パル・パト

 アンチドールによる演説がニュースで放送されてから三日後。

 夕食の準備をしている時に、リビングのテレビに本物の悪の親玉の姿が映し出された。


 不気味に笑ったような仮面に、全身をマントですっぽりと覆った姿。

 僕が作っていた怪物とは違う、元々の意味での「怪人」。

 二十面相だとかそんな名前を付けたくなるような、鎌を持たない死神のような衣装。


 僕が本物の悪の親玉だったころに、表向きの首領として表舞台に立っていた、見慣れた胡散臭い姿。

 今、真に怪人の首領になったその怪人物は、前よりも一層不気味さを漂わせているように見えた。



 僕以外にはわからないかもしれないが。

 薄気味悪かった仮面の笑みが、更に嫌悪感を強く覚えさせるものになっている。


『アンチドールの言うことを信じるな!!』


 驚いた。

 第一声がそれだった。

 挑発しておびき寄せてやろうという作戦ではあったが、想像以上に感情面に作用していたようだ。


『いいか、怪人の真の首領は今も昔もこのパル・パト様だ!』


 パル・パトは組織のトップを名乗るには相応しくないほど、感情的に訴えている。

 大袈裟な身振り手振りを交えながら、カメラに向かって怒鳴り散らす。

 勢いよく振り下ろした腕が何かの撮影機材にぶつかったらしく、ガツンと言う音と共に映像が揺れた。


 何をやっているんだろう。

 振る舞いがまるで小物だ。

 そんな調子で首領だと信じる者がいるのかと、そんなことを考えてしまう。


『とはいえ、アンチドールの言うことに騙された君たちのことだ。パル・パト様の言うことが信じられない者もいるだろう。そこで、証拠を君たちに見せてやろうと思う!』


 仮面がグイッとカメラに近づけられ、画面が不気味な笑みに埋め尽くされる。

 吐き気を催しそうな映像だが、何とかこらえて彼の言う証拠が何かを確かめる。


『予告しよう。明日の十二時、この場所に怪人が出てくる。その怪人がまた町を破壊する!』


 なるほど、この予言が当たればパル・パトが首領だと証明できる。

 これ以上ない証拠だろう。


 そして同時に、まんまと僕の作戦に釣られたということでもある。

 成功したとて嬉しくないが。

 しかし本当にあのエビ怪人を作っていたのが森本だと分かってしまったな。


 この場所、というのはカメラがパル・パトの姿を写している場所だろう。

 画面越しに背景を確認した感じ、ショッピングモールの近くにあるアーケード街らしかった。


 何故そんな場所で?

 何かの取材をしていたカメラを捕まえたんだろうか。


『クラフトドール。そしてアンチドール! 貴様らがグルだというのは分かっているぞ。まとめて始末してやるから、出て来い!』


 映像はそこで終わっていた。


 ……やれやれ。

 余計なことまで言い残して行ってくれたな。


 しかし、また新たな怪人を用意してくるとはな。

 僕以外には怪人は作れないと思っていたが。

 どこかで技術を盗んでいた訳だ。


 リアクションが返って来るまで三日かかったのは、怪人を作るためだろうか。

 だとしたら面倒だな。

 怪人を倒しても、パル・パト本人が出て来なければ、どんどん新しい怪人が出てくるだけだ。


 パル・パト本人には戦闘能力がないから、分かりやすく前線に出て来てもくれないだろうな。


 望みがあるとすれば、彼の出たがりな性格か。

 表に立って首領を演じる役を買って出ていた訳だし。

 僕と怪人を戦わせながら高みの見物をして大笑い、ぐらいのことはやりそうだ。


 あー、嫌な悪役だな。

 ぶん殴って終わりに出来たらいいんだけれど。


 とりあえず、怪人と共に本人が出てくるのを祈りながら。

 出てきたときに怪人と共に叩いてしまおう。


 しかし怪人を先に倒さなければ、近づかせてもらえないかもなぁ。

 かといって、怪人を倒した後はそそくさと逃げてしまうだろうし。


 少なくとも、僕と一緒に居た頃にはそうだった。

 表に出たがる割に、いざという時にはすぐ逃げられるルートを確保する慎重さ……というか、臆病さがある。


 これ以上なく厄介な相手だ。

 そもそも相手が動き始めてくれるのを待つしかない。


 相手の拠点がどこにあるかも分からないからな。

 受け身なのが面倒だ。

 どうしても対応が後手後手に回りかねない。


 まさに、いつ怪人が出てくるか分からない恐怖だ。

 自業自得だが、どんどん自分の首を絞められている。


「どうにかならんかなぁ」


 せめて愚痴でもこぼす相手が欲しい。

 孤軍奮闘状態がずっと続くのはあまりにもしんどいぞ。

 ここのところ頭の中でぐるぐると考えてばかりだ。動きがない。


 妹だけいればいいと思っていた僕が、こんな弱り方をするなんてな。

 他人の力など必要としていなかったはずなのに。


 人とのつながりはかけがえのないものだし、傷つけられては黙っていられないものだ。

 だからカミナは友人を傷つけられて、あんなにも強く怒りを露わにした。


 そしてその気持ちは一方通行ではならない。

 だからカミナの気持ちを無視した僕は、当然の報いを受けている。


 そして自分勝手に振り回したり、切り捨てたりすると禍根が残る。

 だから今、パル・パトが大暴れしている。


 つくづく面倒くさい。

 しかしその面倒くさいことをおろそかにした結果、自縄自縛状態の完成だ。


 他人の顔色を窺いながら、つながりを大切にしましょうねなんて。

 そんなうすら寒い結論で終わりにする気は起こらないけれど。


 せめて手の届く範囲くらいは。


 あまりにも思考が哲学的になって来たので反省。

 思考を一旦停止。

 動きがあるまで休もう。


 しばらく考えるのをやめて。

 次に気が付いた時には。


 予言された翌日の十二時。


「出て来たな、クラフトドール!」


 ほうら、一番会いたい奴が目の前にいた。

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