次の攻撃
アンチドールに飛び掛かりながら繰り出す次の攻撃。
それは。
「ふんぬああ!」
体を丸めての体当たり。
みっともないが、今の状況ではおそらくこれが最善手。
パンチやキックといった技術を持たない僕が体重と力の全てを生かすことが出来て、捌かれたり躱されたりするリスクも低い。
『ひゃっ!?』
小さく漏れたアンチドールの悲鳴をも無視して、全身を支える推進力に身を任せる。
次の瞬間には爆音が響き、光に包まれ、全身を流れる電流がアンチドールに叩きつけられる。
衝撃に弾かれ、また地面に転がる。
何度これをやるんだ、と思いながら。
だがアンチドールの方がダメージは大きいはず、と予測しつつ地面に落ちていく狭い視界には、確かに崩れ落ちるアンチドールの姿。
上手くすればこれで最後に出来るかもしれないと望みを掛けながら、顔を上げる。
その瞬間、上げたばかりの顔面につま先が突き刺さる。
いや、おかしいだろ。
だってさっき倒れていたじゃないか。
どうやってこの一瞬で、立ち上がって、蹴りまで入れられるんだ。
体が後方に吹き飛び、意識が遠のく。
緊張と脱力がないまぜになった浮遊感の中で、身動きが取れず重力に従う。
口の中にジワリと鉄の味が滲み、唇が温度を失う。
マスク越しだというのに、どれだけ鋭いんだ、チクショウ。
見えはしないが、おそらくクラフトドールの顔の表面は砕けていることだろう。
負けることを許さないくせに、どれだけ大きな壁として立ち塞がるつもりなんだ。
初めて妹のことを憎いと思いながら。
まず地面に足が着き、手先が着き、背中が着く頃に、その反動で体を跳ねさせる。
逆再生するように体が起き上がり、振り抜かれた足に再び顔面が衝突した。
僕の顔面に突き刺さったアンチドールの右足を、両腕でがっちりと掴む。
ピンチはチャンスとはよく言ったものだ。
文字通りこの手に掴んだこの絶好の機会を、全力で使わせてもらうことにするよ。
ここからやることなんて、もう決まっているだろう?
『あぐっ!』
流れ始めた電流に、アンチドールが苦痛の声を上げる。
しかし今度はこんなものでは終わらないぞ。
さっきまでは電流を流す度に衝撃によって弾かれていたが、今はしっかりとホールドしている。
僕の握力が続く限りは、電流を流し続けることが出来る。
火花が散り、腕が大きく震える。
こちらのスーツは電流を遮断する仕組みになっているが、それでも手先が痛くてたまらない。
そればらば、電気に対策をしていないアンチドールが受けている痛みは、計り知れないほど大きいはずだと思いながら。
「うがああっ!!」
足を掴んだまま、片足立ちのアンチドールを引き倒す。
簡単にバランスを崩したアンチドールは、そのまま体ごと地面に落ちた。
また足を引っ張り、無防備になったアンチドールを振り回し、地面に叩きつける。
もちろんその間も、電流は流し続けながら。
これだけ、これだけやった。
一生分の暴力を使い切ったのではなかろうか。
地面にべったりと背中をついたアンチドールの姿を確認してから、ゆっくりと手を放す。
足がふらつき、数歩後退したところで尻もちをついた。
それ以上の動きはなく、必死で酸素を取り込む。
僕が呼吸を整える間、ずっとアンチドールは沈黙していた。
そのまんまずっと沈黙していてくれたら、どんなに楽だったことか。
指先がわずかに動いた。
腕が重たげに持ち上げられた。
四肢が力強くコンクリートの地面を叩き、ゆっくり、機械の様にググッとアンチドールの上半身が起き上がる。
動くこともできずにそれを見守るしかない僕の前で、フラフラと不安定に、しかし確かに段々と、黒い巨体が立ち上がっていく。
これだけ、これだけやったというのに。
まだ上回るのか。
カミナはいつも僕の想像を超えてきた、だなんてそんな。
しかしここで立ち上がられてしまっては、僕ものんびり座り込んではいられない。
なにせ勝たなければならないし。
大丈夫、まだ立てる、まだいけるはず。
半ば自分に言い聞かせながら、それでもある種の自身のようなものを持ちながら、又立ち上がる。
これだけやった。
そして、これからできることは。
「まだまだ全然戦えるぜって感じだな」
『……まあな』
「俺もだよ」
返答の感じを見るに、残りの気力も体力もあとわずかといったところ。
やれやれ、額面通りの言葉でコミュニケーションが取れないのは面倒の極みだが。
アンチドールは肩で息をしていた。
背は丸まり、膝も曲がって少し震えている。
そしてそれは僕も同様だ。
おそらく次だ。
次の一回、あと一回で決着がつく。
その決着の形が僕の勝利という望み通りのものになるかどうかは、まあ、どなたに対してもお約束しかねるところではあるが。
さて、ところで少し前に大公開したクラフトドールの動力源について覚えておいでだろうか。
このクラフトドールのスーツはごく一般的な電力で稼働しており、電撃もその充電を使っている。
つまり、その、どういうことかといえば。
充電切れが近い。視界の隅に映るバッテリー残量の表示は赤色の数字で一桁パーセント。
次に電撃を使えば確実にスーツの動きが止まる程度には、まずい。
ここに来てアドバンテージとなる小技を奪われてしまった。
ここまでで一番長く睨み合っているアンチドールが、妙に大きく、重く、ついでに黒く見える。
積極的に仕掛けてこないのは不気味だが、策を弄するタイプでもないので、これはむしろチャンスととらえるべきところ。
余裕がなく、小さな失敗すら勝敗に影響するので、こちらの動きを警戒している。
そもそもこちらの充電が残り少ないことだって、向こうには分かっちゃいない。
とはいえ小さなミス一つで敗れ去ってしまうのは僕も同じなので、こちらから仕掛けることも難しい。
こちらから襲い掛かって電撃を使わなければ電気使用不可なこちらの現状がもろにバレるので、是非警戒したままでいて頂きたい。
状況はしばらくそのまま膠着していたが。
先に動き出したのは、やはり、カミナだった。
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