最終章
帰れない帰り道
「うるさいんですよ、正しいの正しくないのって。もういいですから、もうやりませんから」
視線を合わせないまま、ふてくされたように森本が呟く。
何かを誤魔化そうとしている調子でもないし、今更嘘をついてまでまた何かを始めようとするとも思えない。
もう何かをやってやろうというつもりはないのだろう。
となればこの戦いも本当に終わりにすることが出来る。
いやはや、長かった。
「それによく分かりましたよ。皆川さんがいない間に、怪人のおかげで減っていた迷惑行為をする輩はまた元の風に戻りつつありましたからね。人間の本性なんてそう簡単に変わるもんじゃないです」
それをお前が言うのか、と思わないでもなかったが。
「暴力で無理やりに抑え込まれるのはむかつくことですしねー」
実体験から何かを学んだようだった。
森本の本性は……まあ少しは変わってくれたと思っていいだろうか。
机に頬杖をついて向こうを向いているので、その表情は分からないけれど。
「もういいでしょう、帰っときましょうよ」
こっちを向かずに、しっしっ、と虫を払うように手を振られる。
とうとうハッキリ帰れと言われてしまった。
まあ僕としても、怪人製作装置の破壊を終えた今となっては、これ以上ここに留まる理由もないので大人しく従っておくことにする。
「もう怪人なんか作るんじゃないぞ」
「やらないって言ってるでしょう。あと、それはお互い様ですからね」
最後まで振り返りはしなかったが、恐らくとんでもない顔をしているんだろうな。
そう思いながら、部屋を後にする。
外廊下か、飛び降りて、再び建物の屋根を跳んで移動する。
さて、帰るか、と思ったところで。
一応やり残したことがないか、一度アーケード街まで戻って確認しようと思い立つ。
なにせ、前回僕の後始末が甘かったせいで、森本が怪人を作るに至った訳だから。
今度こそは取りこぼしがないように、徹底して後片付けをしておこう。
そう決めて、来た道を引き返す。
街の風景が流れる。
今度は森本を担いでいないからか、行きよりもなんだか早く感じる。
嫌になるようなスピード感。
なんら感傷に浸る暇もなく。
もう怪人は出てきませんめでたしめでたしの喜びを先延ばしにして。
あっという間に戦いの跡地に戻ってきてしまった。
怪人もヒーローも、悪も正義もなくなった商店街には、もうすでに少しずつ日常と通行人が戻り始めていて、人間の復活の早さを痛感する。
もしくは、最初から何も変わっていなかっただけか。
砂浜に描いた絵が波にさらわれて消えるように。
抜いても抜いても雑草が生えてくるように。
浜の真砂は尽きるとも、世に盗人の種は尽きまじー、とな。
あれ、これ何だっけ。なんにせよ、ちょっと違うか。
また悪い癖が出ている。
関係のない方向に思考が回り出す。
あの時と同じだ、追い詰められている時と。
そうか、あの時と同じように。
……んー、なんだか。
なんだろう、嫌な予感がする。
クラフトドールの巨体が、商店街の道を覆う、レンガ風の装飾の上に降り立つ。
街を行く人々の目線が、次々とクラフトドールにに向けられる。
中には、怯えたような顔をする人までいる。
商店街には似つかわしくない異形の姿、というだけではなく。
クラフトドールがいるということは、怪人がまだいるのかと。
戦いはまだ終わっていないのかと、恐らくはそういう連想をさせる恐怖。
まさに怪人あってのヒーロー。
犯罪対策の多い街は、それだけ犯罪の多い街。
医者は暇なのが一番いいってなことだ。
「あー、大丈夫です。後始末をしに来ただけなので。怪人は出てきませんよ。……もう二度と」
演説の様に大勢に話す元気も残っておらず。
一人一人に話しかけるようにしながら、商店街の奥へと歩いていく。
目線を受けて、怯えられて、それを諭しての繰り返し。
まるでクラフトドールが恐怖の象徴みたいだ。
いや、その通りか。
僕がそうしたんだ。
そんな自己認識で、思わず背中が曲がる。
アーケード街の、真っ直ぐな道を進む。
パル・パトとかくれんぼをした、脇道の横を通る。
もう少し歩いて、柴犬怪人との戦闘の跡地。
壊れた店と、シャッターと、爆発の跡。
この商店街のどこにも、残しておいて後々困るようなものは見当たらない。
まあそうだろう、怪人制作装置と違って、思い当たる物もないし。
もう二度と、怪人が現れることはない。
念のため、アーケード街の端まで歩く。
そのころには驚かれるのにも慣れてしまって、一々反応するようなことはしない。
背筋は曲がったままだけれど。
やがて、アーケード街の出口に着く。
商店街の端は、大手の家電量販店だ。
通りに面する大きなショーウインドウにテレビが並べられ、さすがは最新型といった綺麗な画面たちには、同時に同じ番組が流されている。
我が家では母の強い意向もあって、未だにテレビが大活躍中なのだが。
世間一般ではどうなのだろうか。
昭和の映画にも出てくる風景の様に、こんな風に道に向けて画面を並べてアピールすることが、果たして本当に有効なのだろうかと疑問に感じてしまう。
そんなところに思考が入り込んでしまったせいで、ショーウインドウの前で足を止めてしまった。
そんなことを考えていたせいで、気が付くのが遅れてしまった。
いくつも並べられたテレビたちは、すべて同じニュース番組を映し出している。
そのニュースの内容は、速報。
映っているのは、この街。
さっきの戦いのことではない。
映し出されているのは、この商店街ではない。
見慣れた、あのショッピングモール。
そしてその建物の屋上に、またもや見慣れた姿。
「アンチドール……?」
恐らく、僕の最愛の妹の姿。
しかし、先に帰ったはずなのに、何故だ?
理由はさっぱり分からないが。
テレビの画面の向こう側で、ヒーローそっくりの姿をした怪人が青空を背景に仁王立ちしていた。
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