終わってなかった
「なんで……?」
僕の最愛の妹が。
先に帰ったはずの妹が。
理由はさっぱり分からないが。
テレビの画面の向こう側で、青空を背景にショッピングモールの屋上で仁王立ちしている。
しかも、ヒーローそっくりの怪人の姿で。
そんなスーツを纏って。
最後の怪人は倒した。
怪人の制作装置も壊した。
森本も、もう二度と怪人を作ることはない。
全てが終わったはずだ。
それなのに、どうして。
どうしてそんなところに立っている?
名残惜しいなんて、感傷に浸るなんて。
カミナに限って、そんなことはあるはずがないし。
アンチドールのスーツにも、彼女を傷つけた怪人にも。
何が何やら分からないが
その真意を確かめるには恐らく、直接出向くしかないだろう。
そう結論付けて画面を見る。
カメラを見つめるアンチドールの眼は、僕に来いと言っているようだった。
まあ仕方がない。
さあて、行こうか。
またしてもアーケード街の屋根に乗る、一日にこんな密度でこんなことをするとは。
人生長しと言えども、そうそう出来る経験ではあるまいな。嬉しくはないが。
「……あっちか」
今更確認するまでもないくらい、行き慣れた場所ではあるんだけれど。
カミナが待っていると思うとどうにも力んでしまう。
今までの緊張感とは全く違う、真意が分からない故の嫌な緊張。
家の中で顔を合わせても言葉を交わさなかったあの期間は、原因が分かっていた分納得できたが。
今回は何を考えてのことやらさっぱり分からない。
どっしりと重いものが胃や腸を内側から圧迫して、体を地面に落としそうになる。
実際、何かの店の屋根を蹴った時に、想像以上に飛距離が伸びずに危うく落ちかけた。
屋根の端を腕で掴み、体を持ち上げることで事なきを得たが……こんな調子で無事にあそこまで辿り着けるのだろうか。
カミナの所まではなんの障害もなく、怪人が立ちはだかる訳でもないのに。
そんなわけで、ショッピングモールに辿り着くまでにはえらく時間がかかった。
そんな訳がないのに、歩いた方が早かったのではないかとすら思えてしまう。
少なくとも、歩いた方が労力は少なかったかもしれない。
景色がゆっくりと流れる。
しかしカミナのことしか視界に入らずに、街がどうなっているかなんてことは分からなかった。
カミナとの思い出が頭を駆け巡ることも、今回はなかった。
すぐ隣のオフィスビルからショッピングモールの建物に飛び移る。
またしても飛距離が足りずにずり落ちる。
わずかな壁の凹凸にしがみつき、スーツのアシストをフルに使ってよじ登っていく。
この先に、カミナがいる。
呼ばれている。
会いに行かなくてはならない。
そう思うと、こんなに胃腸が重いのに、手足に力が入る。
鉛のような体をいとも容易く持ち上げて、そこまで運ぶ。
「……カミナ」
いや、アンチドール。
思わずこぼれた声は、誰にも届かずビル風に消えた。
壁を登りきり、ショッピングモールの屋上駐車場に立つ。
正面にはガラスの自動ドアがついた、白い小屋のような建物が見える。
ここからショッピングモールの中に入っていくための入口の建物。
僕がアンチドールとして、クラフトドールと戦うために立っていた場所。
そして、その戦いが実現しなかった場所。
再びそこにアンチドールが立っている。
そして僕を待っている。
広い駐車場にはもちろん多くの車が置かれていて、客が大勢ひしめいている。
ニュースを見たのか、偶然見かけたのかは分からないが、建物の屋根に立って微動だにしないアンチドールを、遠巻きに眺めている。
後ろの方にいた数人が僕に気が付き、声を上げ、次々と人が振り向く。
だが、まあ。
人の目を集めることにも疲れたので、無視して跳び上がる。
アンチドールと同じ場所に飛び乗ると、人だかりが「おおぉ」とざわめいた。
なんだか奇妙な感覚だ。
想定外に想定外が重なった結果、僕たちはこうしてここで対峙している。
『待っていたぞ、クラフトドール。無事伝わったようで何よりだ』
外付けスピーカーと変声機を通した、荒く野太い声。
ずっとクラフトドールを演じてきただけあって、アンチドールとしての高圧的な振る舞い。
下にいる人々の目も意識しているのだろう。
「ああ、伝わってるよ 」
一方の僕は、クラフトドールらしい振る舞いなどできない。
カミナに比べれば、酷い出来だ。
しかしまあ、素人がなんの打ち合わせもしなければこうなるのは必然なので許して欲しい。
それでも、痛いほど伝わっている。
カミナの意思は。
僕がやっていたのと同じことをやろうとしているんだろう、お前は。
あの時よりも、役者と舞台が整った状態で。
有無を言わせず参加させられることにはなったけれど。
「アンチドール。お前を倒して、全て最後だ」
ヒーローらしく、精一杯の虚勢を張って。
高らかに、力強く、そう言い切る。
アンチドールの禍々しいマスク越しに、カミナがニコリと微笑んだ、気がした。
僕たちのこのやり取りは、既に大勢に聞かれていることだろう。
例えばこの屋上に居る人だとか。その人たちが撮った映像越しの誰かだとか。
商店街のテレビにアンチドールの姿を映していたテレビカメラだとか。
そういう人たちに向けて。
パル・パトを倒した今、改めて。
新しく作ってしまった悪の親玉、アンチドールを倒して見せなくては。
『やってみろ、手加減はしないぞ』
手加減はしないとは、アンチドールとしてはいささか不自然な表現だな。
つまりこれは、カミナ自身から僕への直接のメッセージ。
本気で兄弟喧嘩をしようと。
そして自分の手で決着をつけろと。
あー……参ったなぁ。
カミナも好きだよなぁ、そういう熱血っぽいの。
カミナのことは愛しているけど、趣味嗜好までは似なかった。
だって僕はこう考えるタイプだ。
僕がカミナに勝てる訳がないだろう?
……と。
さーて、どうしたもんか。
また思考を全速力で回転させながら、構えをとる。
まっすぐ、妹のことだけを見つめながら。
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