パル・パトの事情
「さて、こんなもんか」
怪人制作装置の解体があらかた終了し、廃棄品をまとめた袋が並ぶ。
これで次のごみの日に、森本がこれらを捨てれば解決だ。
それまではここに置かれ続けることになるが、さすがにまたこれを組み立てるようなことはしないだろう。
物理的にもそんなことは出来ないようにしておいたしな。
それから、クラフトドールのスーツを着たまま、ここで過ごして思ったことだが。
このスーツは屋内での作業に圧倒的に向いていないな。
体が一回りも二回りも大きくなるせいで、部屋が狭くて仕方がない。
機械製のグローブをはめているから、慣れるまでは細かい解体作業にも難儀することになる。
慣れてしまえば手元作業にもアシストがかかるので、まあそこからはなんとかなったが。
「もう二度と怪人を作るんじゃないぞ」
「作りたくても作れないでしょう……」
「作りたいのか?」
「い、いえ、そんな滅相もない!!」
森本は、ご機嫌を取るようにグラスに注いだジュースを差し出してきたが、マスクを脱ぐ訳にもいかないのでそれを固辞する。
まだ不安そうに、上目遣いでこちらを窺いながらそのジュースを啜る森本は。
「あの、まだ何か?」
やるべきことは終わったのだろう、早く帰れ、と言外に催促してくる。
「いや、な」
僕としても、こんなところに長居したい訳ではないのだが。
話したいことが少しだけ残っていて。
しかし切り出し方にも迷ってしまって。
それでまあ、無言のままで部屋の中に居座ることになってしまっている。
「あーっと、何と言うか……」
踏み入った話などというものをしたことがほとんどないので、どうにも言葉に詰まってしまう。
他人とちゃんと関わってこなかったツケが、最近になってありとあらゆる形で出て来ていて不甲斐ない。
「なんでそんなに、怪人を作ることに執着してたんだ?」
何とか絞り出した質問文は、いささかストレートに過ぎた気もしたが。
まあこの辺りが限界だと諦めておく。
返答を拒まれたらそれまでそれまで、それはそれでめでたしめでたし。
終わるべきことは終わっているし。
絶対に聞き出さなければならないというほどのことでもないし。
「なんですか、急に」
「気にするな、世間話だ」
ただ、なんとなく気になっただけだ。
思い返せば、怪人に「法で裁けない悪人」を襲わせようとしていたのは森本だからな。
それはきっと、森本なりの正義でもあったのだろうと、そう思えないこともないなと。ほんの少しだけだけれど。
「別に、ただムカついてただけですよ。親とか、社会とかに」
何か怒りが根底にあるのだろうと思ってはいたのだが。
その答えは少々意外だった。
「こんな所に一人暮らしなんてしているから、結構裕福な家庭なのかと思ったんだがな」
この辺りでは特に新しく綺麗で、かなり高級そうなこのマンションは、学生の1人暮らしには少々広すぎる。
しかも森本は院生だ。
そういった諸々の要素からつい口をついて出た言葉だったのだが。
「金があれば幸せだと思ってるクチですかァ?」
森本の中の何かに触れたらしい。
忌々しそうに顔をしかめて、これまでになく憎たらしい態度になる。
「自分はねぇ、ここに厄介払いされてきたんすよ」
森本は頬杖をついて顔を背ける。
失敗した。つつくべきではない所をつついてしまった。
森本の態度が急変したことと、家庭のことにはどうにも口を出し辛いことから、続く言葉に窮してしまう。
しかしこのまま沈黙を続けるのも気まずいからなぁ。
しばらく思案を巡らせてから、もう一つの方に話題を傾けることにする。
「あー……社会にムカつくってのは?」
「ああ、ムカつきますね。道を塞いでちんたら歩いたりとか、路上喫煙で副流煙を吸わされたりだとか、プップクプップク馬鹿みてえにクラクションならずドライバーがいたりだとか。警察に捕まったりはしないですけどね、明らかに迷惑で有害だ。社会のクズだ」
今度は打って変わって濁流のような文句が溢れ出す。
それまでになく早く、饒舌に喋りだしたものだから、思わず仰け反ってしまう。
彼も彼で色々と溜まっていたらしい。
まあ確かに、森本が言うような行為は僕も迷惑だと思うし、そんな罪を怪人で裁こうとする森本を止めようとも思わなかった。
だが、今の僕はそれを止めなければならない。
こめかみの所をコツコツと叩きながら、森本にかける言葉を考える。
「怪人を作って人々を襲うことが正しいのか?」
「あなたがそれを言うんですか」
「それを言われるとあまり強くは言えないけどな」
「正しいと思ってますよ。少なくともあんな連中よりは」
あんな連中、というのはさっき並べ立てた法で裁けない迷惑な人間達のことか。
どちらも正しくはないと思うが。
「何が正しいかとかの議論は意味がないんですよ。社会そのものが間違ってるんですから」
「まあそれはそうかもしれんが」
「だから、自分がやるしかなかった」
「待てよ。それだけは絶対に違う」
頭ごなしの否定はよろしくない。
それは分かった上でも、否定しなければならないものがある。
「自分一人の正しさだけにこだわることは。それだけは絶対に正しくないんだ」
そんなことを僕が言うのは、間違っているというのは百も承知で。
それでもこれだけは、森本の目をまっすぐに見て言った。
森本は、しばらく呆然と目を見開いて。口を開いて。ただポカンとしていたが。
やがて下を向いて、不満げに。
「分かりましたよ、もう」
とだけ、小さく呟いた。
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