変身
アンチドールは黙って、低く構える。
クラフトドールの戦いで見慣れた構え。
空手をベースにしているのだとは思うが、おそらくはカミナオリジナルの、ヒーローの構え。
僕もその構えを真似する。
あくまでオリジナルはこちらの設定だから。
『ほう……』
対峙する姿は鏡合わせ。
つまりは左右が逆。
クラフトドールのコピーという設定を守るためか、カミナは普段と左右反転して構えている。
僕以外に分かる奴がいるのかと疑問に思いつつ、しっかりと合わせて構えておく。
こういうのは設定とか見せ方が大事なんだ、よーく分かっている。
そして、じっくりと睨み合う。
しかし、参ったな、不意打ちとは。
今までのクラフトドールの戦い方からしたら考えられなかったぞ。
スーツが変わって、戦闘スタイルが変わっている?
いやそんなまさか。
だが、前回僕がアンチドールとして戦った時に、僕がカミナの手の内を知っていることは理解しているはず。
ならば意図して戦い方を変えている可能性もあるか。
参ったな、そんなことをされたら厄介どころの話じゃないぞ。
さっきみたいに速攻を仕掛けられて捌ききれる自信はないが、さりとてこちらから仕掛けて攻め切れる実力もない。
押しても引いてもダメな状況で、打開策も見えない。
……いや、あったな。
一つだけあった。
色以外はクラフトドールとそっくりなアンチドールのスーツだが、実は三点ほど違う箇所がある。
表には出てこない部分なので僕以外に知る者もいない。
もちろん、カミナも知らない。
一つ目は、爆破装置の存在だ。
僕がアンチドールのスーツをまとっていた時にアンチドールとして爆死するために仕込んでおいたもので、怪人と同様の機構を用いて、クラフトドールの必殺技である光線に反応して爆発する。
まあこれを使うつもりはない。
カミナを爆死させるのは論外だし、アンチドールのスーツはもう使わないと判断していたので、保管上の安全のため爆破装置は取り外してある。
二つ目はマスクの通信機の存在。
クラフトドールには僕が指示を出していたので、マスクに通信機が仕込んである。
アンチドールの場合は僕がアンチドールの中からオペレーションをしていたが、再登場の際にはその機能は外してしまった。
だからカミナが家からヘッドセットを持ってきたんだけど。
それが壊れた今はもうクラフトドール側の通信機も用を成さない。
戦闘には影響なし。
重要なのは最後の一つ。
カミナにも教えていない隠し機能。
強化形態なんぞ作らず、密かにマイナーチェンジして搭載していたパワーアップ機能。
まあその分充電の消耗が激しいんだけど。
今更大公開、クラフトドールの秘密。
充電して電力で動いてるよ!
この強化形態には、特撮番組の様な分かりやすい強化アイテムもナシ。
いや、そもそも強化形態ですらないな。
変形しないし。
拡張機能と言ったところか。
なにせスーツ自体に仕込まれているからな。
アンチドールと睨み合いながら、気が付かれないようにスイッチを入れる。
カミナはその機能のことを知らないので、スイッチを入れたのを見られたからといってやろうとしていることがバレる道理はないが、まあ勘がいいからな。
不意打ちの度合いは高ければ高い方がいいだろう。
機を窺いながらアンチドールの姿を凝視していると、またしてもその姿が迫ってくる。
やれやれ、息つく暇もないとはこのことだな。
しかしさっきよりも距離が開いていたことと、油断なく構えていたことで、なんとか対応が出来る。
迫る右腕を、胸の前で腕を交差させることで防ぐ。
そして、ここで仕掛けを御覧じろ、だ。
『うおっ!?』
三本の腕が集まる点から、大きな火花が飛び散る。
衝撃と光に少しばかりくらっと来るが、スーツの中から感電するようなことはないので問題なし。
一方のアンチドールは意表を突かれて腕を引っ込め、顔を背けている。
スタンガンのようなものが通じるアンチドールではないが、クラフトドールの電撃の威力はそんなものとは比にならないので、かなり効いたはずだ。
電撃モード、エレキステイツ。
まあ呼び方は何でもいいが。
これがクラフトドールの隠し機能、電撃だ。
本来ならクラブモン……カニ怪人との戦いの時に使うつもりだった機能。
泡で身動きが取れない時に、泡を伝わらせて怪人に電撃を食らわせて状況を打開しよう、という様な。
まあカミナはあの時も、今と同じようにその右の拳で道を切り開いてしまった訳だが。
さて、そのカミナは右腕を庇うようにしながらうずくまっている。
不意を突かれたショックもあるのだろう。
電撃などそうそう食らう機会もないはずだ。
しかし、なんだか。
やけに動かない時間が長いような。
……まずい、やり過ぎた。
確かに本気で喧嘩をしようとも思ったし、勝つためには手札がこれしかないとも思った。
しかし、カミナを傷つけるようなことは本意ではないのだ。
動けないのか、熱で火傷でもしてはいないだろうか。
神経や心臓、内蔵なんかに影響は出ていないか。
このまますぐにでも連れ帰った方がいいのではないか。
やはり本気のケンカだなんて、馬鹿なことをするべきではなかった。
僕は、僕は……。
今までで最も強く迫る最大級の自己嫌悪に包まれながら、僕はよろよろと妹に駆け寄った。
「だ、大丈夫か、カミ……」
……のだが。
左側頭部に衝撃が走り、またしても僕は転がった。
揺れる意識に、アンチドールの低い声が響く。
『敵に情けを掛けるつもりか。ナメられたものだな、私も』
ああ、何ということだ。
お前は、まだアンチドールをやり続けるのか。
余計なことを考えるなというのか。
あー、くそ。
真に自己嫌悪すべきはこっちだな。
覚悟が足りないぞ、覚悟が。
今更余計なことを考えてはいけない、僕は何としてもこのケンカに勝たなくてはいけないんだ。
それに僕はもう、とっくに悪役なんだから。
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