必殺技を
柴犬怪人にマウントポジションを取り、右手にエネルギーをためる。
光り始めたその腕を、即座に振り下ろす。
「うああああ!!」
あまり声を上げるのは好きではないのだが。
今回ばかりは外さないように必死だ。
さっき油断してやられたばかりだからな。こうして押さえつけた状態でも何が飛んでくるやら分からない。
だから今、最速で、反撃の隙を与えずに叩き込まなければならない。
反撃も回避も封じて、全力での一撃。
光を纏ったクラフトドールの拳は、柴犬怪人の、硬い装甲に覆われた左肩に吸い込まれた。
むう、焦った分狙いが雑だ。
しかし悪くない。
怪人の肩は小さく爆発を起こす。
エネルギーも不十分。
到底決定打にはなり得ない。
が、間違いなく今までで一番の有効打。
必殺技とは程遠くなってしまったが。
悪くない、確かな手ごたえ。
上手くいってまずは満足と言ったところだが、反撃が怖いので急いで飛び退く。
慎重にヒットアンドアウェイを繰り返すくらいが丁度良かろう。
怪人は痛みを感じるようにはなっていない。
痛みを与えても怯むことがない。
つまり、今ので動きが鈍ってくれる訳でもないわけだが。
柴犬怪人が改めてこちらに向き合い、ファイティングポーズを取る。
が、左腕が上がり切っていない。
少しくらい戦闘能力を削ることができたようだ。
小さな成果にわずかな安堵。
こういうのを何度も繰り返していかねばならない。
しんどいなぁ、あと何回やればいいんだ?
「ふははは、クラフトドールよ、どうやら目論見が外れたらしいな!!」
はあ?
なんだ?
パル・パトが何やら口を挟んでくる。
どうやら必殺技でとどめを刺そうとしたのを、しくじったものと思ったらしい。
これで狙い通りだぞ、節穴め!
だがそうやって余裕をかましていてくれるのはありがたい。
ここで逃げられるわけにはいかないからな。
しかしこのままパル・パトに逃げられなかったとしても、確実にあいつを捕まえてしまえるビジョンが見えないぞ。
この柴犬怪人をシバいたとして、完全に倒してしまったら奴は余裕をなくして逃げてしまうだろう。
逆に油断している今の状態のままであれば、余裕ぶって逃げずにずっとここにいてくれるだろう。
だがパル・パトが油断する状態とは、柴犬怪人が元気でいつでも僕に飛びかかれる状態な訳で。
うーむ。何とか油断させたまま隙を突いてやりたいが。
僕一人の手には余るぞ、この案件は。
パル・パトに奇襲を仕掛けようとしても怪人は生半可なダメージではダウンしないので、後ろから襲われてしまう。
かと言ってしっかり倒してしまうと逃げられる。
バランスの調整がされていないクソゲーみたいだ。
しかも失敗したら肉体に物理的なダメージが入ってしまうからなぁ。
ゆっくり作戦を考えたいが、そんな時間の余裕を与えてもらえる訳でもなし。
ほうら、今も怪人が残った右腕を構えている。
腰を落とし、地面を蹴って駆ける。
飛び掛かってくる怪人に向けて、拳を突き出す。
怪人が向かってくる勢いを利用して、顔面に拳を叩き込む。
突き出た口元をへこませるほど強かに打ち据えた。
が、それで止まってくれるほど甘くない。
打撃を受けて首をねじりながらも、元気なままの右腕が突き出される。
それを左腕で受け止める。
いや、受け止めきれない。
正面から受けた攻撃の威力は尋常でなく、左腕が衝撃に痺れる。
スーツのアシストがあってこんなに押されるとは。
やりづらい。
まったくもってやりづらいことこの上ない。
パワーのゴリ押しだけで、競り負けてしまう。
一度手を引いて、打撃を流す。
と、同時に怪人の顔を殴っていた右手で、怪人の首元を掴む。
窒息も気絶も期待できないが、グッと力を込める。
人間の首は弱点だ。
頭という重いものを支えている割に細く、もろい。
そしてそれは怪人にもある程度共通する。
半身になって、首目掛けて前進。
そこから怪人の体を押し倒すイメージ。
しかし勢いの為に共倒れになってしまう。
足腰と体幹の弱さが如実に出たな。
クラフトドールのスーツでも支え切れていない。
柴犬怪人の上に覆いかぶさる形になる。
うーん、硬い。
大型犬とじゃれるのとは全く違うな。
一旦離れて体勢を立て直そうとするが。
背中をがっちりと抑えられる。
僕に向けられていた右腕はまだ伸び切っていたが、さっき破壊された左腕の方で捕まえて来たらしい。
力はそこまで強くない。
肩が破壊されているので、普通の怪人の力に比べれば大したことはない。負傷中の幸い。
無理矢理に振り解いて立ち上がろうとする。
しかし、そこにさらに力が加わる。
一瞬のうちに右腕が戻ってきた。
しまったなぁ。
油断したつもりはなかったが、こういう小さなことの積み重ねでどんどんと下り坂に入り込んでしまう。
簡単には逃れられないほどにしっかりとホールドされて、身じろぎ一つ取れなくなる。
はてさて、どうしたものか。
次の作戦を考えるために、頭を働かせる。
すると、少し離れたところからパル・パトが高笑いする声が聞こえてくる。
ちくしょう、ぶん殴ってやりたい。
だがそれも叶わぬ願いだ。
少なくとも今この状況では。
僕一人では。
孤独のしんどさに直面する。
どうにもできないし、もうこの辺で諦めてしまってもいいかもしれない。
そう思った刹那。
硬い者同士がぶつかる音が、すぐそばで響く。
と、同時に僕の体を縛り付けていた力が緩む。
転がってその場を離れ、頭を上げる状況を確認する。
そこで視界に入って来たものは。
「アンチ……ドール……?」
黒っぽい色の、クラフトドールのスーツだった。
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