。そのうち告白してきた誰かに先生が惹かれるんじゃないかと心配でしょうがなかった。
(僕と付き合ってるんだって言いたい)
でも、そんなことはできない。バレたら大変なことになる。僕も大変だけど、先生はもっと大変だ。きっと学校にいられなくなるし、教師を辞めないといけなくなるかもしれない。
だから秘密にしないといけない。わかっている。こうして放課後、準備室で二人きりになれるだけで満足しなければ。勉強を教えてもらっているだけだけど、貴重な二人きりの時間なんだから、これだけでも十分なんだ。
(これ以上のことを求めちゃいけないって、わかってる)
頭では理解しているけど、やっぱり少し寂しかった。二人きりなのに、こうして教科書を広げて勉強するだけなんてと不満に思ってしまう。
本当は「付き合っているんだぞ」って雰囲気になりたかった。ドラマや漫画で見るみたいにイチャイチャしたかった。「先生と付き合ってるんだ」って実感できるようなことをしたいと思っていた。
「なに物欲しそうな顔してるんだ」
先生に指摘されて顔が熱くなった。先生が悪いわけじゃないのに、勝手にイライラして口が尖っていく。
「だって、僕たち付き合ってるのにって、思って」
だからイチャイチャしたいです、とは言えない。そんなことを言ったら大人の先生に笑われてしまう。
「なるほどな。性欲旺盛な男子高校生らしい答えだ」
「そ、そんなんじゃないですっ」
慌てて否定したのに先生はニヤニヤ笑いっぱなしだ。
「おまえ、可愛い顔して意外とエロそうだよな」
「エロそうって、そんなことないですからっ」
「へぇ。可愛い顔ってほうには反論なしか」
「そんなの、適当に言ってるってわかってます」
僕に可愛いなんて言うのは両親くらいだ。おしゃれでも何でもない黒縁眼鏡をした僕は、誰が見ても普通の男子高校生でしかない。眼鏡が似合わないのが気になって前髪を伸ばし始めたからか、最近じゃ変な陰キャみたいになってきた。
(だって、こんな眼鏡じゃ先生の恋人にふさわしくないって思ったんだ)
だからっておしゃれな眼鏡に変える勇気もない。せめてと思って前髪を伸ばし始めたけど、告白したときよりもずっと変な見た目になってきている。こんな僕と付き合っている先生だって後悔してるに決まっている。
「別に適当になんて言ってないんだがな」
「え?」
「俺は自分の目に自信を持ってるって話だ」
よくわからなくて顔を上げたら、思ったよりも近くに先生の顔があって驚いた。「先生の顔、めちゃくちゃかっこいい」なんて見惚れていると、さらにかっこいい顔が近づいてくる。
(……あれ?)
唇にふにっとした柔らかい感触がした。
「おまえ、目を見開いたままキスするのか?」
「……キス、って」
「ま、俺はどっちでもかまわないけど」
そう言って、またふにっと柔らかいものがくっついた。
「…………いまのって、」
「キス。したかったんだろ? それともしたくなかったのか?」
「そ、れは……したかった、ですけど」
答えたら、またふにっとキスされた。
「おまえ、マジで目瞑らないんだな」
「だ、って、僕、キスなんて初めてだからよくわからないし。目とか言われても、急にされたらどうしていいかわかんなくて」
話しながら「先生にキスされたんだ」とようやく実感してきた。顔がボッと熱くなって視線がうろうろする。イチャイチャしたいとは思っていたけど、キスでこんなに恥ずかしくなるなんて思わなかった。
「高校生なら、とっくにキスくらいしてるのかと思ってたんだがな」
「そんなの、好きになったの、先生が初めてだし」
「……へぇ、俺が初めてね」
先生の声が少し笑っているように聞こえる。馬鹿にされたのかと思ってムッとしていたら、またかっこいい顔が近づいてきたから慌ててぎゅっと目を瞑った。
むにゅ、むにゅう。
うまく言えないけど、先生とのキスはそんな感触だった。柔らかくて少しだけ熱くて、先生とキスしているんだと思うだけで心臓がバクバクうるさくなる。どうしたらいいのかわからない僕は、ただぎゅっと目を閉じてカチコチに固まってしまった。
「やっぱり可愛い」
ほんの少し口が離れたと思ったら、先生が何かを笑いながらつぶやいた。「どうしたんだろう」と思って目を開きかけると、今度は唇をカリッと囓られた。
びっくりした僕は、思わず口を少し開いてしまった。すると、隙間から先生の舌がするっと入ってきた。
(え? なに? どういうこと?)
入ってきた舌に体が仰け反った。それを許さないとばかりに先生の両手が僕の肩をがっしりと掴む。僕は逃げることができないまま、先生の舌に口の中をぐるぐると舐め回されることになった。
最初は前歯を舐められて、上顎を擦るように舐められた。先生の舌が動くたびに眼鏡がずれて、それも気になってしょうがない。口の中を舐められて眼鏡がずれて、また舐められて眼鏡が落ちそうになる。僕はどうしたらいいのかわからないまま先生の腕を必死に掴んだ。
「……ぷはっ」
先生の口が離れて、やっと息ができた。少し俯いてハァハァしていると、先生の長い指が眼鏡の位置を直してくれた。
「キスのときは鼻で息をしろ……って、そうか、初めてじゃ無理か」
そうだ、僕にとって初めてのキスだ。
(これがファーストキス……)
漫画だと、もっとふんわりした感じで「チュッ」ってくらいだと思っていたのに、まさか口の中をあんなに舐め回されるとは思ってもみなかった。
(それに、甘くてちょっと苦かった)
甘いのは直前まで僕が舐めていたミルク飴の味だ。苦いのは先生が飲んでいたコーヒーと、それにたまに吸っているタバコの匂いもほんの少し混ざっていた気がする。
(どうしよう。先生とキス、しちゃった)
苦い味が残っているからか、じわじわとキスの実感が増してくる。そりゃあ先生とイチャイチャついでにキスもしてみたいなんて想像したことはあった。そういう夢を見たこともある。
(でも、思ってたのと全然違った)
実際にしたら息ができなくて驚いた。口の中も大変なことになるし、なにより心臓がバクバクしてもちそうにない。
そう思ってもう一度「ふぅ」と息を吐いたら、先生が「まいったな」なんて言葉を口にした。そうしてギュッと僕を抱きしめてくる。
「あの、先生……?」
こんなふうに抱きしめられたのも初めてだ。付き合っているはずなのに、こういうイチャイチャがなくてずっと不満に思っていた。もしかして「付き合うか」という言葉は冗談だったんじゃないかと不安だった。
そんな不安なんて、あっという間に吹き飛んだ。息を吸い込むと先生の匂いがしてドキドキしてくる。
「……先生、僕、やっぱり先生が好きです」
小さい声でそう言ってから、大きな先生の背中にそっと両手を伸ばす。抱きついていいのか不安だったけど、先生が何も言わないのをいいことに抱きしめてみた。そうしてほんの少し、両手にきゅっと力を込める。
「最初はそこまで思ってなかったんだけどな」
「先生?」
先生が何か言った気がしたけど、声が小さすぎてよく聞こえない。
「先生、何か言いましたか?」
「おまえは可愛い恋人だって言っただけだ」
「か、可愛くは、ないと思いますけど」
「いいや、可愛いね。俺が言うんだから間違いない」
どうしよう、先生にそんなことを言われたらどんどんドキドキしてくる。両親に言われても何とも思わないのに、先生に言われただけで体が熱くなってきた。
(恥ずかしいけど、嬉しい)
可愛いって思われたい。生まれて初めてそんなことを思った。
「本格的に禁煙するか」
「禁煙?」
せっかく抱きしめてもらっていたのに先生の体が離れていく。腕が離れるのは寂しいけど、またふにっとキスをされて顔が熱くなった。
「キスのとき、煙草の味がするんじゃ嫌だろ?」
そう言って笑う先生がかっこよすぎて、僕はぼんやり見惚れることしかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます