覚悟

 どうやら覚悟が足りなかった。

 本気で喧嘩をしなければならないというのに。


『うおっ!?』


 自分で自分の頬を思いきり殴る。

 またしても揺れる意識に、アンチドールの困惑が浸透した。

 気合いを入れ直しただけだから気にしないでくれ、なんて言葉も発せないまま、再び向き合う。

 今度こそ本気で。


 やれやれ、自分でも何度同じことを繰り返すのかとうんざりする。

 やはり人間の性根というのはそう簡単には変わらないらしい。

 こうして同じようなことを何度も繰り返して、でも。

 その繰り返しを、今度こそ終わらせるためにここに立ったから。


 卑怯も申し訳なさも最早ない。

 このケンカに勝つことだけを考えろ。

 そして、そのためには電撃でもなんでも使え。


 そう、自分に言い聞かせながら。


 足に力を込める。

 そこにある装置を発動させるために。

 衝撃が足元のコンクリートを砕き、僕の、クラフトドールの巨体が吹き飛ぶ。


 人間の目にはどうか分からないが、おそらくアンチドールのカメラにはとらえきれないスピード。

 そしてそのまま空の彼方まで吹き飛んで行かないよう、動きをコントロールできる膂力とスーツのアシスト能力。


 それらをフルに活用して、僕は、アンチドールの背後に回り込む。


 クラフトドール、そしてアンチドールのスーツを着用する場合、マスクを被る都合上視覚はカメラに頼らざるをえない。

 マスク外部の目の部分のカメラと、マスク内部で眼前に置かれたモニターを連動させているのだ。

 ちなみにその映像は、僕がクラフトドールに指示を出している時にも共有されていた。


 その為、視界の確保がカメラの性能に頼りきりになり、今のような超高速の動きを捉えることは困難になる。

 もっとも、そんなスピードで動く怪人を作ることなどなかったので、今までそんなことは問題にもならなかったのだが。


 つまり、僕自身が把握していながら必要がないために克服されなかったクラフトドールの弱点である。

 しかしそんなことをカミナは知る由もなく。


「だあっ!」


 咄嗟の振り返りざま、見事に僕からのボディブローを受ける。

 アンチドールの体がぐらりと傾く。

 一瞬中にいるカミナの安否に思考が傾きかけるが、また無理矢理に頭を引っ張り上げる。


 もう一度足に力を込めて、体を動かす。

 再び背後に回り、足払いを掛ける。

 アンチドールの体勢が崩れる。


 よしよしいいぞ、やっと勝機が見えてきたというものだ。

 さて、次は電気を帯びた拳を叩き込む……と、いきたいところではあったが。

 やはりそう簡単に勝たせてはもらえない訳で。


 咄嗟に足首を掴まれ、引きずり倒される。


「ぬあああ!」


 二人とも地面に倒れ込んで、密着する体制となる。

 もつれ込んだ以上は素早く対応できた方が有利。

 そして勢いのある動きが出来ない以上、打撃よりも。


『ううっ!?』


 こういう、電撃のような技の方が有効となる。

 飛び散る火花と光、そして衝撃に僕達は弾かれ合って、お互いにコンクリートの上をごろごろと転がる。


 やがてある程度の距離を取った場所で、それぞれに素早く立ち上がる。

 一刻も早く、ここで後手に回ればもう追いつけない。


 だが意思に体が追従せず、次に動いたのはアンチドールだった。

 さすがの反応速度で、まだ体勢を立て直せていない僕の元へ突っ込んでくる。

 自分もまだ不安定な姿勢のままだというのに、いや、むしろそれを生かすように。


 僕の足元に頭から滑りこんできたアンチドールは、遅れて追いついてきた足を押し上げ、クラフトドールはスコーンと顎を蹴り上げられる。

 どうやってそんな動きをするんだと思う暇もなく、咄嗟にその場で足踏みする。


 踏み砕かれたコンクリートを中心に電撃が広がり、アンチドールの体を弾く。

 またしても彼我の距離が開くが、やはり息をつく暇は与えられない。


 お次は砕かれたコンクリートの破片が投げつけられる。

 顔面に向けて真っ直ぐに飛んでくるその石ころを見て、咄嗟に腕で受け止めようとしたのがまずかった。


 自分の腕で視界がふさがれる。

 その向こうで、トンッと地面を蹴る軽やかな音が響き、次なる攻撃を予感させる。

 そしてそのことを意識した瞬間、僕は足に力を込め、電気の力を使ってその場で高く跳び上がった。


 足元、Y軸の下、僕がさっきまでいた地点に黒い影が躍り込んでくる。

 アンチドールの狙いを外すことは出来た。

 のだが。


 空中では動きが取れない。

 そして僕が地面へと帰りつくよりも前に、アンチドールが僕の姿を捉えるのはあまりにも当然のこと。


 空中にいて身動きも取れず無防備になった僕のボディに、大地の重みが全て乗ったかと思われるような拳が突き刺さる。

 アンチドールの足元に崩れ落ち、はていつの間にやら上下が逆転したなと思う暇もなく顔を蹴り上げられる。


 頭の勢いに引っ張られて体が浮く。

 そのごく短いフライトが何故だかとても長く感じられた。

 一瞬の隙もなく、急速に進む戦いの流れの中で、この一瞬の間だけ、思考が顔を覗かせる。


 考えるよりも先に体を動かさなければ、動きについていくことが出来ない。

 深く考えることも出来ないから、最善の動きを取ることも出来ない。

 こういう咄嗟の動きって、センスとか経験値とかによるものなんだろうな。


 ……だが。

 そんなことを言い訳にして、諦められる喧嘩でもないのでな。


 四肢をたたんで、カエルの様な体制で着地する。

 電撃の衝撃を使って、落下の勢いまで生かして、バネの様に跳び上がり、再びアンチドールに急接近する。


 次の攻撃は、これだ!




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