怪人に勝てるなら

 クラフトドールの手のひらと、怪人の腕。

 その間をゼロ距離で放たれた光が、化学反応でも起こすように作用する。

 激しく反応を起こし、爆発する。


 腕が頭に乗せられているので、当然その衝撃はマスク越しに頭に伝わる。

 頭の上で起こした爆発は、発生した圧力と音で僕を殴り付け、ようやく安静を取り戻していた脳みそを一層グワンと揺らす。


 意識を持っていかれることはかろうじて免れたが、操作レバーを誤って弾き飛ばすように、体のコントロールが一瞬乱れる。


 スピリチュアルなものを信じてはいないが、数秒だけ魂が体から飛び出したような錯覚を起こす。

 体がどうなっているのか、自分が今どんな姿勢になっているのか。それすらも把握出来ない。


 しかしその中でも一点だけ。

 怪人の腕を掴んだ右手だけは決して離さなかった。

 これさえ残っていれば大丈夫。


 やがて僕の頭を押さえつけていた腕の力が緩む。

 これ幸いと顔を上げ、怪人の全身を視界に収める。


 さっきまで僕を抑えていた手が地面に落ちる。

 なるほど、力が緩んだのではなく、爆発でちぎれ飛んだらしい。

 道理で一気に軽くなったわけだ。


 そしてもう片方の腕は、文字通り僕の手中にある。

 下半身は腕よりも貧弱。

 なので蹴って反撃されることは、まああまり怖くない。


 しないで欲しいけどな。


 さて、この怪人とは違って僕は平均的な人間なので、腕よりも足の力の方が数倍強い訳だ。

 スーツのアシストもある。


 ので、まずは腰を軸にして足を回して、エビ怪人の顔面を蹴り飛ばす。

 首も太いので大したダメージは期待できない。

 だが、顔がそっぽを向いた。


 その隙を狙う。

 蹴り抜いた勢いのまま、足を着地。

 両足をしっかりと踏ん張って立ち上がる。


 全身を使って起立し、その勢いでエビ怪人の体を持ち上げる。


 さあ、見様見真似で上手くできるか。

 怪人の装甲の重みと硬さを肩に感じながら、その体を反対方位に投げ飛ばす。

 重力に向けて突き出す。


 その一瞬が、何倍にも引き伸ばされる感覚。

 ゆっくりと地面に落ちていく怪人の、装甲の奥にある目。

 その目と視線がかち合い、すれ違う。

 感情のない目が遠ざかっていく。


 無限にも思える時間の果て、アスファルトを砕く轟音が足元で立てられた。

 その音波は周囲のビルの壁の中で反射し、何倍もの大きさになって響き渡る。


 グワーンと鈍く響く音の中で、腕から伝わる衝撃と余韻の振動に震える。

 これで倒し切れるとも思えないが。


 さあ、地面に叩き込んだところで、どう追撃したものかと考える。

 と、その瞬間。

 怪人の腕を掴んでいた手が、かすかに痺れる。


 一瞬何が起こったのか分からなかったが、すぐに理解が及ぶ。

 手首を掴まれている。

 装甲のつなぎ目に食い込むほど強く。

 手首の血管を押さえつけるように。


 そして自分が何をされたのか理解した瞬間には、腕を引っ張られた。

 強引に手を引かれ、再び地面と接吻状態。


 ロマンもクソもない、野暮なことをしてくれるじゃないか。

 このエビ野郎が。


 再び脳を揺らされるが、一度乗り越えて耐性ができたのか、意識が薄れることはない。

 僕と怪人はまだまだ仲良くお手手を繋いだまんまだ。


 なので、それを利用する。

 怪人の腕をとっかかりにしながら、醜く足掻く。


 這いずってうぞうぞと蠢きながら、怪人の抵抗をなんとか掻き分けてマウントの姿勢をとる。

 ここまで持ち込めば、勝ってしかるべし。


 だと、思いたい。


 怪人の腕を掴んでいた手を、ようやく離す。

 まだ手首を掴む太い腕を、無理やりに振りほどく。

 両手の先にエネルギーを込める。


 必殺光線のゼロシュート。

 未だかつて、クラフトドールがこんな姿勢で必殺技を撃ったことはないのだが。


 僕はカミナよりもよっぽど戦い慣れていないんでな。

 僕が作った怪人ではないから、当たってくれる保証もなし。


 こうやって、なんとか確実に当てて、倒せるところまで持ち込まないと怖くて撃てないんだよ。僕の場合。

 エネルギーの消耗も激しいからな。


 結局、僕はどこまでもヒーローではない。

 みっともない存在なのだ。


 まあ、そうでなければならない。


 両手に光が集まる。

 怪人の顔が照らされる。

 装甲の下の目が見える。


 ……あ、また目が合った。

 そう思った次の瞬間に、光が炸裂する。


 僕と怪人の体が光に包まれる。

 体の真下で、凄まじい爆発が起こった。


 体が吹き飛ばされる。

 装甲に守られていることもあって、爆発のダメージはない。


 ただ今にも手放しそうなほど朧気な意識で空中を飛び、アスファルトの上に人形のように力無く落下した。

 不思議と痛みはないが、起き上がる元気もない。


 終わった、か。

 こうして終わって抱くものは達成感でもなんでもない。


 ただ虚しいというか。

 しんどかったな、という感慨。

 ……こういうのって感慨って言うのか?


 まあ、とまれ。


 なんもしたくねー、と思ったまま。

 リビングのソファにいるかのように。

 硬い地面の上に、無気力に寝転がるのだった。


 さて、これからどうしたものか。

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