再戦・アンチドール
『場所を変えようか。ギャラリーが多すぎる』
いざ開戦、かと思われた時。
アンチドールが静かに提案した。
まあ確かに、このままでは屋上に集まった人たちを巻き込みかねない。
それはカミナが最も望まないことだろうし、僕としてもそうだ。
「よし、いいだろう。好きな場所を選んでくれ」
僕が快諾し、人ごみがざわめく。
中にはガッカリするような声も混じっていて、「お前ら本当にいいのか、最悪死ぬぞ」と言ってやりたい気持ちになる。
しかしまあもちろん、ヒーローとしてそんなことは言わない。
アンチドールの先導に従って屋上を飛び降り、再び戦場になり損ねたショッピングモールを後にする。
狭い街で、以前にも見たようなことが何度も繰り返される。
何度も何度も、成長せずに繰り返して。
もういい加減にうんざりして来たところかもしれないが、もう少しだけお付き合い願いたい。
これで本当に最後だから。
「ここら辺でいいんじゃないか」
ショッピングモールから少しだけ離れた雑居ビルの上に立ったところで、アンチドールに向けて提案する。
古びた低い建物が並ぶ一帯で、見下ろす路上にも人通りはない。
商店の看板が見えたが、かなり黒ずんでいて表にはシャッターが閉まっている。
誰も巻き込まない。
そして誰にも話を聞かれない。
最高のロケーションだと言えるだろう。
街の中心でもこういう所があるものだ。
うーん
地方都市。
『……ああ、そうだね』
その短い発声の中にクレシェンドがかかるように柔らかさが加わり、アンチドールの口調からいつものカミナへと緩やかに変化する。
二人きりになったので、オフ状態になったのだろう。
キャラをりっぱなしにするのも疲れるしな。
「ここに来たならもう戦う必要はないんじゃないか」
『ダメだよ、ちゃんとやっとかなきゃ。多分テレビとかが追い掛けて来るから、その時にちゃんと終わったよってのを見せられないと』
当たり前ながら、臆病な僕の献言は軽々と一蹴される。
カミナは昔から頑固な子だったから。
「じゃあ形だけでも」
『それもダメ。ちゃんと本気でやって、全部片付けなきゃ』
また却下。
僕は本気でやりたくなんかないんだけどなぁ。
だってそうだろう。
妹を殴りたい兄などいる訳ないではないか。
『それに、1回お兄ちゃんをしっかり殴っとかないと気が済まないし』
その逆はいくらでもいそうだけれど。
「いや、あの、それなら大人しく殴られるから……」
『もう何も言わないで』
とうとう黙らされてしまった。
万策尽きたか。
『私ね、頭良くないけど自分なりに考えたんだよ。いっぱい考えた。それでこうするしかないと思ったの。お兄ちゃんは頭良いし、このまま話してたら説得されちゃうかもしれないからさ。でも、それじゃモヤモヤはずっと残ったまんまで収まりつかないし』
そんなスピーカー越しの言葉に、僕は、なんというか、柄にもなく。
心打たれてしまった訳で。
カミナはきっと、ずっと色んなことを我慢していたから。
僕と喧嘩になるようなことはずっとしなかったから。
なんだか久しぶりに、カミナの心をぶつけられた気がしてしまって。
本気で喧嘩しようなんて、そんな機会も気概もなくて。
小賢しく成長してしまった僕は、そんな本気を子供時代に置いてきてしまったから。
こうやって、妹から本気の思いをぶつけられて嬉しくない兄がいるものか。
それに応えない兄がいるものか。
『だから、本気でやってお兄ちゃんが勝ったら許してあげる』
もしも負けたらどうなるかなんて、そんな未来予想は置いといて。
許される訳がないと思っていたのに、許される機会をぶら下げられてそれに縋っている、そんな自分の愚かさも置いておいて。
今は、ただ。
「ああ、本気で喧嘩しよう」
そう思っている。
『よし、じゃあカウントしてスタートね』
「お、おう」
意外とのんきというか、深刻さのないカミナの態度に若干戸惑いながらも、その場で戦闘態勢を取るように構える。
とはいえ、カミナを本気で殴ったことなんて子供の時でも覚えがないぞ。
『さん、にー』
「い、いち」
つられてカウントを数える。
『ゼr』
最後の音を聞きとる前に、スパァンという鋭い音とともに僕の体は吹き飛んだ。
屋上をゴロゴロと転がり、スーツの凹凸によってさらにガッタンガッタン衝撃を受けて大ダメージ。
人が立ち入ることを想定されていない屋上には柵もなく、危うく転落しかける。
仰向けに右腕をぶら下げた状態でなんとか止まり、屋上及びこの世に留まることが出来た。
いや、このスーツなら落ちても平気か、試す気にはならないけれど。
しかし驚いたな。
直前まであんなにのんきでキュートだったのに、こんなに早く切り替わるとは。
んー、まさに変身。
今度は僕の思考がのんきだが、そんな自分を客観的に捉えて戦況を分析できる程度には冷静にクルクルと回っている。
やはりカミナは強い。
どう戦ったものやら。
『ほら、早く立ってよ。おいでー』
そんなこと言われたら嬉しくてお兄ちゃん涙出そう。
ビジュアルが黒くて屈強な怪人だし、声はスピーカー越しで鈍いけど。
『ちょっと人が来たね。大きいカメラも見える。テレビかな?』
言われて下を覗き込むと、たしかに。
こちらを見上げている人が一人。
多分カミナがいるところから見える路上にも人がいるんだろう。
少し遠くの建物の屋上にはカミナの言葉通りの大きいカメラ。
あちらは人が立ち入ることを想定した屋上らしく、カメラマンが柵から乗り出している。
もう追いかけてきたのか、随分早いな。
『聞かれると困るからここからはお喋りなしね』
そう言われても、こちらはもう喋る気力もないのだが。
『分かったらさっさと再開するぞ、クラフトドール』
カミナは既に、アンチドールに「変身」していた。
僕もどうにかしないとなぁ。
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