かくれんぼ

 もういいかい、なんて楽しく声を上げられるような、愉快な状況ではないけれど。

 どうやら、こんな馬鹿みたいなかくれんぼに付き合わなければならないらしい。

 まったくどこまでも手間を掛けさせてくれる。


 恨み言を小さく呟きながら、足を進め周囲を見渡す。


 アーケード街の屋根の下、前方に伸びる大通り。

 逃げ込めそうな脇道を確認して、かくれんぼの鬼の役割を担う心構えをする。


 さーて、行くか。


 まずは一番近くにある、左の脇道。

 ワインをメインに出すバーと、小さなギャラリーの間。

 室外機が並んではいるが、それだけ。大の大人が隠れられるスペースはなし。


「ここは違うか……」


 妙な緊張感を覚えて、思わず呟く。

 さあ、次の脇道へ向かおう。

 斜向かいの、服屋と洋菓子屋の間。


 次の路地にはごみ捨て場のようなものがある。

 あいつはゴミだ、この辺りを重点的に探そう。

 なんて安直に考えてしまえたら楽だったんだけれど。


 一通り探してはみるものの、見当たらない。

 早く次の道を探さなければ。

 次は何も呟かずに、探索を続行する。


 あまりドタドタと逃げ出すことはしないだろうが、のんびりしていると、路地の向こう側に突っ切って逃げてしまうかもしれない。


 今取り逃すと再び見つけ出すのは困難を極めるだろう。

 下手をすると、もう二度と表に姿を現さなくなってしまう。


 そんなことになったら、中途半端な出来の怪人がこれからもずっと街に現れ続けることになる。

 それが最も望まない結果だから。

 やりたくもないかくれんぼにだって、思わず熱が入ってしまうというものだ。


 スーツの中で汗をかいたのか、口の中が乾いていることに気がつく。

 水を飲んで一息つくぐらいしたいところだ。

 まあ、血の味が滲まないだけマシか。


 次。

 室外機以外には何もない。

 次。

 全く同じ状態。


 そうなると候補の脇道はあと二本。

 さあ、怪人の親玉はどちらに潜んでいるか。

 まずは近い方から探しに行く。


 飲食店の間の小道で、裏口らしい金属製の扉と生ゴミの詰まったゴミ袋で満たされたダストボックスが並んでいる。

 そしてさっきまでの道と違って、行き辺りで右に曲がる角がある。


 レンガの様な模様の商店街の地面を蹴り、一気にドン突きまで移動する。

 右手を見る。

 短い突き当り。隠れる場所も、抜け出して逃げる先もない。


 また外れだ。

 となると、残る候補はあと一つ。

 最後になるとはな、時間がかかりすぎて逃げ出されていなければいいが。


 先程よりも数段焦燥を募らせながら、脇道を抜ける。

 体の奥がムズムズとする感覚に身をよじりたくなる。


 斜向かいの脇道へと駆ける。

 その途中で、相変わらず怪人を圧倒するアンチドールの姿がちらりと視界の隅に映った。


 ごめんな、と。

 ありがとう、を同時に心の中で唱えながら。

 その気持ちを行動で示すために今は走る。


 薄暗い脇道に入る。

 スーツ越しだというのに、空気がひんやりとして感じる。


 それはおそらく、推論ではあるがここにパル・パトが隠れているという小さな確信によるものだろう。

 間違いなくここがこの一連の人形劇の最終局面。


 僕が始めた戦いに、ここで決着をつけなければならない。


 問題の脇道は、がらんとしている。

 が、ただ一点だけがこれまでの他の道とは違う。


 錆びついた自転車の横に、黒いビニールの大きなゴミ袋。

 その周辺には小さなゴミや紙くずが散らばり、ゴミ袋自身はプルプルと細かく揺れている。


 パル・パトの居場所は、呆れるほどに一目瞭然だった。

 やれやれ、こんな奴にこんなにも苦戦させられていたなんて。

 ゴミ袋に向かってゆっくりと足を進める。


 黒いビニールがピクリと動く。

 気が付かれたか。

 だが、気が付いたからといってここから逃れることも出来まい。


 さっきマントを被せられた反省を生かして、一応身構えながら一気に距離を詰める。

 肩をポンと叩くように、ゴミの上に手を置く。


「見いつけた」


 柄にもなく、そんな言葉が口をついて出た。

 袋がビクリと大きく動き、転がる。

 ここまで来て逃がしてたまるか。


 即座にゴミ袋の下側に両手を伸ばし、頭上へ高々と持ち上げる。

 ずっとこんな狭くて暗い所にいたんじゃ、動きづらくってしょうがない。


 明るい大通りの方を向き、そちらに向かって思い切り袋を投げ飛ばす。


「うええあっ!?」


 袋は呻くようなくぐもった悲鳴を上げながら飛んで行ったが、すぐに着地してその声ごと潰れた。

 しばらく、ごそごそもぞもぞと動いていた袋が破け、中からマントを失ってすっかり威厳をなくした怪人の親玉が這い出してきた。


 ワイシャツに包まれた細い体は、まあ貧弱というかなんというか。

 しかしこんな時にまで仮面を外さないとは。

 そこに関してだけは、敵ながら天晴れな奴〜とでも言うべきか。


「ウグ、ウウウ……」


 全身を強烈に打ち付けたためだろう。

 パル・パトは、虫の羽音の様に細く不愉快な呻き声を漏らしながら、文字通り地を這い、もんどりうっている。


 時には腰や背中をさすり、時には助けを求めるように天を仰ぐ。


 しかし頼りの怪人は、アンチドールにもうすぐ倒されるだろう。

 もう決着はついた、といってしまってもいい状況。


「くっそ、なんで、なんでこんな……」

「身から出た錆だ」


 悔しそうに、納得がいかないように尚も喚くパル・パトに、鳥肌が立つような嫌悪が走る。

 これが怪人を前にしたときの感覚。そして……。


 パル・パトの体を持ち上げようと手を伸ばした瞬間、爆音が響いた。

 アーケード街の屋根の下を這うように爆風たちが通り過ぎる。

 その風でパル・パトの仮面もはがれ、吹き飛んだ。


 爆心地の方向を見やる。

 街中の爆発という不審な現象ではあるが、心当たりが一つだけある。

 ヒーローの勝利の瞬間を祝う様なその現象は。


 揺らめき、薄らいだ煙の向こう側に、人影が見える。

 危うげなくどっしりと佇む、黒いヒーローの姿。


 必殺技で、アンチドールが柴犬怪人を倒した瞬間だった。


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