対峙
「あ、挨拶なんて、そんな……」
足を止めたパル・パトが、僕の……クラフトドールの顔を見ながらしどろもどろに答える。
仮面越しではあるが、声が震え、視線が泳いでいるのが分かる。
追い詰められると余裕をなくし、どうにかして逃げ出すことは出できないかと、そればかりを考える臆病者。
「わ、私とあなたの間に、今更そんな、改まったものなんていらないでしょう……?」
ボソボソとした声でそんなことを言っている。
調子のいい奴。
今更、そうだな今更だ。
今更そんなことを言ったって、遅いに決まっている。
「色々と好き勝手をやってくれたじゃないか」
「いや、そんな。ただ、計画を引き継ぐ者が必要だと。それが、社会の為だと」
「怪人も。僕が作っていたものにそっくりだ。どうやったんだ?」
「あ、あれはその。研究室にいたときに、自分でも怪人が作りたくってぇ。それで、あの、少しずつ家で作っていたというか……」
手のひらを突き出してこちらを拒むようにしながら、おっかなびっくりパル・パトが答える。
やれやれ、悪の親玉がこんな調子ではな。
みっともない。
しかし、なるほどな。
僕が作っていたのと同じような怪人が出て来ていた理由が分かった。
細かいところが違っていたり、弱点を削除できていなかったりした理由も。
やっぱり中途半端なパクリだったという訳だ。
今更再確認するまでもなく知ってたけど。
「そうかそうか。で、どう責任を取ってくれるんだ?」
「せ、責任……?」
「お前がやらかしてくれたことの責任だよ」
パル・パトは恐怖したように一歩引き、押し黙る。
しかしすぐに仮面越しにこちらを睨みつけ、指を突き出しながら叫ぶ。
「そ、そもそも全部あんたがやってたことだろうが! 何故それを、あんたに責められなきゃいけないんだ!」
それを言われると弱いのだが。
そんなことを言われたとて怯むようなことはない。
そんな段階はもうとっくに過ぎ去っているのだ。
しかしながら、やはり心の隅がズキリと痛む。
僕が自分勝手に人々や妹を傷つけた事実は消えないし。
今更正義の味方のような顔をするのも間違っている。
自分が正しいというつもりはないが。
しかし、だからこそ僕は。
今、自分がしたことの責任を取るためにこうしてここに立っている。
自分が蒔いた種を、こうして摘み取るためにやって来た。
「分かってくれとは言わないが。自分が間違っていたと思っているから、今こうやってお前と話してるんだ」
「は、はは。何を言ってやがるんだ。じゃ、じゃああんたは今も間違ってるぞ! そ、それにだ。私が間違っていると言うなら、その原因も全てあんただぞ! 私はあんたに引き込まれただけだ、巻き込まれただけなんだ! あんただけ責任を取ればいい!」
一通り喚き散らし、パル・パトは再び背を向ける。
支離滅裂な上に逆ギレとはな。
どこまでも小悪党だ。
いや、自分と異なる価値観が悪だと断じてしまうのは危険だ。
自分の正しさを信じて疑わないことも。
正しさや善し悪しを考えるのは、慎重でなければならないことも。
それらは、これまでに十分に学んだ。
しかし、しかしだ。
今のパル・パトは間違いなく悪で。
アイツだけは見逃してはならないと。
どれだけ慎重に考えても、そう断ずることが出来てしまうから。
「待て!」
足取りに迷いなく、追いかけることが出来る。
アシスト機能によってやはりあっさりと追い付き、翻していたマントの裾を掴む。
再び捕らえた! 今度こそ逃がさず、思い切り引っ張る。
「馬鹿め!!」
「うわっぷ!!」
マントがいきなり顔に向けて襲い掛かってくる。
広がった布が全身を包み、網でくるむように僕の全身を捕らえた。
直前でマントをリリースしやがったらしい。
布越しに鈍い足音が遠ざかっていく。
「くっそ……!」
何とかもがきながら、マントを外す。
布の世界を抜け出し外界を眺め回すと、パル・パトの姿はもう見当たらなかった。
クソッ、逃げられたか。
いや、まだどこか近くにいるはずだ。
そんなに早く動けるわけがない。
どうやらどこかに隠れているらしい。
背後から何かを破壊する轟音が響く。
そちらを見やると、アンチドールが蹴りを入れたようなポーズをしており、その先のシャッターがぶち破られている。
柴犬怪人の姿が見当たらないところを見るに、あの壊れたシャッターの先に転がっているのだろう。
戦闘態勢を解除していないところを見ると、まだ完全に倒した訳ではないようだ。
しかしアンチドールは怪人を相手に優位に戦いを進めているのだろう。
さすがはカミナだ。
こんな時だというのに惚れ惚れしてしまう。
ずっと見惚れていたいくらいだ。
だがそんなことは許されない。
僕としても、兄としても。
さて、僕も妹に恥じない程度の働きはせねば。
逃げ出してどこかに隠れられてはしまったが。
探し出すのはそう困難なことではない、はずだ。
まず足音が遠ざかって行ったのは前方。
後方にはアンチドールがいるので、心理的にもそちらには行きたくないはずだ。
アーケード街はまっすぐな一本道。
所々で建物の隙間に小さな路地がある。
店に逃げ込むと目立ってしまい、店員に騒がれるだろう。
僕がマントと格闘していた時間を考えても、そう遠くには行けないはずだ。
と、いうことは。
ここから行けそうな距離の脇道は……六個ほど。
バタバタ逃げれば見つかるので、そこのどこかに息をひそめているか、少しずつ動いて逃げているか。
居場所は大体絞れた。
さあ、鬼ごっこの次はかくれんぼの始まりだ。
……気は乗らないけど。
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