本物と偽物と

「これは、どういうこと?」


 ああ、気が滅入る。

 妹から声をかけられて、自分がこんなにもうんざりする日が来るとは思ってもみなかった。


 リビングで、頭に入らないながらも懸命に本を呼んでいると、背後からカミナに呼び掛けられた。

 昨日の一戦を終えて以来、ずっとカミナにどう説明するかを考えながら、結論が出ていない。


 何の準備も出来ていない状態で、上手く誤魔化したり、納得させたりできるほどのアドリブ力は持ち合わせていない。

 さあ、どう答えたものか。


「これってのは?」

「この、怪人とクラフトドールのニュースのこと!」


 流石にシラを切り通すことは出来ないか。

 全く別のことについて問いただされている可能性にも少し期待したんだがな。


 まあ今の僕達の関係性を考えると、よっぽどのことがなければカミナから僕に話しかけてくることはないだろう。

 そして今回の事件は、そのよっぽどのことだった。


「また怪人を作って、クラフトドールで何をしようとしてるの?」

「いや、待ってくれ。あの怪人は僕が作ったんじゃ……」

「嘘つかないでよ!」


 部屋中に高い声が響く。

 荒げても可愛らしい声だが、その声に酔いしれることも出来ない。


 こんな風にカミナが強い調子で声を上げるのは初めてだ。

 喧嘩をしたときにも、こんなにも強く言われたことはない。


 なので、何も言うことが出来ずに怯んでしまった。

 そして彼女がこの沈黙をどう受け取ったのか、想像するのは難しくない。


「これ以上何かするなら、一生許さないから!」


 それだけ言い残して、カミナは部屋に戻ろうとする。


「待ってくれ、聞いてくれ!」

「怪人が出なくなったらね」


 そう言われても、僕に同行できることではない。


「えっと、あのな……」


 どう説明するか、言葉が出てこないうちに、カミナは行ってしまった。

 足音まで荒々しく、大きい。

 そしてそれを追いかけられない僕は、踏み潰されそうなほど小さい。


 本当は追いかけるべきだったのに。

 腕をつかんででも、引き留めるべきだったのに。


 追いかけたところで何が出来るのか。

 何を追う説明するというのか。

 これ以上嫌われたらどうするのか。


 こんな風にうじうじとしてしまっているせいだろう。

 やっぱり、誤解されてしまった。

 でも誤解を解く手段もないんだよな。


 それにしても、一生許さないか。

 僕はもう、一生許されないつもりでいたのに。

 許してもらえる可能性があったのだろうか。


 まあこの怪人が現れなかったら、という条件付きにはなるんだけれど。

 携帯の画面に先日のニュースの画像を映す。

 目の前で見たエビ怪人の姿が、そこにある。


 そして、よくよく見慣れたクラフトドールの姿も。

 動きがおかしいという声は多少上がっているものの、大勢から偽物であると疑われることはなかったようで、一安心する。

 まあ顔は同じだからな。


 まあ正体がバレなかったならそれでいい。この懸念はここまでで終了とする。

 それよりも重要なことがあるのだ。


 この怪人は、一体何なんだ?

 一体全体どこから湧いて出てきた?

 少なくとも僕が作っていたものではない。


 しかしどうにも引っかかることがある。

 あの怪人には、僕が作っていた怪人との共通点が多すぎる。


 あの怪人はエビをモチーフにしていた。

 僕が最後に制作していて、完成を待たないまま破棄したのもエビをモチーフにした怪人だった。


 僕が作っていた怪人は、上半身を厚い装甲で固め、下半身の装甲を薄くすることで、意図的に弱点を作っていた。

 あの怪人も、下半身が弱点だった。

 意図的かどうかは不明だけれど。


 そして装甲の奥のあの目。

 痛みに怯まない、感情のない行動。

 生物としての何かを欠いている、生きていない生物の動き。


 何より引っかかるのが、クラフトドールの必殺技としているあの光線で爆発したことだ。

 あの光線には仕掛けがある。


 普通、光を出しての攻撃で爆発が起こることはない。

 光で出来るのは熱を発生させるところまで。

 しかも有効だとなる熱を発生させるには、クラフトドールのスーツに溜め込んでおけるようなエネルギーでは到底足りない。


 爆発を起こしたければ、爆薬を持っていなければならないのだ。


 ならば何故、あの光が必殺光線になるのか。

 なぜあの光で怪人が爆発していたのか。


 それは僕が怪人を作るときに、自爆装置とも言うべき組織を怪人の体に練り込んでいるからだ。

 そしてあの光線によってその組織の活動が起こり、怪人の体が爆発する。


 そういう、いわばヒーローショーのための特殊な仕掛けだったのだ。


 海老怪人の腕を爆破したとき。

 僕は光を発生させたときの熱エネルギーで、怪人を攻撃するつもりだった。

 大きな動きが出来ない以上、有効打がそれ以外になかったからだ。


 だが怪人の腕は爆発した。

 爆発してしまった。

 そして、光線でトドメを刺すことが出来た。


 全身が爆発してしまった。

 あれは絶対に、何かの偶然ではない。


 それは、つまり。

 あのエビ怪人は、僕が作っていた怪人と同じように作られている。

 なんなら、僕が破棄した最後の怪人を、作り直したものだとすら考えられる。


 それには怪人の作り方を知らなければならない。


 そして、怪人の作り方を知っておきながら。

 光線で爆発するという、対クラフトドールにおける最大の弱点が取り除かれなかったのか。

 それは、中途半端にしか怪人の作り方を知らないから。


 その条件に該当する男を、僕は一人だけ知っている。

 その男は動機の上でも……まあ、うん。申し分ない。

 いかにも彼がやりそうなことだ。


 そしてまあ、その責任の一端は僕にもある。

 あのエビ怪人は僕が作ったものではないが、この怪物を生み出してしまったのは僕だろう。


 となれば、僕がどうにかしなければならないか。


 この新たな怪人を生み出したのは、元々僕の助手をしていた、森本タカト。

 怪人の親玉として表舞台に立っていた、パル・パトだ。

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