偽物ヒーローとニセモノ怪人
ガアン、と重量のある金属どうしがぶつかり合ったような音を立てて、異形の怪人の体が吹っ飛んだ。
慣れない鉄拳に慣れない衝撃が走る。嫌な手応えだ。
しかし、僕程度の力でもそれなりに威力が出るものだと感心する。
偽物でもヒーローのフリくらいはできるようだ。
さて、その威力を食らった怪人はと言うと。
突っ込んだコンクリートの瓦礫の中から、ダメージを感じさせないほど軽々と立ち上がる。
そもそも怪人は痛みを感じるように作っていなかった。
だから戦闘において攻撃を受けて怯むようなこともあまりなかったのだが。
どうやら目の前にいるこの謎の怪人も、僕が作っていたものと同じような仕組みを持っているらしい。
怪人は僕の……クラフトドールの姿を認識して、ゆっくりとこちらに近付いて来る。
こちらも戦闘態勢に入らねばなるまい。
戦い方などまるで分からないが、とりあえず腰を落として、それらしく構えてみる。
こちらを警戒してか、六歩分ほど手前で怪人が止まる。
身動き一つ出来ないまま睨み合っていると、周囲の空気が凍りついたような気分になる。
僕が駆けつけた時から響いていた叫び声が、徐々に遠くなる。
これは目の前の敵に集中する、といった精神的な要素ではなく、怪人の注意が僕に向いたことで、群衆が逃げ出す隙が生じたことによるものらしかった。
気がつけば、周囲にほとんど人影はない。
その方がいい。色々と。
そんなふうに、また余計なことに思考が向けられている。
そして、それが良くなかった。
目の前にいた怪人の硬質な装甲がぐにゃりと歪む。
いや、揺らぐ。
動いた、しまった、隙が出来た、速い、ガード、避け、間に合わないっ!
脇腹から体中に衝撃が広がり、今度は僕の体が吹き飛ぶ。
幸いなことに装甲に阻まれて痛みはほぼないが、その重みに体が痺れるようで、身動きが取れない。
コンクリートの建物に突っ込んだようで、特撮番組のように壁を突き破りはしないものの、ひび割れた壁からポロポロと破片がこぼれ落ちる。
あー、なるほど。
油断が出来んな。
一瞬でも気が抜けない。
そうか、僕がカミナに強いていたのはこういうことか。
いやー、ひどいな。
色々とひどすぎて、立ち上がる気力も起こらん。
しかしそうも言っていられないか。
さらに怪人が近付いて来る気配を感じて、早々と立ち上がる。
その動きに反応して、相手の歩みが止まる。
あちらとこちら、双方の小さな動き一つ一つで、空気や温度感がガラリと変化する。
遠隔で指示を出しているだけでは分からないこの感覚。
緊張感で息が詰まる。が、家にいて息が詰まるのよりは幾分マシか。
一発殴られて……いや、蹴られてか?
いずれにせよ、一度やられていくらか冷静になれた気がする。
あまり考えていなかったが、ここは何度か来たことがある飲食店街だった。カミナとも行ったことのある店が二、三ある。
今僕が突っ込んだのは、カミナがいつか行ってみたいと言っていた中華屋だ。
怪人がさっきまで破壊していたのは、以前に行ったことのあるうどん屋で、瓦礫が堆く積み上がっている。
そして周囲に意識を巡らせながらも、さっきの反省を活かして、ピントを当て続けているのが目の前の怪人。
人型になっていることと、モチーフがアイコン化されているために分かりにくいが、恐らくエビが原型の怪人だろう。
全体に淡い赤色をしていて、頭からはあのヒゲのような触覚のようなものが飛び出している。
最後に作ったカニ怪人を連想させる外見に、少々精神的に辟易する。
アレは苦い思い出だ。一番の失敗だろう。
そういえば、あの事件の後に作りさしだった怪人を破棄したが、それもエビをモチーフにしたものだった気がする。
カニからのシリーズ展開とかいうよく分からないノリで決めたんだ。
痛々しくてまた辟易。
そんなことを思い返しても仕方がないのに。
遠い昔の青春時代でも思い出すかのような愚行であり愚考だ、全く。
ゆっくりとこちらに近付いて来ていたことや、さっきの一瞬での攻撃から見て、瞬発力のあるタイプだろう。
あまり近付き過ぎても厄介だが、遠くにいても接近が面倒だ。
そして更に面倒なのはあの厚い装甲だ。
甲殻類モチーフの怪人は、装甲が厚く、硬い。
いや、あくまで僕が作っていた頃の話なので、目の前のこいつにも同様に通じるかは不明だが。
エビ怪人はさっきと違ってまだ動かない。
こちらが隙を見せなければ、無闇に襲いかかってくることはないらしい。
この辺りは、以前の怪人には無かった慎重さだ。
まあ、あの怪人はクラフトドールに倒して貰うことを前提に作られ、動いていたわけだからな。
タクティカルな動きをする必要がなかった訳だ。
さて、しかし。これはどうにも厄介だ。
こちらから動いたとして、だ。
パワーはスーツのアシストがあるからそれなりになるとしても、技術や動きの面で不安が大きい。
まず当たらんだろう。避けられるか、捌かれるか、受けられるか。
当てたとして、装甲の厚い部分に当たっても大して効果はないだろうから、狙う場所を考えなければならん。
しかし僕から見てわかるような構造的に脆い場所、言ってしまえば弱点は、本人も自覚していることだろう。警戒が強いはずだ。
倒されること前提のアンチドールの時とは事情も違う。
勝つために戦うことがこんなにしんどいとは。
出来レースみたいな戦いしかしていなかった甘えが出ている。
「あー、くっそ。どうすりゃいいんだ」
周囲に人はいないが、一応外部スピーカーがオンになっていないか確認してからポツリと呟く。
さーて、どう戦ったもんか。
偽ヒーローは、また思考の海に沈んでゆく。
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