会いたかった奴

「ふはははは!!」

 仮面越しのくぐもった高笑いが聞こえる。


「現れたなクラフトドール。今日が貴様の命日だ!!」


 ……臭いな。

 コテコテの悪役のセリフだ。

 僕の代わりに首領として立っていたころからこんな感じだったか?

 あまりにも関心がなかったせいで覚えていないので、どうでもいいと切り捨てることにした。


 さて、とうとうお待ちかねの怪人が現れた。

 予言された通りの翌日十二時。

 僕はクラフトドールのスーツを着て商店街近くに隠れて待っていた。

 広場の時計台の鐘が鳴り、正午を告げる。

 と、同時に、一分も狂わずに。


 屋根を破壊して、アーケード街に怪人が降り立った。

 おいおい、豪快すぎるだろう。


 よくよう見てみると、ありがたいことに首領も一緒だ。

 予言だけでなく自分も怪人と共に現れることで、首領であることの証明としたかったのだろう。


 おあつらえ向き、とはこういう時に使う言葉だったか?

 願っていた通りの登場の仕方に、思わずほくそ笑んでしまう。


 思い通りで嬉しくはあるが。

 しかしまあ、そもそも存在自体が嬉しくない。


 パル・パトが怪人を引き連れてやってきたのは、商店街のアーケードの中。

 なぜこんなところに出てきたのか、何を破壊するつもりなのかは全くわからない。


 人通りがとても多いというわけでもないので、不特定多数の人間を傷つけてやろうという魂胆だとも思えない。

 まさか、寂れた商店街を復興させてやろうという取り組みではないだろう。


 現れた怪人は犬型。

 耳を思わせる突起が頭に並び、飛び出した顎からは鋭い牙を覗かせる。

 そして全ての怪人に共通する鎧のような装甲。


 色は白と茶色。

 柴犬のような姿には、なんとなく見覚えがある。


 どうやら、僕が以前に作ったことがある怪人をリメイクしたらしい。

 研究室の設備は全て僕が廃棄したので、森本がどんな設備で怪人を作っているのかは分からない。


 しかし、オリジナルを作れる段階までは至っていないと考えていいかもしれない。

 あくまで二番煎じのみ。

 それでも厄介には違いないけれど。


 自分で以前に作った怪人ながら、目の前で対峙すると足がすくむ。


 こいつの攻撃を上手くかわしながら、パル・パトを拘束できればそれがベスト。

 しかしこちらの狙いがバレたら速攻で逃げられてしまうだろうな。

 なにせ臆病者だから。


「久しぶりじゃないか、クラフトドール。もはやお前など怖くもなんともないぞ。地面に這いつくばらせてやる」


 やれやれ、すぐに調子に乗る奴だ。

 大体人の技術をパクったくせに大きい顔をしているんじゃない。

 僕が一番嫌いなタイプだ。


 ……まあ一番嫌いなものなんて幾つもあるけれど。


「なあ、おい。ええ? 聞いているのかクソ野郎!!」


 クラフトドールとして口を開くことはしない。

 ので、結果としてパル・パトの言葉を無視する形となる。


 首領は何か答えろとばかりにずっと喚いていたが、まずは目の前の怪人にどう対処するかを考えねばならないため、わざわざ反応はしない。


「馬鹿にしやがって……おい、ワンゴー、やってしまえ!!」


 また怪人に勝手に名前を付けている。

 僕が作っていた怪人にもそうしていた。

 まあ今は僕は関与していないから、どう呼んだってかまわないが。


 とまれ、いら立ちが最高まで募ったパル・パトは、柴犬風の怪人をけしかけてくる。

 怪人の方も見た目通りに犬の如くしっかり主人の言うことを聞いて、僕に向かって襲い掛かってきた。


 ふむ。基本的に怪人には単独行動をさせていたからな。

 目の前で命令するのは今までになかったパターンだ。


 ふと、飼い犬に手を噛まれるという言葉が頭に浮かぶ。

 そんな余計なことを考えながらも。

 目の前に迫っていた拳をそっと受け止め、勢いをそのまま利用して怪人の巨体を投げ飛ばした。


 突き破られたアーケードの屋根の穴から差す陽の光。

 そこに一瞬シルエットが浮かび上がり、数秒後にレンガ風の地面を砕いて装甲に包まれた体が落ちて来た。


 前回のエビ怪人の時にもそんな感じはあったのだが。

 クラフトドールとの戦闘を「魅せる」為に作られ、微調整されていた僕製作の怪人に比べると、こちらの怪人は動きが荒い。


 町を破壊したり、人に危害を加えたりしようという目的が如実に出ているからか、単純なパワーだけなら以前より上かもしれないが。

 そのパワーの使い方が悪い。


 どんなに強い武器も、当たらなければ意味がないという理論。

 僕も戦い慣れしている訳ではないが。

 それでもずっとカミナの後方支援をしていたのだ。


 珍しく、似合わない戦闘訓練なんてものもしていた。

 こんな荒っぽい動きになら十分対処できる。

 対処できるということは、当初の作戦……怪人をいなしながら後ろで高笑いしている親玉をひっとらえてやることも、まあ難しくはない。


 前回は初めての戦闘で満足に動けなかったが。

 冷静になれば大したことはない。


 もう既に怪人はダウン中。

 ならば、この隙に行くことだって不可能ではない。


 チャンスは一度きりだが、長々と窺いすぎても逆にチャンスを逃すというもの。


 ここはいっそ思い切って。

 そう決断し、パル・パトへと視線を向けた、その瞬間。

 怪人から目を離していた一瞬の隙に。


「うおっ!?」


 何かに、足を、掴まれた?


 いや、何かではない。

 この場所、この状況でそんなことをしてくるのは。


「ふはははは!! 俺のワンゴーがそう簡単に沈むと思ったのか馬鹿めぇ!!」


 ダメージにイラついているのか、低く唸る柴犬の怪人。

 おいおい、まじか。


 想像以上に頑丈なんだが。


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