おびき寄せ作戦

「私はアンチドール。新たなる怪人たちの首領だ。先日、私が君たちに提供した怪人はいかがだったかな?」


 語り始めた途端、テレビ局の撮影スタッフ達の間に緊張が走る。

 まあ、どんな状態であれこの演説を撮り逃さず、無事に放送してさえくれればそれでいい。


「私はクラフトドールに敗れていない。そして、クラフトドールを苦戦させる、強化された怪人を作り出すことにも成功した。もはや先代の首領、パル・パトなど目ではない。以前以上の恐怖を皆様にお届けすることを約束しよう」


 大仰に身振り手振りを付けながら、緊張で声が震えないように注意して喋る。

 堂々と。強そうに。余裕たっぷりとでも言うべき演出で。


 実際には僕が作るのをやめた怪人を、森本が作っていると思われるのだが。

 怪人が強化されたのではなく、僕が変装したクラフトドールがみっともないだけだが。


 事実などどうでもいいのだ。

 どういう風に見えるかが大切なのだから。

 世間のイメージが真実になる。


 そして、それが目的の相手に届けばいい。

 その真実を潔しとしない親玉をおびき出すことが出来れば。


「私に対抗したい者がいるなら、名乗りを上げるといい。いつでもお相手しよう」


 最後の一言は余計だったかな。

 あからさまにおびき寄せようとしているのが丸わかりかもしれない。

 だが、僕の知っている「首領」は乗っかってくるはずだ。

 プライドだけは異様に高いからな。


「では、また会おう」


 出来ればもう出て来なくて済むのが一番いいんだけれど。

 アンチドールは金輪際封印してしまいたい。

 クラフトドールが怪人をすべて倒して、諸悪の根源を絶つ。


 そして平和な世界からヒーローが退場する。

 それが必要なのだ。それが理想形だ。

 それだけがハッピーエンドなんだ。

 カミナの幸せのための。


 言いたいことを全て言い終えると、カメラから離れる。

 カメラを回し続けていたスタッフ達は、緊張のあまり固まっている。

 僕のちょっとした動作の一つ一つにも人々が脅え、小さく声を漏らしたり、肩を震わせたりするのが分かる。


 僕が生み出した存在の脅威は、かつて自分で思っていたよりも大きかったという訳だ。

 そしてその脅威が、そのまま僕自身の生活にも降りかかってきている。


 後片付けと尻拭いを、早急に済ましてしまわなければ。

 最近気が付いたが、ゆっくりと待っていられるほどのこらえ性は僕には無いみたいだから。


 人目につかないように装備を解除しながら、家に帰る。


 ゆっくりと、玄関の重いドアを開ける。

 返事はないからただいまは言わない。

 まだ日が暮れていないので、母さんは返ってきてはいないだろう。


 カミナはもう学校から帰ってきているだろうか。

 同意にも思い出すことが出来ない。

 スケジュールの把握がどんどん甘くなってきているな。


 とりあえず、カミナの部屋の前に立つ。閉じられたドアの向こうにカミナがいるかは分からないが。

 ゆっくりと、深呼吸。二回。三回。


 そして、ノック。二回。

 返事は無かったが、木の扉越しにかすかに物音が聞こえてきた。

 いた。良かった。


「カミナ」


 とりあえず、呼びかける。

 当然ながら返事はない。


「何も言わなくていいから、そのまま聞いてくれ。今日か明日、またニュースが流れると思う」


 小さな物音すら聞こえなくなったのは、緊張感によるものか。

 ドアが開いて殴り掛かりに来ないのを、幸運と捉えるべきだろうか。

 声を発しながら、口の中がどんどんと乾いていく。


「またかと思うかもしれないけれど、悪意による行動じゃない。そもそもこの前現れた怪人は僕が関わっていないものだし。だから、今はあの怪人の正体を探りながら、どうやって今後対策していくかを考えている」


 正体については、まあ、ある程度予測は付いているけれど。

 そうはいってもあくまで予測であり、仮定なので。


 まあこれが上手くいけばはっきりするだろう。


「今回ニュースで出てくることも、そのための行動なんだ。怪人を、今度こそこの世から根絶するための」


 自分がやったことの尻拭いだけど。

 部屋の中から、椅子を引くような鈍い音が響いてくる。声はない。


「全部、ちゃんと片を付けるから。だから心配しないでくれ」


 最後の方は声が震えてしまった。

 情けないほどに恐る恐る話している。

 視界や梁、何の反応も返っては来ない。


 僕は数十秒ほど瞬きもせずに扉の木の色を睨み、やがて諦めと共に大きく息を吐く。

 出て来てはくれないか。


 いや、こんな緋想極まる報告に何を期待しているというのか。

 そんな期待は許されないはずだ。


 リビングに戻る。

 やがて母が帰って来る。

 テレビを見ながら、夕食を取る。


 夜のニュースで、今日の演説が映し出された。

 SNSでも動画が拡散されているのを確認した。


 自分が画面の中で話しているところを見るのは何ともこそばゆい。

 しかしそれ以上にこのビデオレターへの返信が来るかどうかが気になり、そのために画面を見る目が険しくなる。


 さあ、反応があるだろうか。

 何もなければ色々と考え直さなくてはならないのだが。


 あのニュースを確認したはずの妹からは、何も言われることはなかった。

 この前の言葉を信用してもらえたのか、呆れて話す気も起らないのかは分からないけれど。


 ニュースサイトやSNS、テレビなど各種メディアを監視する落ち着かない日々が過ぎた。

 常に心臓の鼓動が速く、肩や首が凝ってくる。


 そして、三日後。


 夕食の準備をしている時に、リビングのテレビに悪の親玉の姿が映し出された。

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