アンチドールの勝利と
爆音と爆風が、商店街のアーケードを通り過ぎた。
その嵐の発生源は、よく知った黒いヒーローの必殺技と、柴犬怪人の最後。
つまりこの現象、アンチドールの勝利へとささげられた祝砲だ。
「これ、まさか、ワンゴー……」
怪人の親玉であるところのパル・パトは、先ほどの爆風によって剥がれ落ちた仮面の下に潜ませていた顔を、全身の痛みと敗北の屈辱にゆがめている。
どうやら全体の状況を把握したらしい。
もう、これで全て最後だろう。
目の前で死にかけの虫のようにもがくパル・パト……いや、森本はどうにも情けない。
そして、もう抵抗する手段を持ってはいない。
はずだ。
さて、ここからどうするべきか。
警察に突き出すか?
いや、それもどうなんだろう。
そもそも何の罪に問われるのだろうか。
パル・パトのしでかしたことを考えれば何かしらの罪にはなるんだろうけれど、奴が逮捕されてしまえばそれでめでたしめでたしになるとも思えない。
それに、警察のお世話になるとなれば、僕の立場も微妙になる。
皆川イサキとしても、クラフトドールとしても。
パル・パトを殺してしまうなどという何も反省していない解決法は論外として、他にどんな手段を取ることが出来るだろうか。
反省を促すにしても、説教をして自らを省みるタイプだとは思わない。
また行方を眩ませて同じことを繰り返すのがオチだろう。
同じ理由から暴力で従わせるのも却下。
追い詰めはしたが、追い詰め度合いが足りずに実力行使に踏み切れない。
やれやれ、こんな時にフィクションのヒーローならば、強烈なカリスマで悪人を改心させてしまうこともあるんだけれど。
そんなことを望むべくもないところに、僕がいかにヒーローではないかということを思い知らされる。
そして、それはカミナにも同じことが言えるだろう。
カミナも所詮は、僕が作った偽物のヒーローだった。
僕の中ではどうあっても、だ。
クラフトドールもアンチドールもヒーローではなく怪人。
それを忘れてはならないし。
だからこそパル・パトへの断罪にすら、未だに躊躇がある。
さて、ここまで来て次に何をしていいやら分からないとは。
情けないことだが、人生などそんなものだと無理矢理に自分を納得させる。
うーむ、とりあえず捕まえてしまうか。
みっともなくわたわたと動く腕を、強めに引っ掴む。
「うわっ、おいぃっ、はなせぇっ!!」
腕を掴まれたパル・パトは、強気な態度ながらも弱々しい声で喚き立てる。
いや、今はもう悪の親玉のパル・パトなどではない。
仮面を剥がれたただの人間、森本だ。
森本の両腕を掴み、体を持ち上げる。
そのまま胴体を肩に引っ掛けるようにして抱える。
まずは大学に勝手に作っていた研究室跡、にでも行こうか。
『そいつがパル・パトか』
不意に、後ろから機械的な野太い声がかけられる。
振り返ると、そこにいたのはアンチドール……カミナだった。
柴犬怪人を無事に倒し、こちらに向かってきたらしい。
「クラフトドール……!!」
『ああ。こうして間近で顔を合わせるのは初めてだな』
森本には、目の前に現れたアンチドールの中にいるのが、以前までのクラフトドールと同一人物であることが分かったらしい。
森本は憎々しげにアンチドールを、そしてそのマスク越しにカミナの顔を睨みつけた。
一方のカミナは、アンチドールになっている時にもクラフトドールの時同様に、男のような口調で答える。
設定を継承したままで、平然と森本からの怨念を受け止めている。
複雑に様々な状況が錯綜している。
そして今、その絡まった糸を全て解く段階に至った。
不意に、アンチドールが森本の頭を握りつぶさんばかりに強く掴んだ。
おっと、いきなりどうした?
スーツのアシストを掛けると頭が潰れかねないので、カミナの腕力だけを使っているのだろうが、それでも森本の顔が苦痛に歪む。
空手が握力にどの程度の影響を与えるのかは分からないが、まあそれなりに辛かろう。
しかし、カミナがこんな風に暴力的な制裁を加えるとは少し意外だ。
それだけ腹に据えかねているのだろうか。
『おい、パル・パト』
「は、はい、なんでしょう……」
アンチドールのドスの効いた声に、森本は震える声で答える。
さっきまでの態度とは裏腹に弱気で、敬語にまでなっている。
だがまあ、正直そうなってしまうのが理解できるくらいには、何と言うか。
迫力がある。
『今まで散々好き勝手やってくたじゃないか、おい』
目に見えないものを信じるタイプではないのだが。
アンチドールの全身から、怒りに染まった赤いオーラが見える気がする。
立ち昇る炎のようなそれの発する熱に、クラフトドールの装甲越しでも身を焦がされそうだ。
「なっ、何か文句がっ……!!」
『いいか、二度とおかしな気を起こすんじゃない。次また怪人が現れてみろ。貴様がどこに隠れようと見つけ出し、地の底まで追いかけ、確実に……』
その先に言葉が続くことはなかった。
言葉はなかったが、まあ、察しはついた。
それは森本も同様だったようで、目を見開いたまま固まっている。
「は、はい……」
森本がどうにかそれだけを絞り出すと、アンチドールはそっと森本の頭から手をどけた。
悪の親玉を、沈黙させてしまった。
さっきまで、どう決着をつけても無駄なんじゃないかと考えていた色々なものが、どこかへ吹き飛んでしまう。
もう怪人は出てこないだろうと、そう信じたくなってしまう。
こんなにも強引な解決方法なのに。
そう思えてしまうのは、やはり。
カミナが本物のヒーローだからだろうか。
そんな風に結論付けてしまうのは、いささか単純すぎるだろうか?
僕の身勝手だろうか?
だがそう思えてしまったので、どうか許してほしい。
そんなことを、誰に請うでもなく思ってしまった。
やっぱり、うちの妹は最高だった。
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